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Part1 遺伝子操作の2万年の歴史その4【遺伝子組換え作物の生産とその未来 】
遺伝子組換え(GM)作物は75カ国以上で栽培、実地試験、貿易されており、世界の農家にとって不可欠な生産ツールの一つとなっている。そのGM技術なしに世界の農産物と伍してきた日本の農家にとって、新たな時代が幕を開けようとしている。GM作物の本格的な生産開始である。その長い道のりと未来を3回のシリーズ特集でお伝えする。シリーズ1回目は「遺伝子操作の2万年の歴史」。遺伝子操作が農業・食料・健康の分野で人類の繁栄にいかに貢献してきたか。どのように社会に受容されてきたか。東京大学名誉教授・唐木英明氏が縦横無尽に解き明かす(その4)。
再生医療と遺伝子治療
私たちの身体は皮膚、筋肉、骨、内臓、血液など様々な組織で作られているが、これらは最初は1個の細胞(受精卵)だった。この細胞はどんな組織にでも変化する「万能性」を持っているのだが、分裂を続けるうちに万能性を失い、目的の組織だけを作るように「分化」するのだ。だから皮膚の細胞は分裂しても皮膚しか作らない。
山中伸弥教授のiPS細胞も遺伝子組換え技術
皮膚のように再生できる組織もあるが、脳や心臓のように再生できないものもある。そんなときに人工的に組織を再生するために必要なものが「万能細胞」である。その一つはES細胞だが、これはヒト受精卵から作るため、倫理上の観点から治療には使えない。そこで京都大学の山中伸弥教授は遺伝子操作技術を使ってヒト皮膚細胞からiPS細胞という万能細胞を作った。この細胞はどんな組織にでも分化するので、これを使って網膜を再生して視力を取り戻し、脳の細胞を再生してパーキンソン病を治療するなどが行われている。今後は心臓や腎臓など多くの臓器の再生に利用される可能性がある夢の技術である。
組織は傷ついていないが、その遺伝子に異常があって、十分に機能を発揮しない遺伝性疾患もある。するとある種のタンパク質が作られないことで病気が起こる。その治療は、患者の細胞を取り出し、これに必要な遺伝子を組込み、患者に戻すことで行われる。あるいは患者の体内にある細胞に必要な遺伝子を直接組込む方法もある。体内でこの遺伝子が働き出すと、今までは作ることができなかったタンパク質が作られて、病気が治るのだ。
iPS細胞の作成技術を確立した山中伸弥教授
がん治療への応用
遺伝子治療は遺伝性疾患の治療だけでなく、がんの治療にも応用されている。例えば、難治性白血病の遺伝子治療薬であるキムリアは、患者の血液からT細胞を取り出して、これにがん細胞を攻撃するCAR遺伝子を遺伝子組換えにより導入してCAR-T細胞を作る。これを患者の体内に戻すとCAR-T細胞ががん細胞を攻撃するのである。そのほか何種類かの遺伝子治療が行われているが、その現状について日本遺伝子細胞治療学会は「遺伝子治療を受ける患者さんならびにご家族の方々へ」と題して概略次のように述べている※2。
『世界で遺伝子治療の臨床研究が開始されて約30年が経過しました。2019年7月現在、欧州もしくは米国では何種類かが承認に至っており、我が国でも2019年にキムリア(難治性白血病)とコラテジェン(慢性動脈閉塞症)が承認されました。日本ではこの2製品以外はすべて未承認薬であるにもかかわらず、一部の医療機関で未承認薬が患者さんに投与されている事実があり、日本遺伝子細胞治療学会は強い懸念と深い憂慮をいだいております』
遺伝子治療は大きな可能性を秘めた医療技術であり、海外では承認されているが日本では未承認の遺伝子治療を高額の費用をかけて行うのかは、がん患者にとっては深刻な判断であり、担当医と十分に相談する必要があろう。
※2:https://www.jsgct.jp/public/patient/
※『農業経営者』2022年10月号特集「日本でいよいよ始まるか! 遺伝子組換え作物の生産とその未来 Part1 遺伝子操作の2万年の歴史」を転載
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筆者唐木英明(食の信頼向上をめざす会代表、東京大学名誉教授) |