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私が耕作放棄地を耕したくない理由:31杯目【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】

コラム・マンガ

耕作放棄地というものにはどうも不思議な魅力があるようで、たびたび耕作放棄地に可能性を見出す声を聞きます。よくあるのは「たくさんあるのだから、そのままにしておくのはもったいない」「活用すればおカネになるのに」という声です。また、「食料問題などを解決できるのではないか」といった期待の声もありますが、私はそんな耕作放棄地を耕したいとは思いません。

私は田舎に生まれ育ったので、耕作放棄地を日常的に目にしてきました。
何年も前ですが、雲仙市の耕作放棄地(と耕作地)をくまなく見て回るアルバイトをしたこともあります(写真はアルバイト当時のもの)。

そのうえで思うのは「あえて耕作放棄地を耕したくないなあ」ということでした。
耕作地が放棄されるのにはやはりそれなりの理由があるのです。
今回はその理由を挙げていきたいと思います。

① 機械が使えない

私が見てきた耕作放棄地の多くは急な斜面など、軽トラックやトラクターが入れないところにあります。
農業は運ぶ仕事がとても多いので、苗・肥料・収穫物などを何往復も手で運ぶとなると大変です。
また、トラクターが使えないと全部クワで耕さなければならないので現実的とは言えません。

② 水浸しor水がない

ずっと前に田んぼだった耕作放棄地には、水はけが悪く沼のようになっているところがあります。
手作業でイネを育てていたときはどうにか利用できたのかもしれませんが、こうしたところでは畑作物はほとんど何も育たないので利用価値が限りなく低いのです(写真は厳密には耕作放棄地ではないが、近い状態のところはある)。
逆に、川や水源がなく、水やりや消毒などが困難な耕作放棄地もあります。

③ 木が生えすぎ

耕作放棄地は木が生えて森のようになっている場合が非常に多いです。
地図を頼りに「たしかこのあたりに耕作放棄地があったような」と森に分け入ってみると田んぼか畑の石組みがあったというのは何度も体験しました。
ほんの数年放置されるだけで森のようになっていることもあります。
もちろん、そんな森を見て「ここを活用しないのはもったいない!」という気持ちにはなりません。

④ 遠い

山をずっと分け入って進んだ先に孤立して存在する耕作放棄地もあります。
そうしたところはだいたい③の「木が生えすぎ」のように森に戻っています。
遠いところに畑を作っても、日々の管理が大変なので耕したくないのです。
ちなみに、そういう場所には集落の跡があったりするので、かつては数軒の家族が住んでいたのかもしれません。

⑤ 地権者の問題

耕作放棄地は持ち主(地権者)がわからないものが多いのです。
市役所に行けば資料を見せてもらえるのですが、土地が細分化されていて地権者が何人もいる場合も多く、どうやって連絡すればいいのかわからない場合もあります。
また、持ち主がはっきりしている場合でも、他人に貸したがらない人、クセが強めな人が地権者だと土地の貸し借りも難しくなります。

メリットが薄い条件の悪い耕作放棄地の開拓

私が耕作放棄地を耕したくない理由はこうしたものです。
中には「耕作放棄地を耕して食料自給率を上げよう」という声もあります。
そのことについて、私は食料問題に詳しいわけではないので、個人的に感じたことを書きます。
上に挙げたような条件の耕作放棄地に、小麦や飼料用作物を育てても何かの足しになるように思えません。
実際に行ったことはありませんが、アメリカやオーストラリアなどの小麦畑とは比較にならないからです。
非効率的な耕作放棄地に人的資源を割り当てて耕すよりも、もっと生産性の高い仕事でおカネを稼ぐ方が効率的ですし、そのおカネで豊かな国を築く方がよっぽど食料の安定供給に役立つと思うのです。
もちろん、日本で作れるものを増やす努力には大きな意味があると思いますが、そのためにあえて条件の悪い耕作放棄地を切り拓くメリットは薄いと思います。

かつて農業の効率が今よりも低く、工業化される前の時代は働くために条件の悪い土地でも耕す必要がありました。
農家の次男三男が条件のよくない土地を苦労して切り拓いた話は身近で何度か聞いたことがあります。
その当時と違い、今の技術では効率よく食料を生産できます。
そして、今の社会には生き方の選択肢がたくさんあるのです。

ですが、忘れてはならないのはこうした社会は自然とあるものではなく、彼ら先人たちの働きによって築かれたということです。
草をかき分け、落ち葉を払って姿を現した石組みに手をあてると、先人たちの不朽の信条が時代を超えて伝わってくるように思えます。
今から何世代も前に、豊かな未来を信じて、一つひとつ手で石を積み、手で水路を引き、ふるさとに実りをもたらした人たちがたしかにここにいたのです。
その人たちの名前は知られていませんが、その精神は受け継がれているはずです。

実は、私はいま、雲仙市の協力の下、仲間と共に耕作放棄地を開拓しています。

なぜ耕作放棄地を開拓するのか?
その理由はまた別の機会に話したいと思います。

 

【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧

筆者

渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ)

 

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