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ラウンドアップ危険説に科学的根拠があるのか? – 次々登場する疑惑の科学者と弁護士 –

食と農のウワサ

1. ラウンドアップの誕生

ラウンドアップは、除草成分であるグリホサートと界面活性剤などの添加剤を配合した除草剤である。米国のモンサント社(現在はドイツ・バイエル社)が1974年に発売した製品で、特許が切れた現在は世界各国で多くの類似の商品が販売されている。ラウンドアップの安全性については各国の政府機関で厳しい審査が行われ、その高い安全性が認められて使用が許可され、世界で最も多く使用されている除草剤になっている。

1996年に遺伝子組換え(GM)作物の商業栽培が始まった。最初のGM作物はモンサント社が開発した「ラウンドアップレディ」(ラウンドアップ耐性)と呼ばれる大豆やトウモロコシで、ラウンドアップを散布すると雑草のみが枯れ、このGM大豆やGMトウモロコシは生き残る。農業者にとって手間がかかる除草が簡単になるという大きなメリットのため、ラウンドアップレディは世界中に広がり、GM作物の約8割を占めるようになった。

しかし、当時は世界的に化学物質の公害があり「天然・自然こそが安全」という風潮が広がっていた。その中で盛んになった反GM運動と反農薬運動の「共通のターゲット」になったのがラウンドアップだった。しかし、その時はラウンドアップの安全性について科学的根拠があるため、どこの国でも大きな問題にはならなかった。

2. 疑惑の国際がん研究機関(IARC)報告

ところが2015年に国際がん研究機関(IARC)は、グリホサートには「おそらく発がん性がある」と発表した。世界の政府機関の判断をなぜIARCが否定したのかについて、2017年にロイター通信社が予想もしなかった事実を報道した。グリホサートの評価を行ったIARCのブレア委員長は、米国農民の調査結果からグリホサートに発がん性がないことを知りながら、その事実を無視して、「おそらく発がん性がある」という結論にしたというものだ。そしてブレア委員長自身が、この調査結果を無視しなければ、IARCの結論は違ったものになっていたことを認めている。しかし、なぜそのような科学者にあるまじき行為を行ったのかは語っていない。

2016年には世界保健機構(WHO)と世界農業機関(FAO)が共同で「グリホサートに発がん性はない」と発表し、IARCの見解を否定した。しかし、IARCの評価が取り消されることはなかった。このニュースを聞いてカリフォルニア州はラウンドアップに「発がん性」の表示を義務付けたが、米国環境保護庁(EPA)は「ラウンドアップに発がん性はない」として、この表示を禁止した。

3. 米国の訴訟ビジネス

こうしてIARC以外の国際機関や政府機関はラウンドアップに発がん性はないと判断していたのだが、IARCをビジネスに利用したのが米国の弁護士である。弁護士たちは、現在がんを患っている人に「もし過去に一度でもラウンドアップを使ったことがあるのなら、それが原因でがんになったとして販売元のモンサント社を訴えて賠償金を取ろう」と呼びかけたのだ。多数のがん患者がこれに応募して訴訟を起こし、2019年にカリフォルニア州で行われた3件の裁判ではIARCの判断を根拠にしてがん患者が勝訴し、巨額の賠償金判決が出された。ところがその後、最初の裁判の弁護士がグリホサート製造企業に対して高額の顧問契約を持ち掛け、拒絶すれば裁判に持ち込むと脅迫した罪で連邦捜査局(FBI)に逮捕されるという驚きの展開になった。

現在までに訴訟件数は4万件を超えているが、実際に裁判が行われたのはまだ3件だけである。4件目はモンサント本社があったミズーリ州セントルイス市で昨年8月に始まる予定が現在も延期されている。報道によれば原告と被告の水面下での和解の協議が続いているためだが、その内容は明らかになっていない。

4. 疑惑の科学者たち

それではラウンドアップあるいはグリホサートには本当に発がん性があるのだろうか。多数の研究結果に基づいて世界の政府機関が「安全性が高い」と判断し、これが「科学の常識」になっているにもかかわらず、少数の科学者が「ラウンドアップは危険」と主張している。その一人がフランス・カーン大学のセラリーニ教授で、2012年にラウンドアップはラットで乳がんを引き起こすという論文を発表して世界を驚かせた。しかしその後、乳がんは自然にできたものであり、ラウンドアップとは無関係であることが判明して、この論文は取り下げ処分になった。するとセラリーニ教授は2014年にこの論文を別の雑誌に発表し、現在もラウンドアップ反対運動に利用されている。

もう一人の科学者が米国のコンピュータ研究者であるセネフ博士である。彼女は2011年から専門違いの生物学関係の論文を書き始めたが、その内容は生物学のレベルに達していないとして、専門家の評価は低かった。そのセネフ博士が強く主張しているのが「グリホサートはがん、糖尿病、神経障害、肥満、喘息、感染症、骨粗しょう症、不妊、出生異常など数多くの病気の原因になる」という科学の常識からは考えられない説である。セネフ博士の説とこれに対する批判は極めて専門的な内容であり、専門外の人には理解しにくいため、セネフ博士の恐ろしい結論だけが独り歩きをしてラウンドアップ反対運動の根拠に使われている。セネフ博士の間違いについては別の場所で解説することにするが、この説を支持する専門家はいないことだけは強調しておきたい。

5. グリホサートは無罪だった

ところが前述のセラリーニ教授は、2018年に新たな論文を発表した。驚いたことに「グリホサートは毒性が弱い」と言い出したのだ。これは世界の研究者の意見と同じだが、彼の新しい主張は、ラウンドアップに含まれる界面活性剤の毒性が高いというものだが、発がん性があるとは言っていない。こうして、現在では「グリホサートにはおそらく発がん性がある」というIARCの評価を支持する科学者はほとんどいなくなった。しかし、欧米を中心に、食品や毛髪や尿を検査して、微量のグリホサートが含まれているとして不安を広げる個人や団体は後を絶たない。日本でも元農水大臣が国会議員の毛髪からラウンドアップが見つかったと発表している。グリホサートの毒性が否定された以上、このような検査には何の意味もなく、高額の検査料金は全くの無駄である。日本の反ラウンドアップ団体は昨年末にセラリーニ教授を呼んで講演会を開催したが、彼の話を聞いた人たちは発がん性の話が出ないことに驚いたという。

6. 界面活性剤は危険か?

ラウンドアップに発がん性があり、グリホサートに発がん性がないのであれば、ラウンドアップに含まれる界面活性剤に発がん性があることになる。界面活性剤は油を水に溶けやすくする洗剤の仲間であり、多くの種類があるが、それらは日常生活で多量に使用されている。もし界面活性剤に発がん性があれば、世界中でがんが増えることになるはずだが、そのような事実はない。IARCは数多くの化学物質の発がん性を調査しているが、そのなかに界面活性剤は含まれていない。さらに、米国の農業従事者に対して長期間にわたる大規模調査を行なっているが、ラウンドアップの発がん性は認められていない。これらの事実から、ラウンドアップに含まれる界面活性剤にも発がん性があるとは考えられず、またラウンドアップにも発がん性があるとは考えられない。

7. おわりに

科学の世界は「仮説」と「検証」の連続である。グリホサートに発がん性があるという仮説は、世界中の科学者たちによる多くの検証によって否定された。しかし、社会は面白い話に飛びつく。ラウンドアップで乳がんができた、などという話は科学の世界ではありえないが、近年は科学より物語が信じられる「ポストトゥルース」の時代といわれ、社会ではこのような「ラウンドアップ危険説」を面白がってビジネスに利用する人が出てくる。しかしラウンドアップを否定することで私たちにどのようなデメリットがあるのか?否定することで、世界の食糧事情が悪化するという重大な結果を招きかねなことについても真剣に考える必要があるだろう。

筆者

唐木英明(公益財団法人食の安全・安心財団理事長、東京大学名誉教授)

 

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