会員募集 ご寄付 お問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています

現場の対話から見えた“最短距離”の対処法 【AGRI FACT定期オンラインセミナーレポート01】

食と農のウワサ

AGRI FACTでは、定期的に農と食に関するイベントを開催している。今回は2025年10月27日に開催したオンラインセミナー「農業デマはなぜ拡散しやすいのか? 農と食のコミュニケーション現場から見えるもの」の内容をレポートする。登壇したのは長崎在住の農業コミュニケーターで「農家BAR NaYa」 店主の渕上桂樹氏。デマの構造とリスク、そして日常の対話を軸にした具体的な向き合い方を、自身の経験を交えて示した。

「農業デマ」の定義と典型例

冒頭、渕上桂樹氏は「本日は『農業デマはなぜ拡散しやすいのか』というテーマで、現場のコミュニケーションから見えたことをお話しします」と挨拶。

大手スーパーの青果売り場での経験を皮切りにUターン後は実家の畑を耕し、サニーレタスが箱に入らないほど育ちすぎた失敗を契機に街頭販売へ。野菜ドリンクの併売で「会話が生まれる売り場」の手応えを得て、2018年には農家の納屋をイメージしたバーを開業した。カウンター越しの客とのやりとりでは農業の生産現場や流通の裏側について語ることも多い。現在は、バーの経営に加えて、ラジオやコラム執筆、耕作放棄地の活用・農場経営へと活動分野を広げている。

渕上氏は、農業デマを“人の不安をあおる言説”と定義。対象は農薬・除草剤、遺伝子組換え、新品種、農業政策など幅広い。デマの発生要因として、生産と消費の現場の「認識ギャップ」を挙げる。消費者が生産現場の感覚を失っているのはもちろん、生産者側も現代の消費現場の感覚から遠ざかっている面があると言う。

具体的に拡散されやすいデマのトピックには、以下のようなものがある。

  • 農薬・除草剤: 正しい使い方をしていれば安全であるという認識が生産者と消費者の間で一致しているにもかかわらず、あえて不安を煽る言説が広がる。
  • 遺伝子組換え作物: 根拠のない危険性アピール。
  • 新品種: 例えば、育種の段階で放射線が使われている「あきたこまちR」が、あたかも危険であるかのように問題視されるケース。
  • 農業政策: 種苗法改正に関して、「種が外資系企業に奪われる」といった陰謀論的な主張が映画などで拡散される。

これらのデマは、生産の現場では全く問題視されていないにもかかわらず、消費者の「わからない」という点に付け込まれて発生していると指摘した。

なぜ対応が難しいのか?

拡散の中心には少数の“教祖役”がいる。教祖役が支持者に向けて発信し、その受け手がさらに周囲へと布教する。渕上氏の分析では、発信する教祖は専門知識を有している人、考え方が違う人とはバトルせず、信者に向けてのみ発信する。一方、信者は積極的に布教活動を行う傾向がある。情報はやがて「うっすら信じる」「関心が薄い」という多数派へ届き、食の不安情報が共有されていく。

測上氏はこの多数派を自身の発信対象と捉え、デマを放置すれば自治体などの制度に影響が及ぶこと、一般の人々が詐欺的情報にさらされ続けることから、早期対応の重要性を強調した。

この構造を踏まえ、渕上氏がコミュニケーションの対象とするのは、デマの発信者や真に受ける信者ではなく、「うっすら信じる人」と「関心がない人」である。この層は、体感として全体の9割以上を占めており、ここに向けた発信が有効だと言う。

デマを放置してはいけない理由

デマを放置していると、事実でない情報をもとにした運動(例:オーガニック給食運動)が自治体などで制度化される損失が生じる可能性がある。

  • プロの尊厳の毀損: 農家やメーカー、流通小売業者が「危険なものを作っている」と不当に言われ、尊厳が傷つけられる。
  • 消費者の被害: 誤情報がセットで販売される商品(値段が高く効果が不明なサプリなど)により、消費者が無用な出費を強いられるだけでなく、標準医療から遠ざけられてしまうデメリットがある(例:ワクチン拒否や病院に行かない選択)。
  • 偏見の助長: 農薬と発達障害やアレルギーを関連付けるデマは、当事者を支援する現場の認識と逆行し、偏見を助長する恐れがある。

しかし、反証は常に後手に回りやすく、現場の当事者ほど社会で何が“デマ化”しているか把握しづらい。科学的根拠を掲げても、「弱者を守る」といった道徳的な語りは人の心情に届きにくい。また、近年は危険と断定せず問いかける形で責任を回避する手口も増えている。もともとネガティブ情報は“面白く”拡散されやすいという性向も壁だという。

現場からの処方箋:日常の対話を軸に

その上で、渕上氏は「日常のコミュニケーションこそ最短距離」と説く。バーのカウンター越しでの対話や路上での直接販売を通じたコミュニケーションの成功失敗体験を重ねた結果、効果的な対応策を導き出した。

  1. 「イエス」から始める(否定しない): 相手の言うことを真っ向から否定せず、「はい、確かにそういうニュースはありますよね」あるいは「はい、そういう気持ちになりますよね」と事実や相手の感情を肯定するところから始めることで、話を聞いてもらいやすくなる。
  2. 相手に気づかせる: 事実を一方的にまくし立てるのではなく、疑問を投げかけたり、情報提供の断片を見せることで、相手自身に「もしかしたら情報が切り取られているのではないか」と気づいてもらうのが効果的。欠けている前提や数字(例:一日摂取許容量(ADI)など)を一緒に確認することも重要だ。
  3. 「人間」を意識させる: 消費者は農薬メーカーなどを「四角い建物」のように捉えがち。そこで働く「人間」を意識させる(例:メーカーの営業担当者と話す)だけで、デマが頭から離れることがある。
  4. 道徳の高台から下ろさない: デマを信じる人は「みんなが知らないことに私は関心を持っている」という高い道徳的視点から発信することが多い。この道徳の高台から下ろすのではなく、別の台に乗せ替えてあげる(例:相手の高い倫理観をリスペクトする)ことで、相手の気持ちを尊重しつつ対話を進める。
  5. 論破ではなく信頼の蓄積を目的とする「優しさ最優先」のスタンス:地味だが最短距離。次に不安に出会ったとき、最初に相談してもらえる関係づくりが大切。

ただし、デマ対策には構造的な難しさがあり、次のように分析している。

  • 後手に回る: デマが存在しなければ対策できないため、どうしても後手に回る。
  • 不安情報が人を引きつける: 不安情報の方が「聞いておかないと損をするかもしれない」というバイアスが働き、興味を引くため、中立な情報発信は面白くなりにくい。
  • 専門家のコミュニケーションへのストレス: 農業分野の専門家は、一般消費者とのある種のストレスのように感じ、対話が生まれにくい。また、トラブルを避けるために意識的にデマに触れない選択をすることも多い。しかし、約7割の科学者がサイエンスコミュニケーションを望んでいるというデータもあり、今後に希望が持てる。
  • 権威の悪用: 元大臣や東大教授といった肩書きに信用力がある人物の発信を適切に判断することが非常に難しい。

専門外の話題には、まず不安を自然な感情として受け止め、一次情報の確認までは拡散を控える姿勢を共有することが重要だと回答。講演でも「否定しない」「気づかせる」手法は、欠けている数字や前提を示す設計で十分に実践可能だとした。

また、元大臣や大学教授、NHK出演者など肩書きの強い発信への向き合いは難題だが、発信者やチャンネルを地道に増やし、視聴者意見の蓄積を促すことが一定の抑止力になるとの見解も示した。

渕上氏が示した“地味だが最短距離”のコミュニケーションは、農と食の情報環境を健全に保つうえで必要なスキルの一つ。農と食の関係者それぞれが認識ギャップの現場で実践を積み重ね、集合知として高めていきたい。

AGRI FACT会員募集中!

AGRI FACTは、農と食に関する偽情報・誤情報の是正や、科学的な情報発信に取り組む団体で、この活動を共に支える会員を随時募集しています。会員特典の一つとして、定期オンラインセミナーは無料での参加・アーカイブ視聴が可能です。

• 主な活動:ファクトチェック、教材・資料の提供、講演・イベント、提言活動など
• 会員区分:個人会員/法人会員
• 年会費目安:個人 1口(3,300円)〜・法人 一口(33,000円)〜

詳しい内容・お申し込みは、AGRI FACT公式サイトの「会員入会申込フォーム」をご覧ください。

 

編集

AGRI FACT編集部

 

 会員募集中! 会員募集中!

関連記事

記事検索
Facebook
ランキング(月間)
  1. 1

    農薬を落とすというナントカウォーターの勧誘を受けてみた(前編):63杯目【渕上桂樹のバーカウンター】

  2. 2

    農業に関するデマで打線組んでみた!パート24〈ネオニコチノイド編〉【ナス農家の直言】

  3. 3

    Vol.6 養鶏農家が「国産鶏肉と外国産鶏肉」問題を語る【農家の本音 〇〇(問題)を語る】

  4. 4

    第3回 グリホサートの科学と開発秘話【ラウンドアップ「枯葉剤」説の虚構 “反農薬・反GMO・反資本主義”活動家が作った構造的デマ】

  5. 5

    渕上桂樹(農家BAR NaYa/ナヤラジオ)

提携サイト

くらしとバイオプラザ21
食の安全と安心を科学する会
FSIN

TOP
会員募集中
CLOSE
会員募集中