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Vol.1 ラウンドアップ訴訟の地殻変動──米国最高裁が審理する「連邦vs州」の法理【AGRI FACTニュースレター】
※この記事は、2026年4月1日にメルマガで配信された会員限定記事のバックナンバー(転載)です。
いつもAGRI FACTの活動にご支援いただき、ありがとうございます。
このたび、会員さま限定で旬の情報をお届けすべく、AGRI FACT会員ニュースレターを配信することになりました。
世界の農と食に関するリスク問題や科学的・政治的・法的なホットな議論を一次情報に基づき整理し、お伝えしてまいります。
初回は、米国におけるラウンドアップ訴訟の最新動向、とりわけ米国最高裁の動きを中心に、その法理的核心を整理します。
ラウンドアップ 訴訟の転換点
除草剤「ラウンドアップ(有効成分グリホサート)」を巡る訴訟は、2025年末から2026年初頭にかけて大きな転換点を迎えました。
数万人規模の原告が、「ラウンドアップの使用によりがんを発症した」「企業は危険性を警告すべきだった」として損害賠償を請求し、州陪審は相次いで巨額賠償を認定してきました。モンサントを買収したバイエルは、巨額の賠償リスクと長期的不確実性を抱える状況に置かれていました。
しかしこの問題は、「安全か危険か」という単純な科学論争ではありません。
米国環境保護庁(EPA)は一貫して「グリホサートは発がん性なし(not likely to be carcinogenic)」との評価を示し、警告ラベルは不要との立場を取っています。
一方、カリフォルニア州などは、国際がん研究機関(IARC)の分類に依拠し、発がんリスクがあるなら警告表示を義務づけるべきだと主張してきました。IARCの分類は hazard-based classification(危険性ベースの分類)であり、実際の曝露条件を前提とした risk assessment(リスク評価)とは異なります。
この評価方法や手続の透明性をめぐっては、学術界やメディアでも疑義が提起されてきましたが、州法訴訟ではその分類が陪審判断に影響を与えてきました。
また、その背景として、IARCという不透明な組織や分類を利用した「訴訟ビジネス」が展開されてきたことはAGRI FACTで詳述してきた通りです。
問われているのは法理の選択
今回、問われているのは、発がん性の有無そのものではなく、「連邦法の判断を優先するのか」「州法の判断を優先するのか」という法理の選択です。
実際の裁判では、連邦政府は「警告不要」とし、州は「警告せよ」とするという、両立困難な構造が生じています。どちらの論理を陪審や裁判所が採用するかによって勝敗が分かれ、科学的評価とは関係ない形で結果が決まる五分五分の状態が続いてきました。
この構造で最も大きな影響を受けるのは企業だけではありません。連邦法に基づく安全性試験をクリアし、EPAの承認を受けた農薬を法令に従って使用している農家です。
州ごとに警告ラベルが義務化されれば、使用自体が風評の対象となり、市場価格や信用、契約条件に影響が及びます。除草剤は多くの農家にとって基幹的な技術ツールであり、それが州ごとの司法判断によって事実上使いにくくなれば、農業経済のみならず食料生産全体にも波及します。
このため農家団体の支持を受ける農業州の共和党議員を中心に、「法的統一性の確保」を求める政治的圧力が強まりました。
2025年12月1日、司法省の法務総監(Solicitor General)は、連邦最高裁判所に意見書を提出しました。その趣旨は、連邦機関であるEPAが適法に承認したラベルを州法が事実上覆すことは認められないというものでした。
これは企業・農家擁護というよりも、連邦法と州法の優先順位という米国法体系の根幹に関わる問題提起でした。
最高裁が本審理入りを決定
そして2026年1月16日、米国最高裁は Monsanto Co. v. Durnell(No.24-1068)について certiorari granted(上告受理)を決定しました。
通常、米最高裁は上告申立の約99%を審理しません。本審理(merits stage)に進むのはおおむね1%前後です。今回の受理は、この争点が全国統一の判断を要する重大問題であると最高裁が認めたことを意味します。州陪審レベルの局地戦から、最高裁による全国ルール確定の段階へと局面が移行したのです。
circuit splitという構造的問題
背景にあるのは circuit split(連邦控訴裁判所間で同一法律問題について結論が分かれている状態)です。同じ法問題について巡回区ごとに判断が割れれば、どの州で訴えるかで結果が変わるという事態になります。これを是正するため、最高裁が統一基準を示す必要があると判断されたと考えられます。
法技術的核心は、failure-to-warn(警告義務違反)と preemption(連邦法優先による州法排除)の関係です。農薬ラベルは連邦農薬法(FIFRA)に基づきEPAが承認します。州法による警告義務違反請求が、連邦法に対して追加的要求(additional requirement)となるのか、それとも連邦と同等の要件(parallel requirement)なのかが争点となっています。2005年の最高裁判決 Bates v. Dow Agrosciences は、「州法が連邦と同等なら排除されないが、連邦より厳しい追加要求なら排除される」という枠組みを示しました。
米国連邦第3巡回区控訴裁判所は、州陪審が賠償を命じれば企業は事実上ラベル変更を余儀なくされるとして、これを追加要求に当たると整理し、「連邦法優先による州法排除」を肯定する方向を示しました。一方、第九巡回や第十一巡回では、州法請求を連邦法上の misbranding(誤表示禁止)と同方向の義務と捉え得るとし、「連邦と同等の要件」として扱う余地を認めています。同じ Bates判決 を起点としながら結論が割れている、これが今回の「circuit split(連邦控訴裁判所間で同一法律問題について結論が分かれている状態)」の核心です。
最高裁が決めること
最高裁が決めることは明確です。EPAが「警告不要」と判断したラベルについて、州法で「警告不足」と訴えることを許すのか。それともFIFRA(連邦農薬法)を理由に州法請求を排除するのか。この判断は、一企業の賠償問題を超え、連邦行政の権威、州陪審の役割、科学評価と司法判断の関係、そして農業現場の予見可能性を左右します。
ラウンドアップ訴訟は、いまや除草剤の安全性を巡る争いではありません。米国の法秩序における優先順位を問う、制度的分水嶺に入ったと言えます。
読んでいただき、ありがとうございました。次回もよろしくお願いします !
AGRI FACT編集部
参考文献(主要資料)
① 最高裁・政府(一次資料)
最高裁ドケット
Monsanto Co. v. Durnell(No.24-1068)
https://www.supremecourt.gov/search.aspx?filename=%2Fdocket%2Fdocketfiles%2Fhtml%2Fpublic%2F24-1068.html
Questions Presented(限定受理の対象争点)
https://www.supremecourt.gov/qp/24-01068qp.pdf
米政府(Solicitor General)意見書(2025/12/1)
https://www.supremecourt.gov/DocketPDF/24/24-1068/386073/20251201170732560_24-1068%20–%20Monsanto%20v.%20Durnell.pdf
② 主要報道(動向確認)
Reuters(政権支持・最高裁受理)
https://www.reuters.com/sustainability/boards-policy-regulation/trump-administration-backs-bayers-bid-curb-roundup-lawsuits-2025-12-02/
AP News
https://apnews.com/article/2e8e03708f125a84999259e624fb695c
Financial Times
https://www.ft.com/content/1c95bd41-9bb8-4911-bede-650e953b00cd
Wall Street Journal
https://www.wsj.com/business/bayer-shares-rise-after-u-s-supreme-court-agrees-to-review-roundup-case-1d9637f2
③ 裁判手続・解説
SCOTUSblog(審理動向解説)
https://www.scotusblog.com/2026/01/dockets-on-maximum-overdrive-seventeen-new-relists-involving-ten-issues/
④ Bayer公式資料
最高裁受理に関する声明(2026/1/16)
https://www.bayer.com/media/en-us/bayer-welcomes-the-us-supreme-court-decision-to-review-the-durnell-case-in-the-roundup-litigation/
政府意見書支持への反応(2025/12/2)
https://www.bayer.com/media/en-us/bayer-welcomes-solicitor-general-support-for-us-supreme-court-review/
訴訟状況まとめページ
https://www.bayer.com/en/managing-the-roundup-litigation
⑤ 法理・circuit split の核心資料
Harvard Law Review Blog(Schaffnerと分裂の整理)
https://harvardlawreview.org/blog/2024/11/preempting-toxic-torts-third-circuit-opens-split-on-cancer-warnings-in-schaffner-v-monsanto/
Bates v. Dow Agrosciences(最高裁判決全文)
https://www.law.cornell.edu/supremecourt/text/544/431
Schaffner v. Monsanto(第三巡回判決)
https://www2.ca3.uscourts.gov/opinarch/223075p.pdf
National Agricultural Law Center(第三巡回判決解説)
https://nationalaglawcenter.org/third-circuit-rules-failure-to-warn-claims-preempted-by-fifra/
筆者浅川芳裕(農業ジャーナリスト、農業技術通信社顧問) |
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