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Vol.14 肥育・コメ農家が「新規就農学校」問題を語る【農家の本音 ○○(問題)を語る】
農家歴25年元経営コンサルタントの有坪民雄です。学歴は学校を卒業し、社会に出ていくときに大きな力になります。それだけに勉強が大嫌いな子供の親でさえ「せめて高校は卒業して欲しい」と願います。入るのが難しい会社に入社したいなら、相応の大学の学生でないと相手にされないことが多いのはみなさんもご存知でしょう。農業の場合は、学歴不問で誰でも始めることができます。農業高校や大学の農学部を卒業する必要もありません。しかし、学校で学びたい人も一定数いるようです。
アピールは学校名より就農計画で
新規就農したいと思う人の中には、農業を学ぼうと「新規就農学校」に行く人がいます。新規就農学校を出た人たちは、勇んで各地の新規就農支援機関の相談窓口に行き、どこそこの新規就農学校を出ましたと、自分がいかに農業の勉強をして実務を学んできたかとアピールします。
しかし、相談窓口に来た人を迎える担当者たちは、そんなアピールをする人たちを、たいてい冷ややかな目で見ています。これまで新規就農学校出身の相談者を何十人と見てきた彼らが思うことはただ一つ「またか……」です。
相談窓口の担当者にとって関心があるのは、相談者が新規就農してやっていけそうな人かどうかです。ですから本来アピールしなければならないのは、
- 何の作物をどれくらいの規模でやりたいのか?
- そのためにどれだけ準備ができているのか?
この2点がわかる就農計画であって、学校の名前ではありません。
かえって学校名を告げると、「この人はダメかもしれない」と警戒されることもあります。表立っては誰も言いませんが、ここを卒業したと言うと相談窓口でマイナス評価される新規就農学校すらあるのが実態です。
その就農計画でお金を借りられますか
新規就農者の多くは資金が不足していますから、行政の支援を受けてスーパーL資金など低利(場合によっては無利子)の貸付をしてもらえる認定新規就農者になりたいと思っています。ところが、そうした人たちが作る就農計画とは、たいていが借りたり買う予定の農地の面積に、栽培作物しか記入されていないのです。たとえば、50a(5000㎡)の農地を借りた場合なら、キュウリ10a、ジャガイモ15a……などと書いてあるだけ。想定売上高も書いてなければ、栽培経費を引いて残った利益=収入の見込みも記入されていません。
あなたが銀行の融資担当者だとして、こんな人にお金を貸すでしょうか?
就農学校のカリキュラムには、もちろん経営計画の立て方も組み込まれていますが、本当に教育しているのか疑問です。実際、新規就農学校を出た人のほとんどが想定売上高も費用の計算もやらず、当然年収見込みも不明な、収支計画になっていない就農計画を持って就農相談にやって来るのです。
一方で、農地取得の許可は、ろくな収支計画が作れなくても出ることがよくあります。相談を受ける担当者は、たとえば夫が専業で新規就農するが、奥さんは公務員や看護師などの定職がある場合、あまり考えずに農地取得の許可を出します。夫が失敗しても奥さんの収入で食べていけるからです。これは就農希望者がお金持ちで、何年か失敗を続けても生活苦に陥る心配がない場合も同様です。
しかし、少数多品目栽培を1人でやるのに1ha(10000㎡)の農地を借りるなど、絶対にこの人は失敗すると確信が持てる場合や、一度や二度の失敗が致命傷になりかねないと考えられる人の場合は、「今この人に農業をやらせてもいいのか?」と許可を出す方も慎重になります。
そうした人が説得する材料は、よくできた就農計画書(経営計画書)しかありません。にもかかわらず、収支計画一つ満足に作れない就農希望者を輩出ならぬ排出する就農学校に行くのは、正直言って時間とお金のムダだと思います。
行ってはいけない新規就農学校
とはいえ、行く価値のある新規就農学校かどうかを素人が見抜くのは簡単ではありません。就農相談の窓口の担当者は知っていますが、「この学校はダメ」などとは、口が裂けても言えません。ただ、ある程度目安になることはあります。
- 有機農業、無農薬栽培の技術を学べることを大々的に宣伝している
- 6次産業化やダイレクトマーケティングなど、農業の変革に使われるキーワードがカリキュラムにあふれている。
新規就農学校も商売なので、1,2のような項目を宣伝文句として掲げないと入学してくれる人がいないかもしれないと考えます。そのためこうしたキャッチフレーズが一切ない学校はないと思いますが、売り文句の中にこの二つができるだけ少ないところを選ぶべきです。
要は、新規就農者から見て魅力的な売り文句が多くないところを選ぶこと。理由は簡単です。新規就農者に求められるのは、何よりもまずは作物を栽培する技術と能力です。畜産であれば、家畜を病気や怪我をさせずに育てる技術と能力です。
有機農業や無農薬栽培は、農薬や化学肥料を使う一般的な慣行栽培と比べ、より技術と体力が必要です。初心者がいきなり取り組むのは、将棋で言えば初心者が飛車角落ちで有段者に挑戦するようなもの。あるいは時速100キロの球も投げられない少年野球のピッチャーが、打席に立つ大谷翔平を三振に取ろうとするようなものです。
6次産業化も栽培だけでなく食品加工や販売活動などに費用も手間も体力もかかります。新規就農してすぐ始めると、正直寝る時間もお金の余裕もなくなるでしょう。
営利事業である新規就農学校は、生徒を集めたいので生徒にウケそうな有機農業や6次産業化と言ったキャッチフレーズをつけて宣伝せざるを得ないわけです。しかし本当に初心者を鍛えようとするコーチや先生なら、こんな初心者に無謀なことを教育訓練のメインにはしません。
まずは基礎になる技術と体力を身に付けさせようとするはずです。基礎ができていないところに応用はないからです。そうした基礎ができていて、はじめて有機栽培や6次産業化などに挑む資格ができるのです。
歓迎される就農計画の作り方
新規就農の相談窓口で歓迎されるのは、作物栽培が上手で、1年間でどの程度の収益を出せるか計算できる人なのです。たとえばこんな感じです。
「以前から家庭菜園で野菜を作ってました。ピーマンは夏の間に苗一本で平均4キロとれました。10本植えていたので家族だけでは食べきれず困りました。それで自信がついて就農したいと思って調べたら10aあたり1000本植えられるそうですね。それで売上から栽培費用を引いて収益を計算すると、××万円ほど所得が上がりそうですが、ピーマンだけで生活するのは、ちょっと苦しそうです。何か他の作物も作らないと食べていけないと思いますが、何か栽培するのに良い作物ありますか?」
夏にピーマンを栽培して苗一本から4キロ収穫するのは、プロ並とは言いませんが家庭菜園ならとてもよい成績です。そして10aあたりの利益を計算できて、今後の経営課題にも思いをはせている……。そんな人が相談に来ると、窓口にいる就農相談の担当者は身を乗り出して話を聞く気になるのです。
大都会の真ん中に住んでいたりすると、家庭菜園をやりたくともできないことが多いでしょう。しかし就農計画(経営計画)は作れます。むしろ企業でビジネスを経験してきた人にとっては「売上・コスト・利益」の考え方が常識として染みついているはずです。農業を新たな生業とする場合も同じこと。騙されたと思って就農計画を作って窓口を訪ねてください。やり方はこの本にも載っています。
「農業に転職!」
筆者有坪民雄(肥育・コメ農家) |