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経営論で語るIPMその1「『総合的病害虫管理』とは」

食と農のウワサ

「IPM(=総合防除、Integra-tedPest Managementの略)」という言葉をよく耳にされると思う。農水省も「環境保全型農業」の推進という側面からこれを推進していく考えのようだ。しかし、いくら環境保全型でも経営の収支が合わないのであれば経営としては導入できない。IPMという言葉自体、使う人によっても意味が微妙に違う。「農薬を減らす手段?」「天敵を使う農法?」「環境保全型農業の呼び名?」等々、生産者の認識も曖昧で、技術提供役であるはずの農薬メーカーにおいても企業によって微妙にその言葉の使い方が違う。 そもそも、園芸でも畑作でも水稲でも、まさに“上農は草を見ずして草を取る”の例えがぴったりの農家がいるものだ。IPMなどと言わずとも優れた経営者の畑やハウスや水田では病虫害や草が少なく、それゆえ農薬代や資材費もかかっていない。実はこれこそがIPMの本質なのである。

IPMは、もとより無農薬を標榜する有機農業の新しい姿ではない。従来の農薬だけでなくいわゆる耕種的防除と言われる技術的手法や様々な資材、それに天敵昆虫などの生物農薬やBT剤など新規に開発されている生物農薬技術を積極的に取り込んでいくことで、作物の品質を高め経営コストを低減させることが目的なのだ。それが結果として環境負荷の小さな農業生産に結びつく。これは優れた農家が昔から当り前にやってきた発想だ。見た目の資材費はかかりそうだが、すでに天敵昆虫等の技術を採用することで農薬散布その他の労働コストも加えればトータルに経営コストを低減させている人々もいるのだ。

本誌は、「べき論」で語る環境保全型農業技術を安易に勧めたくはない。あらゆる技術は経営の手段である。あわせて、この特集の中で、自らの経営管理の改善のためにユーレップGAPを取得し、そこから日本独自のGAPを農産物の生産流通に定着させようとしている木内博一氏(和郷園)を紹介した。同氏はいわゆるIPMに取り組むわけではないが、IPMの導入を考える上での参考にしていただきたい。企画・編集/昆吉則、小山明子

web版『農業経営者』2005年7月1日 特集「経営論で語るIPM」から転載(一部再編集)
※記事にある情報は、掲載された2005年時点のものになります

IPMとは

自然生態系では全ての生物のバランスが保たれ、特定の種類が大発生することはまれです。しかし、農業は特定の植物のみを「作物」として植えつけるため、その作物に適合した昆虫が増殖し「害虫」となります。また、品種改良や施肥等の作業も、害虫にとって好適な作物を作ってきました。病害についても同じことがいえます。このため、農業は常に病害虫との戦いでした。

1942年にDDTが殺虫剤として使用されてから、短期間で数多くの有機合成農薬が開発されました。またたく間に、病害虫防除の大部分は有機合成農薬に依存して行われるようになり、病害虫の被害は著しく減少し、病害虫問題は完全に解決したかのように思えました。しかし、1960年代になると、殺虫剤抵抗性害虫の出現、農薬の食品への残留、在来天敵の除去による潜在害虫の顕在化、野生生物への悪影響等の問題が出てきました。特に、アメリカのワタ栽培での農薬の使用量は多く(当時、アメリカの全農薬使用量の約半分)、殺虫剤抵抗性の発達により、害虫防除ができないという深刻な事態となりました。

農薬の多用によるこのような弊害を解決するためFAO(国連食糧農業機構)は1965年にローマで害虫専門家による会議を開き、今後あるべき害虫管理として「あらゆる適切な防除手段を相互に矛盾しない形で使用し、経済的被害を生ずるレベル以下に害虫個体群を減少させ、かつその低いレベルに維持するための害虫管理システム」という考え方を示しました。これがIPM(Integrated Pest Management)の基本的な考え方です。

すなわち、

一、複数の防除手段を矛盾しないように利用する
二、被害が出ない密度の害虫は許容する
三、害虫の密度を低いレベルで維持する

の三点が中心です。「病害虫がいれば農薬で防除し、病害虫ゼロ・被害ゼロを目指す」という、それ以前の化学農薬依存の防除とは大きく異なります。当初は害虫を中心とした考え方でしたので「総合的害虫管理」といわれましたが、後に病害や雑草の管理にも適用され、「総合的病害虫管理」あるいは「総合的病害虫・雑草管理」と言われるようになりました。

「概念」の変化

その後、農業が環境に及ぼす影響が問題化したことから、病害虫管理の農業生態系外(環境)への影響についての考え方が整理され、1992年にIPMの考え方が修正されました。具体的には、

一、有害生物が存在しても被害が重要でなければ、即防除手段をとる必要はない
二、防除が必要とされる際には、まず化学的でない防除の方法を検討するべき
三、農薬はIPMの方策における最終手段として使用されるべき
四、人間の健康、環境、農業体系の持続性及び経済性に対する農薬の影響を十分に検討する必要がある

との考えが加えられました。

1966年の定義では圃場内での病害虫の管理のみを考えていましたが、修正された定義では、環境への影響を考慮し、農薬の使用をさらに制限するものとなりました。

さらに、2002年に

一、農薬やその他の防除手段を経済的な整合性がとれる水準にする
二、人間の健康や環境に対する危険を減少させる
三、農業生態系の攪乱を最小にするとの考えも加えられました。

IPMの考え方について、FAOでの定義の変化をもとに述べてきましたが、少し分かりにくい面もあったと思います。後述する農林水産省の総合的病害虫管理検討会が示した概念(案)が、現段階での我が国での実態に合ったIPMの考え方をよく示していますので、以下に引用します。

一、総合的病害虫管理とは、抵抗性品種の導入等により病害虫の発生しにくい環境を整備するとともに、発生予察情報の活用等により病害虫の発生状況を把握し、各種の防除手法を組み合わせて適切、かつ効果的・効率的な防除を実施することを通じ、病害虫の発生を経済的被害が生じるレベル以下に抑制し、かつ、その低いレベルを維持させるための総合的な病害虫等の管理手法である。

二、総合的病害虫管理は、化学農薬のみに依存せず、各種の防除手法を適切に組み合わせることで、化学農薬による病害虫の薬剤抵抗性の発達、天敵の減少に伴う害虫の異常発生を抑制するとともに、環境負荷を軽減しながら病害虫の被害を防止し、農作物の安定生産に資するものである。

海外におけるIPMの歴史

アメリカや北ヨーロッパでは、IPMは総合的有害生物管理として作物の生育に影響する作物栄養、農作業、病害虫・雑草管理など全ての栽培管理を含むシステムの一要素として、1980年代から受け入れられてきました。

アメリカでは1985年に農業法に農業環境対策が明示され、IPMの推進が掲げられました。1994年には、2000年までに全米の耕地面積の75%がIPMによって生産されることを国家目標に設定しました。大学、普及組織、生産者及び民間団体が一体となってIPMを推進しており、中でも州立大学が大きな役割を果たしています。カリフォルニア州、テキサス州、フロリダ州等でとりわけ熱心に取り組まれています。農務省によれば、2000年にはIPMは70%の農地で実施されたとのことですが、農薬の使用量が増加していることから達成は不十分との指摘もあります。

国内の動き

我が国には1970年頃、IPMの概念が導入され、IPMの実践に向けた研究が推進されました。農林水産省でも「害虫の総合的防除法に関する研究」を実施するとともに、1984年から難防除病害虫特別対策事業等により、技術開発、実証の取り組みが行われてきました。

IPMに向けた取り組みとしては、古くから行われている病害虫の発生予察事業があげられ、これもIPMの推進において極めて重要なことです。また、要防除水準の設定、病害虫の発生しにくい環境の整備、生物農薬、フェロモン等、多様な防除手段の開発も進められてきました。さらに、選択性の高い(目的とする病害虫のみに影響する)農薬、農薬の有効成分の低薬量化、製剤・施用技術の改良等により、農薬による環境負荷を低減するための取り組みも進められてきました。このようにIPMを実践するための技術的な素材は十分にできているばかりか、技術を組み合わせた主要作物(トマト、ナス、メロン、キャベツ、カンキツ、ナシ、チャ、イネ、バレイショ、ダイズ)でのIPMマニュアルも作られました(2004年)。もちろん、地域、作型等により具体的なIPMの実践方法は異なりますので、それぞれの地域、作型に合わせたIPMの組み立てが必要です。

農林水産省は1994年に「環境保全型農業推進の基本的考え方」において、環境負荷の軽減に配慮した持続的な農業を推進する方向性を明示しました。さらに、1999年に「持続性の高い農業生産方式の導入の促進に関する法律(持続農業法)」が制定され、土づくり、化学肥料・化学農薬の低減を一体的に行う持続性の高い生産方式の指針を都道府県が策定し、持続性の高い農業生産方式を導入する農業者に対する支援措置を行っています。この中でも化学合成農薬の使用量を減少させる技術として、IPMが重要とされています。

また、「農林水産環境政策の基本方針(2004)」において、環境保全に向けて農家の主体的な努力を促すため、農薬等による環境負荷の低減等を促進するための指針を策定することとされ、IPMを促進する方向が打ち出されました。これを受け、昨年度から農林水産省では専門家による総合的病害虫管理(IPM)検討会を開催しています。検討会では、環境負荷を軽減しながら農作物の安定生産に資するために、一般農家が実施可能な総合的病害虫管理(IPM)実践指標策定指針(仮称)を作ります。これをもとに、各都道府県で農家段階でのIPMの実践度を簡単に評価できる指標(IPM実践指標)を作成することとしています。これができると、個別の生産者段階でIPMの実践度を測ることができるようになります。

30年前には、我が国のIPM研究は進んでいるが、現場への普及は遅れていると言われていました。IPMに取り組んでいる圃場割合に関する詳細な調査はありませんが、近年、IPMの現場での取り組みも進んできています。今後、生産者、農業団体、普及組織、行政組織、研究機関等が一体となり、IPMの現場への普及をさらに進めていくことが大切です。

筆者

河合 章((独)農研機構東北農業研究センター)

 

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