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発がん性評価に使用したデータの質に大きな差 IARCだけが各国規制機関と見解が分かれた要因を読み解く

食と農のウワサ

2021年5月27日、「除草剤グリホサートは安全なのか危険なのか」をテーマとする食生活ジャーナリストの会のオンライン勉強会が開催された。講師は食品安全委員会委員の吉田緑氏。吉田氏は1時間の講演で、ハザードとリスクの違い、2015年にグリホサートを「グループ2A(ヒトに対しておそらく発がん性がある)」に分類したIARC(国際がん研究機関)と、食品安全委員会、JMPR(国連食料農業機関/世界保健機関合同残留農薬専門家会議)との評価の違い、リスク評価におけるデータの質の重要性、グリホサートの評価結果などについて解説した。

IARCのみがハザード評価

グリホサートの安全性評価がIARCと食品安全員会やJMPRとで異なる理由を、吉田氏はまず「ハザード」と「リスク」の違いを使って説明した。ハザードは有害な影響を起こすもの、リスクは有害な影響が起こる確率とその強さであるが、IARCの目的は「発がん性のあるハザードかどうかの評価」であって、残留農薬が食品として摂取されたり環境に滞留したりした場合の「リスクの評価」ではないという。

一方、食品安全委員会やJMPRはリスクを評価する。たとえばハザードが弱くても摂取量が多ければリスクはそれなりに大きくなり、逆にハザードが強くても摂取量が微量であればリスクはそう大きくはならないという評価を下す。ハザードの強弱だけで評価しないのが大きなポイントの一つだ。

IARCの発がん性評価は消費者のデータを使用していなかった

IARCのハザード評価、食品安全委員会やJMPRのリスク評価ではともに、「人に対する発がん性」「実験動物における発がん性」「動物試験における発がんのメカニズムは人に対しても起こるか」について検討された。

IARCはIARCの基準に基づいて採用する公表データから評価する。人に対する発がん性に関してIARCは「限定的なエビデンスがある」としたが、これは農業従事者のデータで、食品を摂取した消費者のデータではなかった。実験動物の発がん性についてもIARCは主に2試験を採用して「十分なエビデンスがある」としたが、その詳細は確認できない。動物試験における発がんのメカニズムが人で起こるかについては遺伝毒性の部分でとくに「強いエビデンスがある」と評価され、総合評価としてグループ2Aに分類された。

世界共通の残留農薬リスク評価のステップ

ここで改めて確認しておきたいのが、世界共通の残留農薬のリスク評価のステップである。評価のステップには毒性(ハザード)評価とばく露評価という二つの入り口がある。

毒性評価は毒性の性質と強さを測り、データに基づいて人体や環境への毒性が認められない量(無毒性量)を得て、生涯摂取しても無害な量のADI(許容1日摂取量)と一度(単回)の摂取でも無害な量のARfD(急性参照容量)を求めること。

ばく露評価は作物残留試験や国民の各食品の摂取データに基づいて残留農薬の食品摂取量を推定し、生涯摂取する1日あたりの推定摂取量(食品の総和)と単回摂取の推定摂取量(食品ごと)を求める。なおグリホサートの推定摂取量として用いられた理論最大1日摂取量は、使用した全ての食品に残留基準値(食品中に含まれることが許される限度値)まで残留すると仮定した値なので過剰な見積もりとなっている。

次のステップとして、毒性が認められない量と生涯・単回摂取量を比較する。最後に毒性が認められない量≧生涯・単回推定摂取量であれば、人体や環境への懸念(リスク)はないと科学的に評価し判定される。よく「〇〇がラットで発がん性があった!」などと一部の研究論文をもとに報じられることがあるが、現実にはあり得ないような大量摂取のケースが多い。それは科学的評価に基づくリスクではなく、単なるハザード評価にすぎず、残留農薬の無害とされる基準値はそもそも毒性評価をもとに決められているわけではない。

IARCと食品安全委員会・JMPRが採用したデータの質に大きな違い

科学的評価の根幹をなすデータの採取についても、IARCと食品安全委員会・JMPRとには大きな違いがある。そこでグリホサートの毒性評価においてIARCと食品安全委員会・JMPRが使用したデータの質を詳細に見ておきたい。

IARCは前述したように「人に対する発がん性」を評価するヒト疫学研究はIARCの基準により公表論文から採集した。それに対してJMPRは、IARCが評価に使用したデータに、IARC評価以降のデータも加えてJMPRの基準で評価した。

また「実験動物における発がん性」「動物試験における発がんのメカニズムは人に対しても起こるか」のデータとしてIARCは、IARCの基準により公表論文から採集したマウス2試験を主なデータとした。一方の食品安全委員会とJMPRでは、GLP適合/OECDガイドライン準拠試験に沿ったデータを採用し、食品安全委員会ではマウス5試験・ラット5試験、JMPRはもう少し多くてマウス7試験・ラット10試験の詳細な内容まで見て「食品摂取を介した発がん性はない」と評価した。

リスク評価に使用するデータには質の高さが求められ、データの質が高いとは、次の4点が満たされていることだと吉田氏は解説した。

・データの質を第三者が保証している。
・生データ、個体別のデータまで確認できる。
・教育・訓練された者が作成している。
・精度管理・分析結果が正しい操作で実施されている。

動物試験でデータの質を保証するには、GLP適合施設での試験、OECD試験法ガイドライン準拠試験というのが世界共通の考え方であり、残留農薬のリスク評価では、GLP適合施設でOECDガイドラインをもとに行われた農薬メーカーが作成・提出する毒性試験の報告データを使用する。外部の一般人からすると、農薬メーカーが提出するデータは信用できないと考えるかもしれないが、そうして得られたデータは機器の精度や投与する農薬(試薬)の安定性・一貫性が厳密に管理され、すべての項目の実験動物一匹ずつのデータも確認でき、記載内容は社内の品質保証部門がチェックし、行政による査察も入る。

一方、学術雑誌で公表される研究論文は、ほぼGLP適合施設では行われず、OECDガイドラインに準拠したプロセス・管理とはほど遠い。機器精度の管理や対象物質の質は研究者に一任され、結果の記載は研究目的に合致する内容のみにとどまる。

*編集部註 フランスの科学者セラリーニ氏が発表したグリホサートの発がん性を指摘した論文は、使用したラットの種類、試験に用いた動物の数、発表したデータなどが世界的に認められたGLP適合施設での試験、OECD試験法ガイドライン準拠試験に従っていないため、「各国の登録関係機関から信頼できる結果ではない」と判断され、当初発表された学会誌から掲載を撤回された。
さらに、ヨーロッパではセラリーニ氏の論文により社会的な論争になったことから、セラリーニ氏の試験で生じた懸念や疑問について精査することを目的として、EUが出資し、ラット90日間摂餌試験、慢性毒性試験 (1年間)及び発がん性試験 (2年間)の試験が実施され、報告書が発表された。試験の結果、ラットの長期摂取実験でグリホサートの発がん性は完全に否定された。

食品安全委員会・JMPRとも発がん性は認められない

食品安全委員会の評価書によると、グリホサートは経口による吸収は20~30%で、体外への排泄はすみやかに行われ、ほとんどが48時間以内に排泄される。http://www.fsc.go.jp/fsciis/evaluationDocument/show/kya20100216003

ADI設定の根拠となる無毒性量は100mg/kg体重/日で、農薬の中では、かなり高い量まで毒性が出ないほうであった。つまり毒性は弱いということである。ARfDについては単回投与で起きる影響が認められないことから、設定不要と判断された。ADI(許容一日摂取量)は、ラット・マウスと人との種差、人の個体差を考慮した安全係数100で割った1mg/kg体重/日(JMPRも同じ)に設定された。

*編集部註 農薬登録のプロセス、毒性評価試験の詳細については以下も参照されたい。


推定摂取量のADI比は、一般で7.1%、幼小児17.0%、妊婦7.4%、高齢者6.7%と、いずれもADIを下回っている。推定摂取量は前述したように理論最大1日摂取量なので、実際のADI比はより低くなる可能性がある。

発がん性については、食品安全委員会とJMPRがそれぞれ以下のような評価を下している。

食品安全委員会は、
実験動物を用いた発がん性試験「発がん性なし」。
遺伝毒性試験 「遺伝毒性なし」。
発がん性の結論は「認められない」とした。

JMPRは、
疫学研究「ヒトへの発がんリスクの懸念はない」。
実験動物を用いた発がん性試験「ラットに発がん性なし。マウスではきわめて高い用量で起きる可能性を否定できないが食品を介した発がん性の可能性はない」。
遺伝毒性試験「食品を介した遺伝毒性の可能性はない」。
発がん性の結論「食品を介した発がん性の懸念はない」である。

著名な医学雑誌の論文もリスク評価のデータとしての質が高いとはいえない

質疑応答では多数の質問が寄せられた。その中に「著名な医学誌などに掲載された論文でも、データの信頼性についてはGLP適合/OECD準拠試験とかなり差があるものなのか」という質問があった。吉田氏は「どんなインパクトファクターの高い雑誌でも、毒性評価においては、GLP適合/OECD準拠試験のデータにはかなわない」回答し、「よく(*編集部註 世界五大医学雑誌の一つ)ランセットに載った」といった情報が流れますが、有名雑誌に掲載されたかどうかではなく、リスク評価機関が求めるデータの質を満たしたものでなければ使われない」と明言した。

世界のリスク評価機関は、実験動物の一匹一匹まで、血液や体重などの個体別詳細データを見て評価している。吉田氏は「質の高いデータのみで評価した結果、EPA(米国環境保護庁)、ECHA(欧州化学機関)、EFSA(欧州食品安全機関)、カナダ、オーストラリアなど各国評価機関の結論でも、グリホサートのリスクについては食品安全委員会・JMPRと同じ見解になっている」との見方を示した。

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