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韓国における有機農産物と学校給食の実態

食と農のウワサ

学校給食に有機農産物を使用する「有機学校給食」や「オーガニック給食」への関心が全国で高まり、市民の声に動かされ採用する自治体もある。有機給食の海外事例として挙げられることが多い韓国だが、その実態はどうなのだろうか。農業ジャーナリスト・新潟食料農業大学講師の青山浩子氏が解説する。

学校給食食材の3割以上が「親環境農産物」

韓国の農業は、日本の農業と共通点が多い。高齢化による担い手不足は深刻で、コメ離れによる米価低迷など、課題を挙げればキリがない。ただ、大きく違う点をあげると、1990年代後半から、国策として有機農業が振興され、国内の農業でしっかり位置づけれている点だ。韓国で有機農産物は、環境保全を考慮し、栽培された農産物の総称である「親環境農産物」に含まれる。現在、親環境農産物は、学校給食の食材向けに相当量が使われている。2016年には、生産された親環境農産物の3~4割が学校給食に使われた。そして、学校給食に使われる食材の過半を親環境農産物が占めるという(註1)。

韓国も日本と同じく、温暖湿潤な気候条件で、親環境農業に適しているわけではない。そんな環境下で、親環境農産物が学校給食で確固たる位置づけを占めているのは、①政府主導による親環境農業の振興、②市民運動に勢いを得た地方自治体による親環境農産物への支援が背景にある。そこで、韓国の親環境農業と学校給食について紹介・解説する。前半では、親環境農業が振興された背景と現状を取り上げる。

貿易自由化への対策として振興

親環境農業という名称が使われるようになったのは1990年代後半からだ。それまでは韓国でも有機農業といわれてきた。1970年代には韓国各地で有機農業がおこなわれていた。農薬を使いたくないという農家の草の根的な取り組みもあるが、軍事政権下で、農家組織やキリスト教の教会などが民主化運動の一環として、有機農業を営むという動きもあった。1993年まで軍事政権が続いた韓国では、有機農業が反政府運動であるとみなされる場面もあったと聞く。

こうした流れが一気に変わったのは、WTO体制化で農産物自由化の波が押し寄せてからだ。農業を担う政府機関である農林部(現農林水産食品部)は、安い輸入農産物に国内の農業が対抗するには、安全性を高める(*編集部註 有機やオーガニック農産物が慣行農業の農産物と比べて安全性に優れているという科学的な根拠はない)しかないという方針を打ち出し、90年代後半から、親環境農業を掲げて、関連する施策を相次いで発表した(註2)。

1998年~2000年まで農林部長官を務めた金成勲(キム・ソンフン)氏は政治家ではなく、大学教授を長年つとめた民間からの登用だ。民間人出身者が政府機関のトップになるとは日本では考えにくいことだが、韓国では時折ある。有機農業や市民運動に支持してきた民間人を政府長官に任用した点からも、政府の親環境農業への意気込みが理解できるだろう。親環境農業という言葉も金元長官が命名したものだ。1998年に親環境農業育成法を制定、翌年からは、親環境農業の実践農家への直接支払制度を始めた。

法律の制定にとどまらず、親環境農業の需要拡大にも政府が乗りだした。一定の規模以上の売り場面積を持つ小売店には、親環境農産物を販売するコーナーづくりを強力に推奨した。トップダウンの韓国らしいやり方だが、こうしたキャンペーンは、消費者には聞き慣れない親環境農産物の認知度を高める役割を果たした。

認証取得と直接支払いがセット

親環境農業の定義、実践者への直接支払い制度について紹介しておこう。農林水産食品部によると、親環境農業は、“持続可能な農業により、農業と環境を調和させ、農産物の安全性と環境保全を両立させる農業”を指す。生産された農畜産物は「親環境農産物」と呼ばれ、さらに「有機農産物」、「有機畜産物」、「無農薬農産物」、「抗生剤無畜産物」に分類される。

2015年まで「低農薬農産物(日本の減農薬栽培)」もあったが、農薬の使用量をどの程度減らしたものか消費者にわかりにくいという理由で、廃止された。それぞれの定義は次の通りだ。

・有機農産物:有機合成農薬と化学肥料を一切使わずに栽培され、多年生の作物は3年、それ以外の作物は播種前2年という転換期間を経た農産物をいう
・有機畜産物:有機農産物の栽培・生産基準にあわせて生産された有機飼料を給餌し、認証基準に従って生産された畜産物
・無農薬農産物:有機化学合成農薬を一切使わず、化学肥料の施肥量を推奨されている量の1/3以内に抑えた農産物
・抗生剤無畜産物:抗生剤、合成抗菌剤、ホルモン剤が添加されていない飼料を給餌し、認証基準を守りながら生産された畜産物

これらの農産物には種類別にマークがあり、商品に表示することができる。ただし、表示するためには、認証機関の審査に合格していなければならない。認証制度をつかさどるのは、国立農産物品質管理院という政府機関で、実際の審査業務は、同院から指定を受けた民間の認証機関がおこなっている。2021年6月現在、認証機関は53か所ある(註3)。

親環境農業に取り組む農家には、直接支払いがおこなわれる。直接支払いは認証取得とセットになっており、直接支払いの予算はすべて国庫で賄われている。単価は表1の通りで、栽培方法や作物によって異なる。有機栽培の米は1haあたり70万ウォン(1ウォン=約0.097円、約68,500円)で、同じく果物は140万ウォン(約137,000円)、野菜などは130万ウォン(約127,000円)。交付対象となる面積の上限は5haで、組織などを作って共同で申請する場合も、面積上限は5haとなっている。

表1 親環境農産物の直接支払い単価

資料:「2021年農林畜産食品部施行指針」(農林畜産食品部)より抜粋

2010年をピークに出荷量が減少

認証を取得した親環境農産物(有機農産物及び無農薬農産物)の面積及び出荷量の推移は、表2、3の通りだ。ともに、2000年代は順調に伸びたものの、2010年をピークに減少傾向にある。それでも、2018年の有機農産物の作付面積は約2.5万haで、日本のJAS有機の認証面積である約1.1万ha(2018年)の2倍以上だ。なお、韓国は日本とは異なり、無農薬農産物の認証もおこなっている。2018年の無農薬農産物の作付面積は5.4万haで、こちらも2010年をピークに大幅に減少している。政府主導で親環境農業を積極的に推進してきたが、表を見る限り、大きな曲がり角に立っている。

減少理由について、筆者は以前、韓国の農業関係者から「(政府主導で生産振興を図ったが)思った通りにはマーケットが広がらず、結果的に供給過多となった」という話をたびたび聞いたことがある。なお、「2019年国内外の親環境農産物生産及び消費実態と今後の課題」(2019年)(註4)によると、減少理由を次の3点に整理している。

ひとつは、認証審査の厳格化だ。2013年に認証制度の不正が相次いで発覚し、国立農産物管理院が認証機関の許可取り消しを含む取り締まりを強化した。このため、認証を受ける農家数が減少したといわれている。

2番目に農業の人手不足及び農業資材の高騰により、生産面積を減らす生産者が増えたという点。いくら人手不足だとしても、これほど急激に面積や生産量が落ち込むものかと疑問視するかもしれない。2019年、韓国の農村を訪れた際、有機農家の1人がこう話していた。「政府の方針で、最低賃金が上昇した。これは外国人労働者にも適用される。上昇した最低賃金を払うことができず、外国人の採用をやめた。周りにも面積を減らした農家がいる。うちはたまたま会社を辞めた息子に手伝ってもらっている」。最低賃金の上昇により、雇用を継続できず、面積や生産量を減らしたという親環境農家がいても不思議ではない。

3番目は、EUを端に発した「たまご騒動」との関連だ。卵から殺虫剤の成分「フィプロニル」が検出される事態が欧米で起き、2017年頃には韓国にも飛び火した。発覚した養鶏場のなかには、有機畜産の認証を取得していた養鶏場が含まれており、消費者の有機に対する信頼が損なわれ、市場が縮小したということである。

紆余曲折を経て、韓国の親環境農業はいまに至っている。親環境農産物の市場規模(2018年、有機畜産物を除く)は、1兆2,868億ウォン(註4)(約1,252億円)と、ピーク時(2012年で約2兆1300億ウォン )(註5)の約6割に縮小している。親環境農産物の市場全体に占める有機の割合は約30%である。親環境農産物の小売価格は、慣行栽培の農産物に比べ割高で販売されており、筆者が韓国取材をおこなっていた2000年代は、1.5倍~2倍の価格差があった。野菜に比べ、米はさらに価格差が大きかった。

親環境農産物の流通ルートは、図1の通りだ(註6)。生産者の出荷先として最も多いシェアをしめるものは各地の農協であり、消費者の口に入る末端では、学校給食が高いシェアを持つ。農協が最大の出荷先であり、学校給食が最大の需要先であるというのは、日本では考えにくい。後半では、いかにして、学校給食が親環境農産物の最大の納入先となったのかを取り上げる。

表2 認証取得した親環境農産物の作付面積の推移

資料:「国立農産物品質管理院親環境認証統計情報」より(国立農産物品質管理院)

表3 認証取得した親環境農産物の出荷量の推移

資料:「国立農産物品質管理院親環境認証統計情報」より(国立農産物品質管理院)

図1 親環境農産物の流通経路

資料:チョン・サンテク他「親環境農産物流通経路調査用役」(2018年)「韓国農産物食品流通公社・地域農業ネットワーク協同組合」の一部を引用(消費者段階に至る比率のみ記載)

学校給食への導入が進んだ2つの理由

韓国の親環境農産物がいつぐらいから学校給食で使われるようになったのか、いかにして食材に占める親環境農産物の比率が伸びてきたのかを紹介する。

日本の学校給食は、文部科学省が所轄官庁であり、農林水産省ではない。韓国も同じスタイルで、学校給食は、農業に関する政策をつかさどる農林水産食品部ではなく、教育部という政府機関が管轄している。また、学校給食の食材の供給は、地方自治体が決めており、親環境農産物を積極的に使うために条例を制定した自治体もある。つまり、政府が学校給食の食材をコントロールしているわけではない。

親環境農産物が学校給食で広く使われるようになった背景には、2つの流れがある。ひとつは、学校側と学校周辺の農家による連携による食材供給だ。地元の子どもたちのために、近隣の農家が食材を届けるという取り組みは日本でも見られる。キム・ヒョンチョルらの調査では、1990年代に、農家が地元の小学校に農産物を届ける取り組みが各地で始まり、2000年代に入ると、この取り組みが親環境農産物の供給へと発展していった。学校によっては、親環境農産物が食材全体の90%というところもある(註7)。

もうひとつの流れは、市民運動の盛り上がりだ。2003年に大統領選挙で当選した故盧武鉉大統領は「学校給食の直営化(外部委託の廃止)、国産化、無償化」を公約に掲げていた。しばらく実行されなかったため、「公約を守れ」という市民運動が各地で起きた。この波に乗ろうと、各地方議員候補が地方選挙の公約に学校給食の直営化、国産化、無償化を掲げ、メディアでも数多く取り上げられた。学校給食がいわば政治イッシュー化したわけだが、結果として、学校給食の直営化が各地で進み、食材の国産化、地産化、さらに親環境農産物の活用へとつながった。

差額分は自治体が負担

韓国農水産食品流通公社と地域農業ネットワーク協同組合が、学校給食における親環境農産物の使用実態や課題に関し、詳細な報告書を出している。これによると、2017年時点で、小中高校は11,800校(生徒数では5,753,000名)あり、すべてで学校給食を実施している。学校給食実施のための予算は5兆9,000億ウォン(1ウォン=約0.097円、約5,732億円)で、約半分が食材費に使われるという。

給食費の負担する側の内訳を見ると、政府(特別会計)が約54%、保護者が約25%、残り(約19%)を自治体が負担している。親環境農産物と慣行農産物との差額は、自治体が負担しているようで、各自治体の差額負担分を合計すると1,890億ウォン(約184億円)になる。表4は、自治体ごとの負担額を示したものだ。これによると、差額負担は市道と市郡区で負担しあっている自治体が多い。なお、「市道」とは、日本の都道府県に加え、ソウル市や釜山市など広域都市も含まれる。「市郡区」とは、日本の市町村にあたる。テグ市やインチョン市のように、市道のみが負担する地域もあれば、忠清北道のように、市郡部のみが負担する地域もある。また、一部の地域では、市道や市郡区に加え、日本の教育委員会に該当する「教育庁」が、費用を負担するところもある。

学校給食に使われる食材の調達ルートは主に2つある。ひとつは、学校ごとに入札をおこなって民間の納入業者から調達する方法。もうひとつは、多くの自治体にある「学校給食支援センター」を通じて調達するケース。学校給食支援センターは、給食用食材の地産地消をすすめるために、学校給食法によって設置が決められている。同センターの構成員は、実際に給食用の食材を生産している農家も含まれる。

使われる食材のボリュームで見れば、民間の納入業者のほうが多く供給しており、親環境農産物に限れば、センターからの供給が多い。しかし、同センターは組織的に脆弱で、納品や物流の体制が十分に整備されておらず、品質管理などの徹底されていないという課題も抱えている(註1)。

新型コロナウイルスの感染が拡大した当初、日本同様、韓国でも学校が一斉に休校になった。そのため、親環境農産物が一気に行き場を失うという事態に見舞われた。まもなく、学校は再開され、この問題も解決したが、本来、安定した需要が見込める公共調達を軸とした親環境農産物の流通が思いもよらない形で出口をふさがれる形となった。

表4 自治体ごとの親環境農産物の差額負担割合

資料:チョン・サンテク他(2018年)「親環境農産物学校給食現況調査研究用役最終報告書」韓国農水産食品流通公社・地域農業ネットワーク協同組合

学校給食が親環境農産物の受け皿に

学校給食の実施に関する最新データ(註8)によると、小中学校の数は11,818校で、学校給食のための予算は6兆4,822億ウォンとなっている。一方、保護者の負担率は減り、11.6%となっている。これは、給食無償化の動きが各自治体で進んでいるためと考えられる。ソウル市のウェブサイト(2021年2月21日付け)によると、2021年1年より、市内の小中高校すべてで、全国初の「親環境農産物を利用した無償給食」に踏み切ることにしたという。

前半で、韓国の親環境農産物の出荷量は、2010年をピークに減少傾向に入ったと書いた。一方、学校給食での親環境農産物の需要は2000年以降伸び続けている。勢いを失いかけた親環境農産物の需要を、学校給食がうまくカバーした。韓国の(株)地域農業ネットワークのパク・ヨンボム代表は、「地域農業と学校給食の連携活性化方案」の中で、「販路開拓の難しさや消費者に付加価値が伝わりにくいという事情を抱えていた親環境農産物が、学校給食という受け皿ができたことで、好循環が生まれる可能性が高まった」と指摘している(註9)。しかし、一方で、公共調達がなければ市場を維持できかねないという見方もできる。

この先も、学校給食という公共調達を軸に、親環境農業の生産及び流通が維持されていくのか、あるいは個々の消費者の購買行動に変化が起きて、親環境農産物のマーケットは新たな段階に移行するのか、成り行きを見守ることになるだろう。


1 チョン・サンテク他(2018年)「親環境農産物学校給食現況調査研究用役最終報告書」韓国農水産食品流通公社・地域農業ネットワーク協同組合
2 青山浩子(2002年)「国際化に向け一歩を踏み出した韓国農業(2)親環境農業への取り組み」農林経済(時事通信)
3 国立農産物品質管理院ウェブサイトを参照(2021年6月30日参照)
4 チョン・ハクギュン他(2019年)「2019年国内外の親環境農産物生産及び消費実態と今後の課題」韓国農村経済研究院懸案分析第66号
5 チョン・ハクギュン他(2018年 「2018国内外の親環境農産物市場現況と課題」韓国農村経済研究院農政フォーカス第169号
6 チョン・ハクギュン他(2020年)「親環境農産物学校給食中断対応過程と示唆点」韓国農村経済研究院懸案分析第77号
7 キム・ヨン他(2011)「学校給食の地域農産物活用に対する農業人の認識に関する研究」農村指導と開発第18号(3巻)pp569-590
8 「2019学年度学校給食実施現況」教育部ウェブサイトを参照(2021年7月5日参照)
9 パク・ヨンボム(2011年)「地域農業と学校給食連携活性化方案」新流通フォーカス11-03号

筆者

青山浩子(ジャーナリスト、新潟食料農業大学講師)

 

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