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第6回 種苗法改正で不正流出や増殖等の育成者権侵害は防げるのか【種苗法改正で日本農業はよくなる】

食と農のウワサ

2006年に農林水産先端技術産業振興センターが全育成者権者を対象に行なったアンケートでは、育成者権者のうち33.6%が育成者権の侵害(疑いがあるものを含む)を経験している。改正種苗法の是非を論じる際にたびたび挙がる「種苗法改正で海外への新品種の不正流出や、国内における権利侵害は本当に防げるのか」について、AGRI FACT執筆者の一人で農業ジャーナリストの浅川芳裕氏が提言する。

犯罪抑止力が高まった

結論からいえば、現行法と比べ、犯罪抑止力が高まるのは間違いない。改正によって、違法の行為・対象が明確化・厳罰化するからだ。具体的にみていこう。

まず、改正案では、育成者が普及を意図する国内の栽培地域や国名を登録時に指定できる条項が盛り込まれた。また、自家増殖については、育成者による許諾制に移行する。許諾制によって、育成者は種苗の販売や自家増殖にあたり、生産の対象地域ごとに、そもそもどの農家や団体に栽培を許諾するか、もしくは許諾しないかについて、育成者が主体的に選択可能になる。約束を守らないような信用できない農家・団体には許諾しなければいい。これだけでも、無断コピーを予め防ぐ対策になる。許諾する場合も、契約によって数量や料金を明確にできる。

これらの法改正により、自家増殖による無断コピーだけでなく、違法コピーの取締りがしやすくなる。国内・海外に関らず、指定地域外への流出は違法となるからだ。現行法ではそもそも、栽培地域の指定条項がなく、持ち出し自体が合法なのだ。これでは流出が防げるはずがない。

改正後は流出した際も、許諾契約により増殖数量や仕向け先の報告義務などチェック体制を整えておけば、違法な流出ルートの把握が容易になる点も大きい。

改正種苗法では違反の対象者も追加された。種採りや苗・苗木の増殖をする農業者や種苗業者だけでなく、種苗生産にまったく関与しない譲受人も含まれるようになる。これまで“合法”ビジネスとして流出に関ってきた人物も“犯罪者”として取締りの対象となれば、一線を越えるとき二の足を踏むことは想像に難くない。

さらには、育成者が指定していない国内・海外へ持ち出されることを知りながら、譲渡した農家・種苗業者も刑事罰や損害賠償等の対象となる。例えば、登録品種を祖国で栽培して故郷を豊かにしたいという外国人技能実習生に善かれと思って譲ったとしても、もはや善意の第三者を名乗ることはできない。

海外での品種登録には限界がある

改正の反対派はこれらの条項では流出を防げず、海外で品種登録するしかないというが問題を誤認している。いくら海外で品種登録しても、流出自体が合法の現行の種苗法では限界がある。

仮に中国僻地の農村地帯に流出したとしよう。侵害者が誰だかわかったとしても、育成者権者はその僻地まで追いかけ、違法栽培の農地に入り込み、現場確認しなければならない。そして、自分の品種であることを立証する一連の証拠材料を揃え、現地で弁護士を雇い、裁判所に提出しなければならない。差止請求や損害賠償訴訟の受理までこぎつけたとしても、あくまで裁判の開始にすぎない。中国での品種登録を盾に、何年も戦った末、中国版の種苗法をもとに出される判決にしても、中国共産党支配下の司法に頼り、委ねることになる。

そんな途方もない訴訟地獄にまで行く前に、国内法で流出を厳罰化し、少しでも違法経路を塞ぐのが改正の目的の一つだ。まずは改正によって、音楽や書籍の著作権と同様、同じ知的財産権である育成者権について広く周知され、侵害したときの違法性や罰則について、国内の産地で認識が広まることが重要だ。そうした積み重ねにより、農業界で種苗という知的財産への意識が高まっていく。権利が守られた映画や音楽、PCソフトのコピーや流出が違法であることは誰でも知っている。種苗でもそれとまったく同じ常識を農業界が持つべき時代がやってきたのだ。

その結果、違法栽培へのハードルが高まり、なくならないにしても、不審に気づいた周辺の農家が育成者や捜査当局に通報したりするようになる。農場訪問者にいくら頼まれても、違法な種苗譲渡についてはきっぱり拒否するなどの行動もとれるようになる。こうした一つひとつの意識と行動の変化によって、法の精神が根付き、新品種は保護されていくのだ。

真っ先に困るのは日本人の侵害者

では、新品種の保護強化を図る法改正で困るのは一体だれか。日本の登録品種を流出させてきたのは必ずしも中国籍や韓国籍などの外国人というわけではない(また、改正後も外国籍の場合、国外逃亡後、戻ってきて再犯を繰り返さない限りは追及、逮捕しづらい)。

真っ先に困るのは日本人の海外持出しブローカーや国内での育成者権侵害の常習犯たちである。筆者の取材では、そのなかには農業試験場出身者などの種苗のプロさえいる。国内の品種を知り尽くし、アクセスできる彼らにしてみれば、優良な苗を厳選し、飛行機で持ち運ぶなどたやすい。

こうした日本人の侵害者には今回の違法範囲の明確化・厳罰化で犯罪抑止力が働く。有罪になったときの刑罰は10年以下の懲役、罰金は個人1000万円、法人で3億円である。この罪がバレタときの罰則の厳しさと罪を犯して得られる経済的利益を天秤にかけて、法を犯すのが犯罪者の心理である。とくに元公務員など社会的地位が高い人物ほど、世間体から抑止力が働きやすい。

改正前の無法状態を正す

これは海外での流出問題に当てはまるだけではない。日本人が日本国内で侵す違法行為に対し、より抑制効果が発揮できる。改正議論では海外流出ばかりが注目されるが、そもそも「育成者権の侵害の82%は国内」(出典:農研機構品種管理センター資料:平成17年以降の侵害相談)で起きているが実態だ。

農水省では「品種保護Gメン」という権利侵害に対する特別チームが長年設置されているが、特段の権限もなく、これといった成果も出ていない。あいまいな行政権限では限界がある。法治国家では、公正にあまねく法で規制するのが真っ当である。

種苗法の一条にこうある。

「この法律は、新品種の保護のための(中略)種苗の流通の適正化を図り、もって農林水産業の発展に寄与することを目的とする」

法の最大目的の一つである「種苗の流通の適正化」が長年、流出などの侵害によって脅かされ、放置されたまま無法状態なのがいまの日本である。これを真っ当な姿に正そうとするのが今回の改正なのだ。

もちろん、種苗法改正案によって、どんな法律もそうであるように100%違法行為を防ぐことはできない。ただし、「泥棒の好きにさせておけ」という今の種苗法より「ずっとまし」であることだけは間違いない。

*この記事は、『農業経営者』(2020年9月号)の【特集】種苗法改正で日本農業はよくなる! 「後編 品種の権利侵害と民間育種の実態に迫る」を、AGRI FACT編集部が再編集した。

【種苗法改正で日本農業はよくなる】記事一覧

筆者

浅川芳裕(農業ジャーナリスト、農業技術通信社顧問)

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