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Vol.15「白いもの」を嫌う女~前編~【不思議食品・沼物語】

コラム・マンガ

科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。不思議食品にハマった女性たちの悲喜劇を、物語の形式でお届けします。今回の沼物語は「白い食べ物は有害」とする界隈のお話を前・中・後編でお届けします。

※この物語は、フィクションです。実在の人物・団体・事件などとは関係ありません。また作中に登場する言説は現実に存在しますが、一般的な育児法・情報ではありません。

「茶色い食べ物」で娘を育てた母

母は「白いもの」が嫌いだった。

「茶色いほうが、自然なのよ。白いものは、何かと不自然だわ」

娘のさくらに、 口癖のようにそう言い聞かせていた母自慢のキッチンには、茶色い食べ物がぎっしり詰まった透明のビンがズラリと並んでいた。黒砂糖、三温糖、メープルシロップ、全粒粉にふすま粉。塩も黒っぽかったりピンクだったり。米櫃には、玄米。

そんな家庭で育ったからだろうか。さくら自身は特に食生活にこだわりは持っておらず、友だちと普通に外食も楽しむし、市販の加工食品もよく利用しているのだが、それでもふと、何かの瞬間に、母が憑依したかのような考えが頭に浮かんでくるのだ。

友人宅の子供がぐずっていれば「白砂糖とりすぎなんじゃ? 血糖値が上がって興奮状態になってるのよ」

和食カフェで「ご飯の種類はどうしますか?」と聞かれると、悩まず「玄米で」と即答する。

スーパーでズラリと並ぶ牛乳に「牛乳は牛の赤ちゃんの飲み物なのに、こんな不自然な消費して!」と嫌な気持ちになる。

会社で同僚が健康診断で再検査になったと聞けば「この人のランチ、いつも白いパンのサンドイッチだったよなあ」。

母が仕入れてきた言説を、さくらは全て信じているわけではない。例えば塩や砂糖。精製されたものとそうでないものを比べると、より自然なものはミネラルが含まれているのが特徴だという。しかしその差はごくわずかで、ぶっちゃけ栄養的には大差ないのだとか。そういった情報は知っているし納得もしているのだが、ことあるごとに脊髄反射のごとく、さくらの中から母が顔を出す。

レストランで注文したメニューの材料を根掘り葉掘り聞きだしたり、闘病中の親戚の食生活に口を出しまくったりしていた母。周囲から「面倒な人」扱いされていた母。自分はそうならぬようほどほどに……と思っているつもりでも、長年刷り込まれた考えは根強い。

覆面アカウントのブラウンフード研究家誕生!

そんなさくらの元に、飲食系の業務が回ってきたのは必然とも言える巡り合わせだったのだろうか。会社が自然食系の商品を開発することになり、そのプロジェクトに入れられたのだ。

実家の苦々しい思い出はありつつも、自然食に触れる機会を与えてくれた母には感謝すべきかもしれない。初めて、母に感謝する気持ちが湧き出てきた。一から勉強しなくちゃ! と慌てる同僚と比べれば、苦労なく業務にあたれそうだ。とはいえ、母の「茶色食品信仰」は偏りがあるだろうし、ひと昔前の情報であるのは明白だ。最近の傾向もチェックしなくては……と駆けだした。

発酵クリエーターの開催するワークショップ。自然派食品店が開くセミナー。社会派ミニシアターで上映される食ドキュメンタリー作品。元モデルから転身した、料理研究家のサロン。グランピング施設のマルシェ。情報収集のため、さくらは手あたり次第に足を運んだ。

「白いものは体に悪いと、最先端の科学で証明されています」
「食品業界の人が絶対口にしない食べ物とは?」
「妊娠体質を作るには? まずは白い食べ物を捨てましょう」
「その加齢肌、白砂糖が原因です」
「食べ物は、本来の姿から離れるほど毒化する」
「我が家はブラウンシュガー・ファーストです!」

意外にも、さくらの母が繰り返していた主張とほとんど変わらなかった。

なのにどうだろう。下調べで出会ったそれらは押し付けがましさがなく、語り口もどこか楽しい。子供の頃は彩りがなくて嫌だった茶色弁当も、レトロな器に盛られるとエモささえ放たれているではないか。発信者自身の、ビジュアルだってそうだ。ヴィーガンコスメとやらを上手に使って素敵なメイクを施し、ファッションは適度に力の抜けたカジュアルさがありつつ、個性的でスタイリッシュ。

すると、あれだけ煙たく感じていた母の「茶色信仰」も、急に素敵なものに思えてきたのだ。だって、この素敵な人たちは、母のような暮らしを選んでこうなったんでしょう──?

母に叩き込まれた食の思想と憧れの女性像がつながり、新たな世界への扉が開けたようなビジョンが見えた。商品開発のために、自然食インフルエンサーを目指してみたらどうだろう?

白いものは体に悪い! を心の底から信じているわけではない。あくまで業務のために、今までの蓄積を活用するだけだ。私は大丈夫。妄信的だった母とは違う。ちゃんと情報を見分けられる。

そうして「ブラウンフード研究家・ヨシノ」なる、さくらの覆面アカウントが作られた。

茶色い食品で、こんなにワクワクさせられたことがあるだろうか。白い食品を嫌う母を疎んじていた後ろめたさも逆にスパイスとなり、この覆面アカウントを上手に育てていこうと誓い、高揚感を覚えるさくらだった。

~中編に続く~

 

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