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除草剤はペットの健康被害の原因物質なのか 獣医学会と食品安全委員会ともに“否定”の見解
ネットやSNSの一部で、農薬とペットの健康被害を強引に結びつける言説が飛び交っている。とくに犬の散歩道にあたる公園や街路樹の雑草除去に使用されることが多いグリホサート系除草剤への言及が目につく。散歩の後で犬がお腹をこわした場合や外に出る猫の体調が悪くなった時に「除草剤が原因ではないですか?」と飼い主に問われる獣医もいる。ペットの健康被害とグリホサートの関連性を検証した。
犬の急性中毒事故の原因で最も多いのはベイト剤の誤飲
まず実際にペットが散歩の途中で、除草剤を舐めたりするなどして体内に取り入れた結果、急性中毒を起こしたケースがどの程度あるのか。
公益財団法人日本中毒情報センターが運営する中毒110番では、化学物質や動植物の毒などによる急性中毒について、年間約3万8000件の相談を受けている。ペットの誤飲事故など、動物の急性中毒に関する相談は2013年には429件あり、その9割を犬が占めた。
そして過去10年間に中毒110番で受信した犬の急性中毒に関する動物病院からの相談事例1,623件でみると、次のような特徴があった(註1)。
① 家庭用品や医薬品による事故が多く発生している。家庭用品が49%、医薬品が32%で全体の8割を占める。医薬品による事故では、机の上など犬が届く場所に設置された薬の誤飲が多くみられた。
② 家庭用品ではベイト(毒餌)剤による事故がもっとも多く発生している。全体の32%をベイト剤の誤飲が占め、以下、乾燥剤・鮮度保持剤の12%、保冷剤8%、保湿剤7%、化粧品の6%、洗浄剤の4%と続く。農薬を含む肥料・園芸用品の発生割合は4%である。
ベイト(毒餌)剤というと聞きなれない人もいるだろう。ベイト(毒餌)剤とは、ゴキブリ、アリ、ナメクジ、ネズミなどの駆除を目的とした、有効成分に害虫・害獣が好む誘引成分を加えた餌タイプの製品で、ゴキブリに対する「コンバット」や「ブラックキャップ」に「ホウ酸団子」、アリに対する「アリの巣コロリ」といった駆除剤が代表例である。家庭内、とくに床などのイヌが届きやすいところに設置されることが多いため、飼い主は注意が必要だという。
犬の急性中毒に関する動物病院からの相談事例1,623件のうち、除草剤が原因の中毒事例は14件しかなく、さらに有効成分のグリホサートが原因物質だったのはわずか7件だった。その割合は全体の0.5%以下である(註2)。
このことから日本獣医学会では、「犬で中毒を起こしている農薬としては、除草剤はメインの薬剤ではない」としている。
市販除草剤のグリホサート含有量とペットの無毒性量
ごく少数でも発生事例があるからには、散布されたグリホサートがペットに健康被害をもたらす化学物質であることに変わりはない。現に、市販のグリホサート系除草剤「ラウンドアップマックスロードALシリーズ」のHPの安全性に関するQ&Aには、
Q. 散布後、いつ子供やペットが入っても大丈夫ですか?
A. 散布当日は、縄囲いや札を立てるなど配慮し、使用区域に立ち入らないように注意してください。使用前にはラベルをよく読み、安全使用上の注意に従って使用してください。
と注意喚起表示があり、散布当日はとくに危険なのではないか、と考える人がいるかもしれない。しかし、こうした文言は「公園、堤とう等で使用する場合は、使用中及び使用後(少なくとも使用当日)に小児や使用に関係のない者が使用区域に立ち入らないよう縄囲いや立て札を立てるなど配慮し、人畜等に被害を及ぼさないよう注意を払うこと。」と、散布場所に該当するすべての農薬に対する農水省の指導に基づく。グリホサート系除草剤に限ったものではない。
では、庭や公園、街路樹などにまかれるグリホサート系除草剤のペットに対するリスクはどの程度なのか。食品安全委員会はグリホサートの農薬登録にあたって、動物実験などに基づく詳細なリスク分析・評価を行っている。臨床獣医師のタツハル院長は自身のHP内のコラム「除草剤(ラウンドアップ、グリホサート)の犬猫への影響」 でこう書いている。
「ラット、マウス、ウサギ、イヌ等の動物や穀物に関するグリホサートの影響を調べる調査が行われています。イヌに関する調査(註3)を抜粋します。
90日間亜急性毒性試験(イヌ)
ビーグル犬(一群雌雄各4匹)を用いたカプセル経口(グリホサート原体:0、30、100及び 300mg/kg 体重/日)投与による90日間亜急性毒性試験が実施された。
300mg/kg体重/日投与群では、軟便、体重増加抑制等が認められた。100 mg/kg 体重/日投与群では、毒性所見は無かった。無毒性量は雌雄とも 100 mg/kg体重/日であると考えられた。1年間慢性毒性試験(イヌ)
ビーグル犬(一群雌雄各 4 匹)を用いたカプセル経口(グリホサート原体:0、30、100及び300mg/kg 体重/日)投与による1年間慢性毒性試験が実施された。
300 mg/kg 体重/日投与群の雌雄で下痢、血便等の便の異常が認められたので、無毒性量は雌雄とも100 mg/kg体重/日であると考えられた。」「ネコに関する投与実験は行われていませんが、ネコがグリホサートに過敏に反応するという報告はありませんのでイヌと同様に考えても良いと思います」(タツハル院長)。
つまり、犬(猫も)が体重1kg当たり100mg以下のグリホサートを毎日摂取し続けても、健康被害がないということである。なおヒトの場合は安全係数の100で割った1mg/kg体重/日を1日摂取許容量(ADI)として食品安全基準値としている。
次に、ラウンドアップマックスロードALのグリホサート含有量を計算し、犬猫の無毒性量と比較してみる。
製品4.5L×密度1×有効成分の含有量0.96%=43mgのグリホサートカリウム塩に含まれるグリホサート量は約35g=35000mgとなる。体重5kgの犬の無毒性量は1日に500mgなので約64mL、体重3kgで無毒性量1日100mgの子猫なら約39mLを舐めたりして摂取すると、無毒性量を超える。
しかし除草剤は対象面積に満遍なく散布されるため、たとえ散布直後であっても無毒性量を超える量の摂取は現実的には不可能に近く、ましてやそれだけの量を毎日摂取し続ける状況は通常想定できない。ペットの飼い主は安心してよい。
ペットフードの含有グリホサートを不安視する必要はない
除草剤によるペットの健康被害を懸念する人の中には、ごく微量のグリホサートが残留した原料で作られるペットフードの犬猫への影響を挙げる人がいる。その心配も杞憂だ。
ペットフードの製造・販売にかかわる基準・規格は、「愛玩動物用飼料の成分規格等に関する省令」(註4)により定められ、グリホサートは15μg /g以下でなければならないと決められているからである。
体重10kgのイヌが1日200gのドッグフード(限界基準ギリギリのグリホサート含有)を食べた場合、含まれるグリホサートは200×15μg = 3000μg = 3.0mgで、0.3mg/kg体重/日となる。
犬の健康に影響を与えない無毒性量は100mg/kg体重/日なので、基準を守って作られているドッグフードは科学的に安全であり、残留グリホサートを不安視する必要はない。ネコに関しても同様である。
註1 イヌの中毒事故を防ぐために 公益財団法人日本中毒情報センター
https://www.j-poison-ic.jp/wordpress/wp-content/uploads/2019/03/f002341b640766a30ce858b739c931a8.pdf
註2 公益社団法人日本獣医学会 Q:除草剤の犬への影響(中毒)について
https://www.jsvetsci.jp/10_Q&A/v20160512.html
註3 農薬評価書 グリホサート https://www.fsc.go.jp/fsciis/attachedFile/download?retrievalId=kai20160324no1&fileId=140
註4 環境省 ペットフード安全基準規格等 https://www.env.go.jp/nature/dobutsu/aigo/petfood/standard.html
筆者清水 泰(有限会社ハッピー・ビジネス代表取締役 ライター) |