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経営論で語るIPM2(事例紹介)

食と農のウワサ

前回は、河合章氏に、IPMとはどのようなものかについて語っていただいた。今回は事例を紹介し、IPMが経営的にもどのように結びつくかも併せて考えていきたい。

web版『農業経営者』2005年7月1日 特集「経営論で語るIPM」から転載(一部再編集)
※記事にある情報は、掲載された2005年時点のものになります

事例1 抵抗性発現防止とコスト削減の為のIPM

石川榮一氏
(神奈川県海老名市)
経営概況:ガラスハウス37a。トマト(ハウス桃太郎)、キュウリ(エクセレント節成2号)

【抵抗性をつける病害虫に不安】

何年もセンチュウに悩まされ、年を経るごとに必要とされる薬剤の量ばかりが増えていくことに不安を覚えた石川氏は、農薬の使用を止めたことがある。もちろんセンチュウの害は出たが、どこにどれだけいるかを知ることができた。そうすれば害のないところにまで薬剤を散布する必要はなくなる。当時IPMという言葉は知らなかったものの、同様の考え方を持っていた。日本に初めて天敵が輸入された1991年、日本植物防疫協会と神奈川県農業技術センターによる試験圃となったのがきっかけで、石川氏は初年度にして天敵を導入するに至った。

【働いて欲しい時期から逆算】

オンシツツヤコバチを91年の5月に放飼したのが初めての天敵利用であった。当時はある程度コナジラミが大量発生してから放飼するのが研究者たちの考えで、放飼は毎年5月頃。しかしすす病はなくならず3年も悩み続けた。4年目のある日「育苗時から入れてみたらどうか」ということになりやってみたところ非常によく効いた。その後、放飼は1月頃からというのが通例となった。

しかし、今年度石川氏が最初にツヤコバチを放飼したのは3月下旬。「今はもうコナジラミの害が少なくなり、初期にツヤコバチを放飼する必要がなくなった」のだという。抵抗性が付かないだけでなく、何年も繰り返すことで生息数自体が減っていくのも天敵のメリットである。

寿命が2ヵ月程度のマルハナバチは効果を期待する期間を逆算して使用する。それ以前はホルモン剤で受粉させるため、その間は天敵を利用しない。ハチを入れる3月から「天敵中心の防除」に切り替わる。天敵だけで全部をやらないことがコスト削減のポイントとなる。

【チェック体制】

7月中旬、キュウリの準備に入るためトマトは全て抜き取る。その際、抜いた木はすぐに回収せずその場に置いておく。これはセンチュウ害を確認するためで、症状が見られたポイントを紙に記す。こうすることで土壌消毒がピンポイントででき、最小限の農薬量で症状の広がりを食い止めることができる。

キュウリ栽培では、アブラムシとハモグリバエの対策に重点を置いている。アドマイヤーの効果が薄れる9月10日過ぎから、ハダニを捕食するチリカブリダニを2回と、アザミウマを捕食するアリガタシマアザミウマを1回放飼。これで11月末まで十分に働いてくれるという。

【進む技術開発】

神奈川県天敵利用研究会の会長でもある石川氏。天敵はまだ確立されていない技術であるため、研究会では毎年多くの新しい技術発表がなされるという。経営者としてコスト削減を、そして製造者としての説明責任を果たすべく、石川氏は情報収集や発信を続けている。

事例2 積極的に情報収集 直接質問できるブレーンを持つ

藤澤鎭生氏
(静岡県三島市)
経営概況:イチゴ27a(章姫、紅ほっぺ)

【『効果◎』がきっかけ】

イチゴ栽培歴20数年の藤澤氏が「総合防除」の考えを持ち、取り組み始めたのは今から5年前のこと。きっかけは「チリカブリダニがハダニに効く」との試験場のデータを目にしたことであった。資料ではその効果が『◎』となっていたことから、これは確実に効果のあるものだろうと興味を持った。藤澤氏は天敵を使い始めることにより『IPM』という言葉を意識し始めたという。

【とにかく長く効かせたい】

定植から1ヵ月後の10月上旬、ベストガード、カスケード、サンマイトフロアブルを散布することで、広く防除しておく。アフィバンクは、その後放飼するアフィパール(コレマンアブラバチ)が増殖するための「バンカープラント」で、アブラバチが餌とするムギクビレアブラムシを寄生させた麦のこと。以前、藤澤氏はアフィバンク植付け直後にモスピランを散布し、ムギクビレアブラムシを殺してしまった経験がある。その経験を活かしモスピラン散布後、2週間程あけてアフィバンクの植え付けをし、その一週間後にアフィパールを放飼している。

スパイカルやメリトップの放飼は11月下旬。スパイカルは暑さに弱いとされ、一般的には、冬はミヤコカブリダニ(スパイカル)、春からはチリカブリダニを放飼するよう言われている。しかしコストの問題もあり、また一度のスパイカルだけで5月まで効果が継続することが自身の圃場で確認できたため、現在はスパイカル1回放飼のスタイルだ。寒さに弱いエンストリップは3月に入ってから放飼する。効果が見えない場所には、そこにマミー(ツヤコバチが寄生したコナジラミの幼虫)が付いた葉を摘み持っていくことでツヤコバチを移動させている。しかしながら外部から虫の侵入がある環境において、マミーが全てツヤコバチによる寄生とは限らない。コナジラミに寄生したツヤコバチにさらに寄生する「二次寄生蜂」である可能性が高く、1回の放飼で長期に渡って使用することにはリスクもある。

【サポーター】

藤澤氏が天敵に明るくなったのは、メーリングリスト『天敵カルテ』(http://www.tenteki.org)に積極的に参加するようになってからだ。『天敵カルテ』では試験場の先生やメーカーの研究者らが集まり、メール会議を開いている。藤澤氏は気になる虫がハウスにいれば写真を撮り、質問を投げかける。そうすると研究者たちが害の有無や対処方法などを寄せてくれる。専門家に日常の作業の中で疑問に思ったことを直接質問するチャンスはなかなかないだろう。

以前、藤澤氏は「天敵を散布する」という表現をしていた。しかし天敵カルテで発言するようになって「放飼」と表現するものであることを指摘されたという。「何も知らないことは恥ずかしいようだけど、これから確実に注目されていく技術。今のうちに質問できる相手をつかまえておいた方が得」であることは確かだ。

経営的意味

【状況把握の方法】

IPMは作物の状況にあわせ、手段を選び、適宜防除をすることで、余分な資材費や手間を減らすことのできる技術である。しかしながら観察眼と判断力がなければ実行することは難しい。「コナジラミが増えてきたなと感じた時に放飼する」(藤澤氏)、「減ってきたから放飼の時期を遅らせた」(石川氏)という判断基準は、教科書を読んだところで習得できるものではない。

石川氏は天敵放飼やセンチュウ害の状況をハウスごとにチェックしている。藤澤氏は手帳に害虫発生状況を書き留めると同時に、そこに天敵がいるかどうかをチェックする。こうしたこまめな観察により、状況に合わせた適切な防除を心がけている。

【見えてくるもの】

観察眼が鍛えられることによる変化は様々なところにある。それは例えば植物の生態について知ることでもあった。

石川氏は「病害虫の状況をよく見るようになって、植物はそもそも身に危険が迫ったとき信号を送り、他者に助けさせる手段を持っていることを実感した。そう考えると植物を見る眼が変わる」という。

病害虫を完全にシャットアウトする必要などなく、存在していても害が広がらない状況に保てばよいわけだ。害虫がいるから天敵も生きられる。そう考えると「天敵もイチゴと一緒に育てている感覚」(藤澤氏)になるという。

【問題点】

天敵は価格が高く「一つの病害虫に対し化学農薬で対処する場合の3倍かかる」(石川氏)という。

藤澤氏は年間34~35万円程度だった農薬代が天敵導入後、50万円程まで上がった。しかし真夏のハウス内で、マスクを被り農薬散布をする必要がなくなることの意味は大きい。作業賃を支払う立場にあれば明らかなコスト削減になる。一方、石川氏の以前の農薬代は約30万円。天敵に15万円かかる現在でもトータルで35万円程度と大差はない。これはポイントを絞った農薬散布と、天敵利用による薬剤の使用制限によるもので、手間と資材費の両面で結果が現れている。

この背景には、試行錯誤を繰り返し天敵の放飼回数をメーカー指導のものよりも減らす努力があった。「正直、メーカーに言われたままでは経営的に回らなくなる。様々な方法を知っておき、自分の圃場の変化についていけるように努力をする」必要があると石川氏は語る。IPMを資材メーカーが自社製品の営業として使うのは当然のこと。そこから自分がどれだけ学び、多くの手段を持ち、適切な判断ができるかが経営者の“ウデの見せ所”であろう。そうして出来たIPMが「農業経営者発」の技術として意味を持つことになる。

【IPMは付加価値となるか】

観察眼と判断力を手に入れ、スキルアップを図ったことの評価を品物の単価に求めたい気持ちが生まれるかもしれない。しかしこれが顧客に理解される理由になるのは難しい。環境保全の一翼として喜ばれるかもしれないが、だから高くても買うという一般家庭は少ないだろう。

ではどんなメリットがあるのか。これまでに述べたコスト削減もあるが、マーケットサイドからすれば作物をよく知り、管理体制がしっかりしている相手の方が信頼できる。「製造責任、説明責任を問える相手が求められています。結果、取引の優先順位が上がればそれがメリット」(石川氏)なのだ。

(小山明子)

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