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Part3 商業栽培開始への道筋その4 寄稿:米国における遺伝子組換えテンサイ導入の経緯(後編)【遺伝子組換え作物の生産とその未来 】
【寄稿】米国テンサイ生産者協会会長 ネタニエル・ハルトグレン(ミネソタ州)
米国テンサイ生産者協会(The American Sugarbeet Growers Association, ASGA)とは
ASGAは米国11州の約1万のテンサイ生産者からなる団体で、会員の栽培総面積は44万5,200haに上る。会員は七つの生産協同組合と二つの子会社を通じて、米国内にある21の製糖工場すべてを所有している。団体の運営は、各地域の生産者協会における生産量に応じて得られた資金によって運営されている*1。活動の一つとして会員は毎年、首都ワシントンD.C.で多くの議員やスタッフと会合を持ち、農業や貿易政策、その他関連産業に関わる諸問題について提言と意見交換を行っている。
*1:協会の運営資金については、連邦・州政府からの補助金ではなく、100%生産者からの協賛に基づいている。
交雑は問題なし
他の多くの農作物と異なり、テンサイは花粉や種子が形成される前に収穫される。GEテンサイが開花し種子を形成しても規制上、何ら問題はないものの、もし何らかの理由で1年目に薹(とう)立ちした場合には生産者はその株を除去する取り決めをしている。テンサイの花粉は比較的重く、その拡散距離は400m以下とされているが、テンサイの種子生産が行われているオレゴン州では、種子の純系を維持するために他のテンサイやフダンソウ、ビーツの種子生産圃場から6.4km以上の距離を保つことにしている。こうすることで種子生産についても何ら問題は生じていない。
グリホサート耐性遺伝子は製糖の早い段階で除去される
GEテンサイから得られた砂糖の消費者受容に目を向けてみたい。
GEテンサイから抽出されるショ糖は、従来のテンサイ、サトウキビ、あるいは有機栽培されたサトウキビから抽出されるショ糖と全く同じものである。テンサイゲノムはマッピングされており、これまでに2万7421の遺伝子が同定されている。ヒトの遺伝子は約2万2000とされており、それよりも数千多い遺伝子を有する。
このGEテンサイではそのゲノムに一つの遺伝子を挿入し、グリホサート耐性を付与したわけだが、そのDNAは製糖過程の早い段階で除去される。2006年に最初の栽培比較試験が行われた際、分析機関の協力のもと、複数の砂糖サンプルを採取し、従来品種や有機栽培されたテンサイから得られた砂糖と比較試験を行ったが、それらには全く違いがないことが証明された。
その後、我々の生産した砂糖の購入先となる事業者にこれらの情報を提供するとともに、希望する事業者が検査できるよう、少量の砂糖サンプルをいつでも提供できる体制を維持した。また、前述の生産協同組合のマーケティング部門では参考資料を準備、常設し、顧客の質問に答えられる体制を整えた。当然ながら顧客との関係は私たちにとって最も重要なものの一つであり、我々の取り扱う農産物と商品についての品質と安全性、それらに関わる情報の透明性維持に尽力した。
品質調査はそれからも継続し、21の製糖工場すべてとカナダの1施設で、複数の砂糖サンプルを採取したが、いずれのサンプルからもDNAは検出されなかった。また、世界各地から収集した砂糖のサンプルについても検査を試みたが、いずれからもDNAは検出されなかった。
テンサイ、サトウキビ、それら育種に使われた技術に関わらず、製糖された砂糖に違いはないことから育種技術の表示は必要ないと考えている。我々は先に成立した連邦政府による「全米バイオ工学食品情報開示基準*2」の成立過程においても主導的な役割を担った*3。組織内でバイオテクノロジーを担当する女性の広報グループを結成し、バイオテクノロジーを用いたテンサイの安全性や有益性について、各地域でのプレゼンテーションや交流、ソーシャルメディア上での発信を試みた*4。これらの経験から学んだことは、バイオテクノロジーに対する知見を持つ母親が、母親の立場から他の母親に語りかけることは、バイオテクノロジーの安全性と重要性を伝えるのに極めて効果的なアプローチということである。また、全米科学アカデミー(National Academy of Science)に、我々の研究・活動から得られたリスクとベネフィットに関する情報を公開資料として提出した。
GEテンサイを栽培していなかったら、テンサイ生産が消滅していたかも
振り返ってみるに、仮にGEテンサイを栽培するという決断を15年前にしていなかったとしたら、どうなっていただろうか。おそらく米国におけるテンサイ生産の大部分は、現在までに消滅していたに違いない。バイオテクノロジーを導入せずに栽培を続けることは、あまりにも困難でコストと労働の負担が大きすぎた。
食料安全保障はどの国家にとっても最重要課題の一つである。新型コロナウイルスに伴うパンデミックにより、多くのサプライチェーンに混乱が生じた。気候変動により、突発的な異常気象の発生頻度は増加し、農業生産にさらなる被害をもたらすことが予想されている。安定的な食料生産と食料安全保障は、土壌を耕し、農作物を生産する人たちのうえに成り立っている。バイオテクノロジー、ゲノム編集、ナノテクノロジー、微生物の利用、衛星やドローンによる画像処理、土壌診断、フィールドマッピング、効率的な灌漑技術、ロボット工学、人工知能、その他多くの技術は生産者に受け入れられており、今後の食料生産に寄与してゆくだろう。同時にこれら一つひとつの技術すべてが、これからの安定的な食料生産に必須なのである。これらの技術を導入することで、我々、そしてその子供たちは、世界で最も重要な職業の一つである農業をライフワークとして選択することができる。さらに、ヒトが生きてゆくうえで欠かせない食料の生産だが、同時にその生活環境である地球への負荷が低減する方法を選ばなければならない。
※2:National Bioengineered Food Disclosure Standard: https://www.federalregister.gov/documents/2018/ 12/21/2018-27283/national-bioengineered-food-disclosure-standard
※3:American Sugarbeet Growers Association Bio Tech: https://americansugarbeet.org/bio-tech/
※4:American Sugarbeet Growers Association Resource Library:
https://americansugarbeet.org/resource-library/
前編はこちら
※『農業経営者』2022年12月号特集「日本でいよいよ始まるか! 遺伝子組換え作物の生産とその未来Part3 商業栽培開始への道筋」を転載