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Vol.17「白いもの」を嫌う女~後編~【不思議食品・沼物語】

コラム・マンガ

科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。不思議食品にハマった女性たちの悲喜劇を、物語の形式でお届けします。今回の沼物語は「白い食べ物は有害」とする界隈のお話・後編です。
※この物語は、フィクションです。実在の人物・団体・事件などとは関係ありません。また作中に登場する言説は現実に存在しますが、一般的な育児法・情報ではありません

いい波が来た!

自分もインフルエンサーになりたい。打算的な気持ちで、「茶色い食べ物」を推すインフルエンサーを目指したOLさくら。活動名は「ブラウンフード研究家・ヨシノ」である。発信したてのころは特徴的な強みもなく、ただの「自然派マニア」といったところだった。ところが、体験談をベースにした「白い食べ物で、私の身体に起こった出来事」を投稿しだすとフォロワーが急増した。その投稿が思いのほか共感を呼び、フォロワーとの絆も深まっていく。

「いい波が来た」

そう確信したさくらは、次の展開に踏み出してみた。ブラウンフード研究家・ヨシノによる「オンラインサロン」である。その名も「ブラウンフード研究所」。お遊びのノリだけど「所長」という響きは、ちょっと気分がいい。

会費は月額980円。気軽に入会できるので、ある程度の初期会員獲得は比較的スムーズだった。サロン生に向けたサービスは、週1更新のメルマガ発信に、不定期開催のオンライン料理教室や健康相談会。サロン生限定の初オフ会は、清澄白河のカフェで開催してそれなりに好評だった。

さくら(ヨシノ)が狙う企業案件は未だ来る気配がないが、サロン生の増加で、そこそこの副収入になってきた。遠からず「ヨシノ商店」という名のネットショップも立ち上げようか。顔の見える天然塩を使ったバスソルトや、自然栽培の玄米などを扱うセレクトショップを展開したい。サロン生の特典として、メンバー価格を設定してもよさそうだ。それをSNSに取り上げてもらえれば、きっといい宣伝にもなる。いずれ副業が本業になっちゃいそう! そうしたら学校給食なんかもプロデュースしたり、食育を切り口に教育現場へも進出したい――。さくらの夢は果てしなく広がっていった。

陰謀論がはびこるサロン

「あんたのオンラインサロン、蟲毒(こどく)みたいになってない?」

ある日ついに、友人の貴子につっこまれてしまった。

完璧で究極のインフルエンサーを目指す道半ばで、さくらの気力は燃え尽きていた。いや、SNS的に燃えるのはこれからかもしれないが……。

何が起こったのか。

オンラインサロンが盛り上がるほどに、クセの強いメンバーが目立った言動をするようになり、収拾がつかなくなっていったのだ。

はじまりは「光戦士」なるアカウントが、強い論調の意見を書き込むようになってきたあたりからだっただろうか。それまでのチャットルームは、メンバー同士でレシピや商品情報を教え合うなど、和気あいあいとした雰囲気だったのに。

光戦士はブラウンフードをキーワードにしながら、今の世の中を批判する陰謀論めいたことを書き込みはじめた。

「目覚めよ! 白砂糖や化学調味料。不自然な食べ物によって本物から遠ざけられ、支配される羊たちから抜け出そう」
「小麦には麻薬と同等の依存性がある。給食のパン食は、日本人を堕落させようと計画する、アメリカの陰謀であることはもはや常識です」

やめてくれ! コンブチャを吹き出しそうになりながら、さくらは書き込みを凝視した。ここは、自然食を愛する人たちがともに切磋琢磨しつつ、癒しも提供するコミュニティなのよ。そういうノリは、某政党の集まりでやってくれえぇ……! それ以前に昼夜問わずの圧倒的な書き込み量が、普通にコワい(いや、明け方直前の書き込みが多いか)。皆が反応しないでくれるといいんだけど。

そう願うさくらの思惑とは真逆に、負けじと次に暴れ出したのが、「大地の中年」なる人物だ。

「昆虫食が陰謀だと言っている人、正気ですか? まだその程度の認識だなんて本当にベタで凹むわー」
「海外の目覚めている人たちは逆に皆、虫を食べていますけど? 闇政府の陰謀から身を守るためには、シェルターでも養殖できる昆虫食は必須なんですよね」
「ああでも、コオロギが論外なのは同意。コオロギは闇、イナゴは光。自分はミールワーム推し」

な、なるほど……。確かにコオロギパウダーも、ブラウンフードに入れるのは理にかなってるかも……って話じゃなく! 私の考えるブラウンフードに昆虫食を勝手に入れるな。異物混入するな。

妊活情報からサロンに入ってきた女性たちの交流も、過剰になってきた。

「砂糖小麦粉牛乳化学調味料。白い食べ物をやめたら、奇跡の妊娠! 月満ちる予定は、11月です。コムアイさんの出産に感銘を受け、私も某所での自然なお産を予定しています。つきましては、限定3名で胎盤食の予約を受けつけます。ご希望の方はこちらのアドレスへ!」

感染リスクがあると聞くけれど? 否定はしないが、うちのサロンでやるな。しかも、もはやブラウンフード関係なくなっている。

フードファディズムの落とし穴

これがよく聞く「末端の暴走」だろうか。いいところだけを上手に取り入れようとしたけれど、蛇蝎(だかつ)のごとく白い食べ物を嫌っていた母を10倍パワーアップさせたようなクセ強なサロンメンバーだらけになってしまった。

さらにこうした人が「サロン生」を名乗ってSNSで発信するので、やじ馬も紛れ込み、SNSにはスクショもばらまかれ、さくらの憧れた素敵なネット空間が修羅の国と化していた。サロン生の暴走によってブラウンフードまで、怪しいものにされかねない勢いで、今や利益よりも不利益のほうが上回っている。エコーチェンバーが、悪い方向に転がってしまったのか。

もともとオーバーワークだったのもあるだろう。サロンを抜け出てSNSでレスバし始めるサロン生の対応や観察で、さくらは精神的にも疲れ果てていた。あれだけ素晴らしいと思っていた玄米も全粒粉も、今は消化できる自信がない。前はコンビニの甘いパンで体調が悪くなったのに、今はただやわらかくて甘いものを口にしたい。もはや、白くても茶色くてもどちらでもいい。結局のところ、強い思想で食べ物を選ぶのは、気持ちも予算も健康も、ゆとりあっての贅沢な楽しみなのだ。

そして世の中の主流に対し逆張りするような主張をすれば当然、それなりにやっかいな人との親和性も高くなる。そんな中で輝けるパワーは自分にはないことを、さくらは自覚した。クセ強メンバーによって、食べ物の影響を過剰に評価しすぎるフードファディズムの沼にいたことを自覚できたのは、ある意味薬だったかもしれない。

適当なタイミングでSNSを卒業し、食べ物との付き合い方をフラットにしてみようと、さくらは思った。そこにはきっと、茶色い食べ物も白い食べ物もあるだろう。

~前編はこちら~

 

【不思議食品・観察記】記事一覧

筆者

山田ノジル

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