寄付 問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています
Part3 商業栽培開始への道筋その4 寄稿:米国における遺伝子組換えテンサイ導入の経緯(前編)【遺伝子組換え作物の生産とその未来 】
【寄稿】米国テンサイ生産者協会会長 ネタニエル・ハルトグレン(ミネソタ州)
米国テンサイ生産者協会(The American Sugarbeet Growers Association, ASGA)とは
ASGAは米国11州の約1万のテンサイ生産者からなる団体で、会員の栽培総面積は44万5,200haに上る。会員は七つの生産協同組合と二つの子会社を通じて、米国内にある21の製糖工場すべてを所有している。団体の運営は、各地域の生産者協会における生産量に応じて得られた資金によって運営されている※1。活動の一つとして会員は毎年、首都ワシントンD.C.で多くの議員やスタッフと会合を持ち、農業や貿易政策、その他関連産業に関わる諸問題について提言と意見交換を行っている。
※1:協会の運営資金については、連邦・州政府からの補助金ではなく、100%生産者からの協賛に基づいている。
雑草防除で農業経営が危機に
1990年代後半、米国のテンサイ生産者は雑草防除に多大な労力を費やしており、将来の農業経営が危ぶまれていた。複数の除草剤を使い、散布回数を増やすなど様々な試みをしたものの、それは単に労働時間と燃料費の増加のみならず、土壌の乾燥や放出される温室効果ガスの増大なども伴い、状況は極めて困難といえた。そして最大の問題は、このような生産現場の窮状を受け、生産者の子供たちが農場経営を継ぎたがらないことだった。
グリホサート耐性テンサイが2008年から普及
前後して市場に流通し始めたグリホサート耐性を付与したトウモロコシ、大豆、綿花は、生産体系を一変させた。
革新的なバイオテクノロジーを目の当たりにした我々は、同様の形質をテンサイにおいても提供するよう求める活動を始めた。グリホサート耐性を付与した遺伝子組換え(Genetically Engineered, GE)テンサイは2005年の春に米国規制当局から栽培、食品安全などの承認を得た。その後、種子増殖に2年を要し、2006年と2007年に非組換えの(グリホサート耐性を持たない)従来品種とGE品種の比較試験を行った。
2008年から生産者への普及が開始されたが、初年度のGE品種の普及率は種子の供給量に限りがあることから59%にとどまったものの、翌2009年の普及率は95%に達した。以降、同様の普及率を維持している。カリフォルニア州特有の気候と栽培環境などの事情によ100%には達していないが、米国におけるGEテンサイの普及と需要は、世界に類を見ない最も早い普及率であり、バイオテクノロジーがもたらす効果と恩恵は極めて革新的だった。
多面的な恩恵
GEテンサイが導入される以前にも、雑草防除のために除草剤の使用は不可欠だったが、テンサイの生育は遅延した。
除草剤の散布により、従来のテンサイでは生育が遅延していた期間が、GEテンサイでは生理障害が発生せず正常な生育期間であることから、GEテンサイの導入は収量の増加、糖含有率の上昇、さらには収益の向上につながった。除草剤の散布回数も栽培期間を通じて1回もしくは2回であり、労働時間の短縮、除草剤使用量の抑制、全体的な生産コストの削減をもたらした。
効率的な雑草防除、つまり雑草を効率的に管理することで、雑草は後代種子を残さない。結果としてGEテンサイを栽培した翌年には雑草の問題が極めて少ないことから、非組換え(除草剤耐性を持たない)作物の栽培が容易になり、GEテンサイを栽培することによる多面的な恩恵が得られることも分かった。
GEテンサイが導入されて15年、その効果は明白と言ってよいだろう。収量は29%増、砂糖の生産量は16%増、しかも11%少ない栽培面積でこの結果を得ている。さらに重要なことは、より少ない資源の投入、より少ない労働力、そして将来の農場経営に対する不安など、生産者の精神的な負担も減らしたうえで、これらの結果を達成していることだろう。
GEテンサイを栽培することは、気候変動や持続可能性の観点からも多くの利点がある。まず、灌漑が行われている西部の乾燥地帯では水の使用量を大幅に削減でき、灌漑が行われていない東部では土壌水分をより保持することが可能となった。GEテンサイの栽培では大型農機による作業量が減少することにより、土壌踏圧が軽減され、保水性を維持する効果も得られた。土壌が保全されることで温室効果ガスの放出を抑制し、土壌微生物の健全性も向上した。燃料を抑制することで大気汚染は減少し、生産コストを削減することが可能となった。GEテンサイの導入により作物の生育を向上させるだけではなく、懸念されている様々なリスクを低減しうる効果がもたらされたといえよう。
後編へ続く
※『農業経営者』2022年12月号特集「日本でいよいよ始まるか! 遺伝子組換え作物の生産とその未来Part3 商業栽培開始への道筋」を転載