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VOL.23 世界へ輸出され、野良で広まるEM菌!?【不思議食品・観察記】
科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。驚くべき言説で広まる不思議食品の数々や、それを楽しむ人たちをウォッチし続けている山田ノジルさんが今回注目するのは、疑似科学として有名な「EM菌」。なんでも世界へ輸出されたEM菌が、東南アジア・ラオスの田舎でおかしなことになっているとか……!?
目下炎上中のジャンボタニシ農法
1980年代に食用目的で日本に輸入されたジャンボタニシが今、燃えています。柔らかい草を好んで食べる生態を利用して「生きている除草剤」と田んぼに撒いている投稿が、コメ農家たちの怒りに火をつけたのです。外来種の対策は、まずは駆除や低密度に抑えること。それでも手が付けられないほど増えてしまった場合は、いることを前提に農法を変えて適応する方法もありますが、撒いて広げようとは論外です。農水省が迅速に注意喚起のメッセージを出したのは、とてもいい流れでした。ほとぼりが冷めてからでは、訂正のメッセージは届きませんので。
このジャンボタニシ農法を放置した未来と言えるのが、独自理論で押し切るエコロジーな農法の代表例とも言えるEM菌でしょう。現在海外まで広がりまくり、手遅れとまでは言えないものの、なかなかに状況は深刻な気配です。
EM(通称がEM菌)とは大変有名な疑似科学物件で、乳酸菌や酵母など自然界の有用な微生物を集めてブレンドした善玉菌の集合体のこと。農業に微生物が不可欠であることは事実で、微生物資材などが利用されていますが、EMが厄介なのは「効いたのはEMのおかげ」「効かないならEMではない」という無敵論法を乱発したあげく、天井知らずの万能をうたう商売がどんどん悪化してゆき、飲めば病気が治るとか、放射能を無害化するなどと提唱者が言い出した点です。さらに検証では主張されているような菌が検出されなかったり、そもそも効果が疑わしかったり。様々な角度からの批判が集まっているのは、皆様ご存知のとおりです。
にもかかわらず、EM菌を活用した商品は、都心に住んでいても簡単に見つけることができます。我が家の近所にある何の変哲もないスーパーでも「EMそだち」とプリントされたパッケージの野菜が並んでいました。自転車で移動していると、EM菌をウリにしたクリーニング屋を見つけました。実家が長年利用している生活クラブのカタログにも、EM菌が掲載されています。
自分たちの食べている野菜は、どんな菌がいる土壌で育った野菜なのか? それは確認不可能ですが、少なくともEM菌のおかしな主張に加担したくないので、うっかりEM野菜を買ってしまった日には「やってもーた」と暗い気分になったものです。
ラオス農業に飛び火した「野良EM」
EM菌は農作物だけでなく、掃除や発酵食品づくりにも活用できるというのも魅力の一つでしょうか。10年ほど前の話ですが、農業資材として販売されている原液で「EM発酵ジュース」なるものを作った動画が局地的に話題になり、「超ワイルド!」と話題になっていましたね(野良発酵はだいたいワイルドだけど)。ちなみにEM菌は飲用も販売されているので、なぜ作物用のほうを使ったのか……。って、健康飲料のEMと比べると、価格がダンチに低いからですよね。
農業資材EM菌は、さんざん突っ込まれているにもかかわらず、海を越えて世界各国へ広がり続け、EM発酵ジュースのごとく「野良」のすそ野も広がっているようです。すっかり前置きが長くなりましたが、今回はその現場のお話です。
というのは先日、数年間ラオスに滞在していた友人からも「野良EM」の話が飛び出したのです。友人Aが仕事で滞在していたのは、自然豊かな農村部。そこでは地域の農家が度々、コメを洗った残り水で作る「手作りEM」を堆肥に使っているとな。
※「コメのとぎ汁で作るEM発酵液」は、現在沖縄県読谷村役場のHPでも紹介されており、EM界隈ではスタンダードな手法です。「自分で増やして使えるEM家庭菜園の基本資材」と謳われる「EM1」を加えて作る手順が紹介されています。
話を聞きつつググってみたところ、ラオスでは国際農業開発基金(IFAD)が支援するプロジェクトによって「EM混合物」が農家に提供され、技術指導も行われたという記事もありました。ここがミソであり、EM菌商品(EM1など)で国際支援しようというのではなく、「微生物資材」をEMと呼んでいるのがややこしいところ。
特に友人Aが遭遇したそれは、もはや「野良EM」。風のうわさで聞いた適当な手作り発酵液がEM菌であると、広まっているのだとか。
「EMの概念」がラオスに広まった一部はそうした国際支援経由もあるのでしょうが、友人Aの観察範囲では、古くはタイの衛星放送テレビを野良受信した情報からであろうと。さらにここ最近では再生数稼ぎのYouTubeやFacebookによってEM情報の伝播が加速。「EM菌とやらは作物にいいらしい」「コメを洗った残り水で手作りできるらしい」とふんわりした内容で伝わり、実践されているのがリアルな現状であるようです(嫌な伝承だな)。
友人Aに現地の写真を見せてもらうと、土の上に転がっている20本ほどの2Lくらいのペットボトル。中にはなみなみと、赤茶色の液体が詰まっています。その見た目は「EM生活」(EM菌関連商品の公式オンラインショップ)に掲載されている記事「EM菌を増やそう EM活性液の基本の作り方」で出てくる、見本の写真と大差ない色合い。こんなに似た雰囲気になるんだな〜と感心してしまいます(じゃあ市販のEM菌入れなくても良くない?)。作り手も、それが一体なんの菌であるのか全く把握できていない謎の水を、今日も畑に撒いている。
それも「数件の農家がやっている」レベルのニッチな話ではなく、友人Aが業務で関わるJICA(国際協力機構)のスタッフも、頻繁に目にしているそう。謎の液体が入ったペットボトルを不思議に思い「コレ何?」と聞くと、返ってくる答えは「EM菌」。しかし作り方を聞くと、どうも日本で知られているEM菌とは完全に別モノの、謎肥料だというオチ。
友人Aはこう話します。「少なくとも観察範囲の野良EM菌においては、ビジネスや政治的の意図はないと思う。根拠は知らんけどいいと言われているから……という、いわば民間療法のノリを感じる」。そもそも現地の農家は所得がとても低いので肥料や農薬を買うことができず、必然的に自然農法をせざるを得ない状況。だから、コメを洗った残り水と適当な果物で作ったもので効果(作物の収穫量が上がる)が出ればラッキー。ダメ元だから、効果がなくてもノープロブレム。そもそも効率よく作物を作ろうという発想も、あまりない(あくまで友人Aが滞在していた地域の話です)。
疑似科学農法で余計な手間をかけさせている
ラオス人の寛容で明るい国民性は良くも悪くもあり、仕事になると度々そのアバウトさに頭を抱えるというのは、わりとよく聞く話です。EM菌(もどき)もまじめに活用するというよりは、おまじない程度にゆるく実践されているようで、EM菌(もどき)によって収穫量や品質が上がったかを調査するにまで、至らないよう。「効くまで使う」のがEM菌の正しい向き合い方だと聞いていますが(なんだそりゃ)、ある意味ラオスのそれは基本理念にフィットしているのかも。実際はEM菌じゃなくても、「EMすごい!」「EMはいいもの!」と広まる分には、お得だよな〜。
EM菌はジャンボタニシのような決定的なヤバさに欠け、主張されているような効果はないとしても、農作物にとって特段に悪いものではありません(プールや川に投げ込むのはやめてほしいが)。さらにラオスにおいては、不正確だけど(そもそもEM菌じゃない)、悪くはないという現状。ラオスの農業では焼き畑やキャッサバ栽培の問題など、先に解決しなくては問題がたくさんあるため、野良EMを使っていることなど、ほとんど問題視されていないようです。友人A曰く、ひとつデメリットをあげるとすれば「ただでさえ貧しい暮らしのなか農業を営んでいるのに、余計な手間をかけさせている」とな(ほんそれ)。
友人Aが滞在していたラオスの農村部は、病気になると病院ではなく、まず祈祷師のもとへ行くという土地柄なのだとか。科学的根拠は重視されていませんし、日常に土着信仰や民間療法が融合している暮らしに、外部の価値観でどうこう言える話ではないでしょう。しかしこうした土地こそ、EM菌はなかなかに相性がよさそうです。寛容な農家たちによって知名度はすでに仕上がっているようですから、いずれ土地の発展が進んだ先に、ビジネス的に狩場となる未来が見えるような光景が頭に浮かびます。さらに民間療法との融合で、農業用のEM菌を飲料に加えてしまった、恐怖の「EM発酵ジュース」の復活も容易に想像できてしまう。
ジャンボタニシ農法もあのまま放置されていたら、EM菌のような未来が待っていたかもしれません。独自解釈のエコロジー農法は、地域ごとで抱える問題も多種多様だと思うので素人が適当なことは言えませんが、少なくとも他の地域にご迷惑をかけないよう、怪しげなものは火消しをしていくべきでしょう。
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