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Vol.2 注意!「添加物とがん」の生物学【東大名誉教授 Dr. 唐木の生物学講義】

東大名誉教授 Dr.唐木の生物学講義

はじめに

「添加物でがんになる」といった情報をよく見かけます。どう受け止めればよいのでしょうか。今回は、2024年に発表されたフランスでの大規模なNutriNet-Santé調査を題材にして、添加物とがんの関係、そして「科学的な証拠」とは一体どのようにして決まるのかについて、その裏側を覗いてみましょう。

第1章 なぜ「疫学調査」が必要なの?

そもそもなぜ今回のような大規模な調査(疫学調査)が必要なのでしょうか。もし、ある化学物質が「体に悪いのか」、白黒はっきりさせたいなら、一番確実な方法は人間での実験です。しかし、ここで「倫理の壁」が立ちはだかります。

「この保存料ががんを起こすのか確かめたいから、毎日、スプーン1杯ずつ食べてください」……なんていう実験ができるわけがありませんよね。「人体実験」は倫理的に絶対に許されないのです。

そこで登場するのが、モルモットやラットなどの動物実験、そして細胞や遺伝子を使った試験管内での実験です。科学者は、実験動物に添加物を与えて、「どのくらいの量までなら安全か」「がんができるのか」を徹底的に調べます。私たちの安全を守るための「一日摂取許容量(ADI)」は、こうした実験データをもとに作られています。

しかし、ここには弱点があります。それは、実験動物と人間では、毒性の現れ方が違うかもしれません。たとえば、猛毒と言われるダイオキシンは、モルモットでは猛毒ですが、ハムスターではほとんど毒性がありません。人間はその中間で、有毒の量には数百~数千倍の差があるのです。そのような「種差」があるのかを調べるために、何種類もの実験動物を使って、毒性の出方を調べます。しかし、人間での作用を知るためには、やはり人間での実験が必要です。

もう一つの問題は、動物実験では「飼料に添加物1種類だけを入れて」その影響を見ます。しかし、私たちの食事は違います。毎日、朝、昼、夜、違った食事をし、その中には、何十種類もの添加物が入っています。だから、実験動物での結果をそのまま毎日の生活に当てはめることはできません。そこで必要になるのが、「実際の生活の中で、人間がいろいろな添加物を食べ続けたときに、何が起きるのか?」です。これを知るためには、何万人もの人々の「毎日の食事」と「健康状態」を長期間追いかけて観察する、人間での研究が必要です。

この問題に対する答えが、「疫学調査(観察研究)」です。今回のフランスの研究は、10万人以上のボランティアを7年以上も追跡した、まさに「実際の影響」を調べるための巨大プロジェクトでした。

第2章 調査で見つかった「怪しい添加物」

その結果、何が分かったのでしょうか。この研究では、添加物を多く摂っている人では、がんのリスクが「少しだけ」高くなるというデータが出ました。具体的には以下の「添加物」です。

    • 硝酸塩・亜硝酸塩(発色剤):ハムやベーコンのピンク色を保つために使用します。これが、乳がんや前立腺がんのリスク増と関連していました。
    • ソルビン酸塩(保存料):カビを防ぐため、パンやお菓子、チーズ、ワインなど幅広く使われます。これが、乳がんのリスク増と関連していました。
    • エリソルビン酸塩(酸化防止剤):ビタミンCの親戚のような物質で、食品の変色を防ぐものです。これが、すべてのがんを増やし、とくに、乳がんのリスクを増やしました。
    • 酢酸塩(酸味料・保存料):いわゆる「お酢」の成分ですが、これが、すべてのがんのリスクを増やしました。

ここで、今回見つかった「リスク」の大きさについて、具体的な数字を見てみましょう。 ニュースで「がんのリスクが増加!」と聞くと、2倍も3倍も危険になるようなイメージを持つかもしれませんが、実際のデータはもっと控えめです。研究で示されたハザード比という数値を見ると、ほとんどが 1.1 〜 1.3 程度でした。全がんリスク(非抗酸化保存料全体)については、摂取が多い人は、少ない人に比べて 1.16倍(16%増)、前立腺がんリスク(亜硝酸塩)は1.32倍(32%増)、全がんリスク(酢酸)は 1.12倍(12%増)です。

「16%増」と聞くと大きく感じるかもしれませんが、これを実際の人数(絶対リスク)に直してみると、60歳時点でのがん発症率は、以下のようになります。添加物が少ないグループでは、100人中 12.1人 ががんになり、添加物が多いグループでは、100人中 13.3人 ががんになる。つまり、その差は 100人あたり1人 です。これを「無視できない差」と見るか、「誤差の範囲」と見るかは議論が分かれます。

重要な統計のルールがあります。「調査人数が巨大だと、ほんのわずかな偶然の差でも『統計的に有意な差』と判定されてしまう」という警告です。今回の研究は10万人以上という巨大なデータを使っています。そのため、計算上は「有意差がある」という結果が出ましたが、疫学の世界では、ハザード比が 2.0(2倍)未満 の弱い関連は、「ノイズ」の影響を受けている可能性が高いと解釈します。ノイズの一つは、「統計的なゆらぎ」で、偶然、添加物を食べるグループにがん患者が数人多かっただけかもしれません。もう一つは「隠れた偏り」で、後で説明する「交絡(こうらく)因子」が完全には消しきれていないかもしれません。

例えば、「タバコと肺がん」の関係では、リスクは 20倍以上 にもなります。それに比べると、今回の「1.1倍」や「1.2倍」という数字は、「確かに統計的には差はあるようだが、だからといって、添加物が犯人だと断定する証拠にはならない」レベルなのです。

第3章「関連なし」と判定された添加物

もう一つ、重要な点は、「すべての添加物が『クロ』だったわけではない」という事実です。実は、今回詳しく分析された17種類の主要な添加物のうち、11種類はがんのリスクと関連がないという結果が出ているのです。例えば、以下の添加物は、たくさん摂っている人でも、がんのリスクは上がりませんでした。

  • アスコルビン酸(ビタミンC): 酸化防止剤としてジュースやパンによく使われます。
  • クエン酸: レモンや梅干しの酸味成分。ジュースやジャムに使われます。
  • レシチン: チョコレートやアイスクリームを滑らかにする乳化剤。
  • トコフェロール(ビタミンE): 油の酸化を防ぐもの。

ここが一番面白いところです。なぜ同じ「添加物」なのに、違いが出るのでしょうか? 一つの可能性は、クエン酸やアスコルビン酸は、果物や野菜にも普通に含まれていることです。私たちの体は、進化の過程でこれらの物質を代謝する経路があります。一方、ソルビン酸は自然界には少なく、身体が慣れていないので、処理に苦労し、細胞にストレスを与える可能性が考えられます。しかし、この考え方はすぐに反論されます。「酢は自然の食品で、昔から食べていたものじゃないか」と言われると、その通りです。

次は、アスコルビン酸は「シロ」ですが、これとそっくりの化学構造を持つエリソルビン酸塩がなぜ「クロ」なのでしょうか? 実は、エリソルビン酸塩は「加工肉(ハム・ソーセージ)」の発色を助けるために使われることが多いのです。つまり、エリソルビン酸塩そのものが悪さをしたというより、「エリソルビン酸塩を食べているということは、加工肉を大量に食べている」という事実を明らかにしている可能性が高いのです。硝酸塩・亜硝酸塩は「クロ」ですが、これも全く同じ可能性があります。これを専門用語で「交絡」と言います。

第4章「相関関係」のワナ

疫学調査の最大の難点は、AとBに関連があるという「相関関係」を見ることができても、Aが原因でBが起きたという「因果関係」の証明がめちゃくちゃ難しいということです。有名な例え話があります。

「肺がんの人の多くは、ライターをポケットに入れている」「薄毛の人の多くは、養毛剤を使っている」というデータがあったとします。これは「相関関係」です。では、ライターを捨てれば肺がんにならないでしょうか? 養毛剤を止めれば、薄毛は回復するのでしょうか? 違いますよね。ライターを持っている人は「タバコを吸う」から肺がんになるのです。養毛剤を使う人は、遺伝的な理由や、ストレスのために薄毛になったのです。「タバコ」や「遺伝的要因」や「ストレス」のような、「隠れた真犯人」を「交絡因子」と呼びます。

添加物の調査でも、これと全く同じことが起きます。添加物をたくさん摂っている人は、単に添加物を食べているだけでなく、生活習慣の特徴があるかもしれません。例えば「スナック菓子やカップ麺や清涼飲料水が大好き。野菜や果物をあまり食べない。塩分や糖分を摂りすぎている。運動不足だったり、喫煙率が高かったりする」などです。研究者は計算式でこうした交絡因子を取り除こうと努力はしますが、完全にゼロにすることは不可能なのです。「エリソルビン酸塩」や「酢」ががんリスクと関連したのも、それらが「不健康な食事」の結果である可能性が濃厚です。

最後に、この調査は17種類の添加物について、複数のがん(全がん、乳がん、前立腺がん、大腸がん)との関連を解析していますが、このように多数の項目について統計学的な検定を行う場合、「偶然に有意差が出る確率」が高まることがあります。分かりやすく言えば、実際には差がないのに、あることになってしまうという間違いです。

第5章「因果関係」を証明するには?

話を続けるために、「実際に有意差があった」と仮定しましょう。そのうえで、どうすれば「この添加物が犯人だ」、すなわち「因果関係がある」と断定できるのでしょうか? 疫学調査で「相関がある」という結果が出ただけでは、まだ「容疑者」レベルです。有罪判決を下すには、厳しい検証が必要です。これは「ブラッドフォード・ヒル基準」と呼ばれ、多くの項目がありますが、2つだけ説明します。

  1. 他の研究でも同じ結果が出るか? フランスだけでなく、アメリカや日本の調査でも同じ結果が出ないと信用できません。今回の「ソルビン酸塩と乳がん」などは、まだ他の研究での裏付けがほとんどない、新しい発見です。ということは、たまたま今回のデータでそう見えただけという、「偶然の可能性」が考えられます。
  2. 実験でメカニズムが説明できるか? ここで再び動物実験や試験管内実験の出番です。疫学で見つかった「怪しい物質」を、実験室で詳しく調べ、「確かにこの物質は細胞のDNAを傷つける」「がん細胞を増やすスイッチを押す」という証拠が見つかって初めて、因果関係の議論ができます。硝酸塩・亜硝酸塩については、胃の中で発がん性物質ニトロソ化合物に変わる可能性はありますが、それが「乳がん・前立腺がん」と関連するという科学的根拠はありません。エリソルビン酸塩や酢酸などは、これまでの毒性試験では「安全」とされているため、今回の疫学結果とは矛盾しています。矛盾がある限り、「因果関係がある」とは言えません。

第6章 専門家機関の判定

添加物は、専門機関が厳しく審査をして、安全性が確認されたものだけが使用を許可されます。日本では内閣府食品全委員会、EUでは欧州食品安全機関(EFSA)、そして国際機関ではFAO/WHO合同食品添加物専門家会議(JECFA)などがこの任務を負っています。これらの機関は、動物実験を中心とした毒性試験に基づき、無毒性量(NOAEL)を特定し、それに安全係数を乗じて一日摂取許容量(ADI)を設定しています。

専門機関の判定は、「危険なものは許可しない」という原則だけでなく、「怪しいものも許可しない」という予防的な措置を原則にしています。もし「この添加物は怪しい」という「かなり確実」な科学的根拠が得られた場合には、実際に人での被害が明らかではなくても、禁止にしています。例えば、昔から広く使用されていた天然の色素である「アカネ色素」が、試験管内試験と動物実験で「発がん性の可能性」が示されたため、「長い使用経験による安全性の確認」という原則ではなく、「予防の措置」を優先して、禁止になりました。

逆に言えば、「添加物とがんの間に相関関係がある」という疫学調査は数多くありますが、それらはすべて「未確認」であり、「予防の措置」を実施するほどの確実性がないので、禁止されていないのです。

おわりに

科学の話は面倒ですが、一言でいうと、今回の研究の結論はこうです。

「17種類の主要な添加物のうち6種類では、特定の添加物とがんの『弱い相関』は見つかったけれど、それが直接の『原因』だという因果関係があるという証拠はない。一方で、11種類は、相関関係もなかった。相関の原因は、交絡因子の影響と考えてもおかしくない。」

結局、「クロ」とされた添加物は、「不健康な食生活のサイン」である可能性が高く、添加物を悪者にすることはできません。「添加物が入っている」と言って、神経質になりすぎる必要はありません。それよりも、今回の研究が示している大きなメッセージはもっとシンプルです。「野菜を十分に取り入れた、バランスのいい食事をしましょう」ということです。

科学の世界では、ひとつの研究で全てが決まることはありません。疫学で見つかった「ヒント」を、実験で「検証」し、それを繰り返して少しずつ真実に近づいていくのです。そして、「ヒント」の大部分が、検証の中で消えていくのです。今回のヒントも、そのようなプロセスの一部にすぎないということです。

編集部註:この記事は、唐木英明氏のnote『東大名誉教授の生物学講義』 2026年1月26日の記事を許可を得て、一部編集の上、転載させていただきました。オリジナルをお読みになりたい方は『東大名誉教授の生物学講義』をご覧ください。

 

【Dr. 唐木の生物学講義】記事一覧

筆者

唐木英明(食の信頼向上をめざす会代表、東京大学名誉教授)

 

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