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第5回 農家のリアルな声Part2【種苗法改正で日本農業はよくなる】
種苗法改正にあたり、農家壊滅論の原拠として、反対派の“インフルエンサー”たちはイチゴ、芋類、サトウキビ、果樹の名前をよく挙げる。これらの作目を栽培する“農家さん”は自家増殖が禁止になると、種苗費が増し、経営が圧迫して困るというものだ。また、彼らは「種苗法改正により、在来種や固定種が失われてしまう」と危機感を煽り、芸能人を含めて“食に興味を持つ消費者”を不安に陥れた。だが、実際に心配されている作目を栽培する農家は、種苗法改正についてどのように考えているのか。滋賀県のナシ農家に聞いた。
【作物 ナシ】健太氏(滋賀県)
経営面積1.2ヘクタール(1.2ha=12,000㎡)のうち、0.9haでナシを9品種、0.3haでモモを9品種栽培
農業を知らない人が「農家が困る」という誤解
私はナシ農家の立場から種苗法の改正に賛成である。果物に限っていえば、種苗法が改正されると農家が困るというのは日本の農家の実力を侮りすぎだ。なぜ農家は困らないのか。そして、種苗法改正の議論はどうあるべきか。
品種数だと登録品種を16.6%ほど栽培しているが、栽培本数だと4.4%のみ。要するに現時点では、圃場面積の大半で一般品種を栽培している。
私はこれから甘太の作付けを増やす予定だ。購入した苗をある程度育ててから穂木を取り、苗用の台木を用意すればどんどん増やすことができる。しかし、種苗法が改正されると、育成者権者の許可がなければ自家増殖できないことになる。
それでは困るだろうと思うかもしれないが、じつはあまり困らない。なぜなら、私も含め大多数のナシ農家は自家増殖しているのではなく、手間を省くため苗木を種苗業者から購入して増やしているからだ。農業においても分業化は進んでいる。しかも、登録品種のナシの苗木は1本3000円程度である。収穫できるようになればあっという間にそのコストは回収できる。ナシの場合は苗木を購入してから30年、モモの場合は15年程度収穫できる。
自家増殖する場合は、改正によって育成者権者に支払う許諾料が発生するようになるが、それでも苗木の購入額を上回ることはないだろう。台木の種類にこだわりを持って自家増殖している人や、成木に接木する高接ぎという技術で自家増殖をする人にとっても、経営面での影響は少ないだろう。
私の場合、生産費における種苗費の割合は1.5%である。また、大規模改植時は種苗更新率が上がるが、例年は枯れ木を植え替える程度で、年間で3%ほど新規で苗木を購入している。
このことからわかるように、コストがわずかに増えるが利益を圧迫するほどではない。したがって、私の周りの果樹農家は反対していないどころか、話題にすらしていない。
種苗法改正に反対する人は、いまの日本の農業の実態を知らないがために誤解をしているのではないだろうか。
「バイエルなどの多国籍企業に在来種が奪われる」からという反対意見がある。果たして日本は種苗市場として魅力的なのだろうか。少なくとも果樹においては聞いたことがない。仮に日本市場に参入したとしても、良いもので値段が合理的なら苗を買い、そうでなければ買わない。選択権は生産者にある。
反対派の論点は種苗法改正の論点とずれている
種苗法改正の反対派が、農業競争力強化支援法の8条4項に対して「外資を含む民間企業に農研機構や都道府県の開発品種が売り渡される」という主張している。しかし、農業競争力強化支援法はすでに可決成立し効力を発している。さらに、種苗登録制度では、現行でも事実上、国籍関係なく登録できる。つまり、反対派の言う「多国籍アグロバイオ企業に公共財であるデータが買われてしまう」という可能性はすでに存在する。種苗法改正に関わらず存在する問題を今回の争点とするのは適当だろうか。
また、「登録品種と一般品種の境目が曖昧であり、一般品種が種苗登録される」という主張もあるが、一般品種を簡単に登録できるのであれば、品種登録の制度自体が成り立たないことになる。
たとえば、ナシの一般品種の「幸水」は古くからあり、いまだに栽培面積の多くを占めている。市場性のある品種は廃れないからだ。広く知れわたっている幸水を別の名前で品種登録をするのは不可能である。仮に、似た品種を作って品種登録をしたとしても、登録の際には元の品種との区別性が求められるため、できた品種は別品種である。その登録品種の育成者権をもって元の一般品種の生産者を訴えることは不可能だ。
また、遺伝子組換え作物の問題は種苗法とは別の問題である。それぞれ大切なことではあるが、別途議論するべきなのではないだろうか。反対派が挙げるリスクは確かに存在するが、その多くは種苗法改正に関わらず存在するリスクである。食料自給率や食料安保の問題も然りだ。種苗法に規定のないことや、種苗法改正に関わらず存在するリスクを種苗法改正の論点に加えることは適当ではない。
海外流出を防ぐことが急務
種苗法改正で扱うべき論点を整理すると、次の2点に絞られる。
A 改正により海外流出を防ぐことは可能か
B 登録品種の自家増殖を許諾制にすることの是非
まずAの改正により海外流出を防ぐことは可能か。私は目の前にある流出経路は早急に閉じたい。例えるなら、いまは多くの箇所で水漏れしている上に、蛇口の開きっぱなしの水道のようなものだ。根本的な解決は蛇口を閉めることだが、目の前の水漏れを放っておいていいわけはない。
海外流出のひとつに次のような例がある。山形のサクランボの登録品種(現在は登録期限切れで一般品種)の「紅秀峰」が豪州に流出したことがあった。穂木を渡した栽培者に悪意はなかったと思うが、軽い気持ちでお土産として穂木を渡したのではないだろうか。これは現行法でも禁止されている。種苗法が現場に周知されていなかったがために起きた悲劇である。知らなかったでは済まされない時代なのだ。
もう一つは、堂々と持ち出されたと思われる例である。シャインマスカットはどのように流出したと想像するだろうか。ポケットやかばんの奥底に、盗んだか違法に譲渡された穂木を入れ、出国手続きをしたのか。しかし私はこう思う。堂々と、苗木をむき出しで出国手続きに臨んだと。現行法では合法的に入手した登録品種をその品目の保護がされる国に持ち出すことは合法である。現行法での種苗の海外持ち出しに関するパンフレットを見ると、登録品種が堂々と持ち出せることがわかる。
これまでどれだけの登録品種が「合法的」に持ち出されたことだろう。
今回の改正は、この穴を塞ぐことができる。つまり、「合法的な流出」を食い止めることが可能になるのだ。
では、どのような流出防止策が取られるのか。簡単にいえば「育成者権者が種苗を輸出できる国、栽培できる地域を指定できるようになる」ということだ。
日本は法治国家であり、どんな倫理に反する行為であってもそれを罰する法律がなければ何もすることができない。小さな改正だと思うかもしれないが、今まで多くの優良品種が海外に合法的に流出していたことを食い止める一つの手段にはなるはずだ。
国内市場が縮小する中、輸出に活路を見出す生産者も多いだろう。そのようななか、種苗の海外流出を少しでも防ぐことは喫緊の課題である。
育成者権と自家増殖する権利のバランスが必要
もう一つの論点、Bの登録品種の自家増殖を許諾制にすることの是非の問題はどう捉えたらよいのか。
改正反対派の意見で、「食分野において開発者(育成者)と農家が対立している構造が問題」だという意見がある。果たして育成者と農家は対立しているのだろうか。
私が登録品種の甘太を導入したきっかけは、同時期に収穫できる「新高」という品種が夏の高温で焼けてしまい、商品化できなかったことにある。品種の力は大変大きい。この点は野菜やコメなどでも同じだろう。
国内の育成者に限らず、多国籍アグロバイオ企業であっても国内法を遵守し、合法的に活動するのであれば当然保護の対象とすべきだ。品種が増えれば登録品種も増え、生産者の選択肢が広がる。対立ではなく協調が必要だ。
ただし、改正賛成派である私には見えなかったが、少数派であっても自家増殖の権利が侵害される人がいるならば、その意味では育成者と農家の対立はあるといえる。
登録品種の自家増殖を許諾制にすることの是非とは、言い換えれば「育成者権」と「従来認められていた農家の自家増殖する権利」のバランスの再調整である。種苗法の条項に含まれず、改正には直接関係のないリスクを持ち出して論じるのではなく、この点を議論してほしい。許諾申請が面倒だが、制度設計の問題である。優良品種が海外に流出し、将来の輸出に支障を来すことのほうが大きな問題だ。それを防ぐための手間だと考えてほしい。
育成者への利益還元が優れた品種を生む
たしかに種苗法改正だけで海外流出は防げないかもしれない。でも私は、改正により育成者が報われればよいと思う。
日本の果樹農家の技術は世界に誇るべきものである。しかし、肝心の栽培できる品種そのものがなくなってはどうしようもない。昨今の異常気象により従来品種が栽培しにくくなってきており、新たな品種が求められている。しかし、これまでのように育成者が報われないなら、そのうち新品種の育成者はいなくなるかもしれない。各都道府県の試験場や農研機構も果樹においては有力な品種改良の担い手だが、予算が減らされるなかで、いつまで研究が続けられるかは疑問だ。
育成者に利益が還元される仕組みを作ることにより、育成者に新たな品種を作ってもらい、私たち生産者はそれを栽培する。その循環が必要だ。新規参入も増えて多くの品種が生まれれば登録品種も増える。登録品種が増えると、一般品種が減るのではなく、多様な品種が増えることになる。選択肢が増えれば、生産者にとっても喜ばしいことなのではないだろうか。
*この記事は、『農業経営者』(2020年8月号)の【特集】種苗法改正で日本農業はよくなる! 前編【種苗法改正】徹底取材 育種家と農家のリアルな声一挙掲載を、AGRI FACT編集部が再編集した。