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Part1 遺伝子操作の2万年の歴史その1【遺伝子組換え作物の生産とその未来 】

遺伝子組換え作物の生産とその未来

遺伝子組換え(GM)作物は75カ国以上で栽培、実地試験、貿易されており、世界の農家にとって不可欠な生産ツールの一つとなっている。そのGM技術なしに世界の農産物と伍してきた日本の農家にとって、新たな時代が幕を開けようとしている。GM作物の本格的な生産開始である。その長い道のりと未来を3回のシリーズ特集でお伝えする。シリーズ1回目は「遺伝子操作の2万年の歴史」。遺伝子操作が農業・食料・健康の分野で人類の繁栄にいかに貢献してきたか。どのように社会に受容されてきたか。東京大学名誉教授・唐木英明氏が縦横無尽に解き明かす。

遺伝子操作の歴史

遺伝子は生物の設計図

「遺伝子組換え」とか「バイオテクノロジー(バイテク)」と聞くと、最近始まったよく分からない不安な技術と思う人もいるだろう。しかし遺伝子操作は少なくとも2万年前に始まり、そのおかげで人類が今日の繁栄を享受できるようになったのだ(表1)。

表1表1表1表1表1表1表1表1

遺伝子は生物の設計図であり、生物が有用な性格を持っているということは、優れた設計図を持っているということである。もし設計図を書き換えることができれば、どんなに優れた生物でも作ることができるだろう。これが遺伝子操作なのだが、大昔の人たちはもちろん遺伝子があることさえ知らなかった。にもかかわらず、彼らは育種という形で経験的に遺伝子操作を行っていた。

選択的育種と文明の発展

2万年前に私たちの祖先は狩猟採集生活から農耕生活に移行した。農耕に最も必要なものは優秀な作物である。野生の大麦、小麦、米、豆などを農地で栽培し、収量が多く、味が良く、病気に強いなどの優れた性質を持つものを選んで栽培することで、農耕に適した品種を作り出した。また違った品種と交配させることで、両方の品種の優れた点を併せ持つ品種を作り出すという選択的育種を行った。しかし、優秀な品種を交配すれば必ず優秀な子孫ができるわけではない。

苗

ある女優が高名な哲学者に「私たちが結婚したらあなたの頭脳と私の容姿を持ったすばらしい子どもができるでしょうね」と言ったところ、哲学者は「私の容姿とあなたの頭脳を持った子どもができるかもしれませんよ」と答えたという話がある。

これは真実で、かけ合わせる2つの品種が持つ劣った性格を合わせ持つ子孫ができる可能性があるため、選択的育種は運を天に任せるような方法だ。また努力の結果は作物を収穫するまでは分からないため長い年月がかかる。私たちの祖先は何百年、何千年の時間をかけて多くの失敗を乗り越えて選択的育種に成功し、米、大麦、小麦、トウモロコシ、豆などの優秀な品種を作り出した。農業が盛んになり食料が豊富になると人口が増える。小さな集落が次第に大きくなり、世界にはメソポタミア文明・エジプト文明・インダス文明・中国文明の四大文明が生まれた。

このように私たちの祖先は経験的に遺伝子操作を行っていたのだが、親が持つ性質が子どもにどのように伝わるのか、その仕組みは知らなかった。だれもが思いつくのは、赤と白を混ぜるとピンクになるように、両親が持つ性質が混合して中間の性質を持つ子供になるという仕組みだ。しかし実際はそうではない。

メンデルの法則

これを明らかにしたのがオーストリアの僧であるメンデルだった。彼はエンドウ豆を使って親の性質が子どもに伝わる仕組みである「メンデルの法則」を1865年に発見した。図に示すように、背が高い親と低い親の子どもは、すべて背が高かった。子ども同士を交配すると、背の高い孫が3、背が低い孫が1できた。

これをメンデルは次のように説明した。背の高い親は背を高くする因子(現代風に言えば遺伝子)Hを2つ持ち、背が低い親は背を低くする因子Lを2つ持つ。子どもは親から2つの因子の半分ずつを受け継ぐので、全員HLになる。HとLの両方を持っていると、Hの性質だけが現れるので、背は高くなる。子ども同士(HLとHL)を交配すると、孫は、HH、HL、HL、LLの4種類ができる。だから背が高い孫が3、低い孫が1になるというものだ。メンデルの法則

グレゴール・ヨハン・メンデル

血液型がAO型とBO型の両親から、AO型、BO型、AB型、O型の子どもが生まれるのも、このメンデルの法則で説明できる。

こうして、親の性格が子どもに伝わるのは二つの色を混ぜるような単純なものではなく、それぞれの性質を持つ特定の遺伝子があること、さらに、ある遺伝子を持っていても、その性質が隠されてしまい、必ずしも生物の形には現れないことも分かった。この発見が近代的な育種の基礎になった。

その後、細胞の核の中から遺伝子が発見され、それがメンデルが言う特定の因子であることが分かった。遺伝子の研究が大きく発展したのはそれから約100年後の1953年にワトソンとクリックが遺伝子を作るデオキシリボ核酸(DNA)の立体構造を明らかにしてからだ。DNAはA(アデニン)、T(チミン)、G(グアニン)、C(シトシン)という4種類の化学物質が連なったひも状の形であり、折りたたまれて染色体となって細胞の核に入っている。

A、T、G、Cの並び方はDNA上の場所によって違い、「コドン」という構造を作っている。細胞はコドンの情報に従って違うアミノ酸を作る。自然界には500種類以上のアミノ酸があると言われるが、私たちの身体のタンパク質を作っているのはそのうちの20種類であり、その1つでも不足するとタンパク質を作ることができない。

画期的な遺伝子組換え

遺伝子

動物も植物も基本的には精子と卵子が合体した受精卵が分裂してできたものなので、精子と卵子の両方の遺伝子を持つ。ときには分裂の過程で遺伝子のコピーミスが起こり、両親とは違った性質を持つこともある。さらに病原体や化学物質などの外部要因でも遺伝子に変異が起こる。これを利用したのが放射線育種だ。作物に放射線を照射すると、遺伝子に突然変異が起こる。もし有益な変異が起これば、育種に利用される。もし有害な変異が起これば、その動植物は成長できなかったり、遺伝性疾患などの病気になることもある。

このような仕組みが分かれば、元々の遺伝子に別の働きを持つ遺伝子の一部を組込むことで、有用な性格を与えることや病気の治療を行うことが可能になる。選択的育種も放射線育種も運を天に任せるようなところがあるが、遺伝子を直接操作すれば、育種が計画通りに短時間でできる。この画期的な方法を組換えDNA技術、あるいは遺伝子組換えと呼ぶ。

※『農業経営者』2022年10月号特集「日本でいよいよ始まるか! 遺伝子組換え作物の生産とその未来 Part1 遺伝子操作の2万年の歴史」を転載

その2へつづく

筆者

唐木英明(公益財団法人食の安全・安心財団理事長、東京大学名誉教授)

 

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