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Vol.16「白いもの」を嫌う女~中編~【不思議食品・沼物語】

コラム・マンガ

科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。不思議食品にハマった女性たちの悲喜劇を、物語の形式でお届けします。今回の沼物語は「白い食べ物は有害」とする界隈のお話・中編です。
※この物語は、フィクションです。実在の人物・団体・事件などとは関係ありません。また作中に登場する言説は現実に存在しますが、一般的な育児法・情報ではありません

彼女が「ブラウンフード研究家」になったワケ

「白い食べ物は不自然だ。白いものは体に悪い。塩や砂糖も真っ白なのは、大事な栄養が全部とりのぞかれているからだ」

食べ物は、迷ったら茶色いものを! さくらは母から、そう叩き込まれて育った。やや(とても?)偏った、自然派食品界隈によくある考え方である。実のところ、茶色の砂糖も白い砂糖も味わいの違いだけで大差ないのだが、取り除かれていると強調される、ごく微量のミネラルに、母たちの信念と希望が詰まっていたのかもしれない。

その思い入れの強さゆえか、食べるものは制限されるわ、周囲の食生活に口を出しては距離を置かれるわ。さくらの中にはそんな思い出が蓄積されているので、成人してからも自然食に触れるたび、母を思い出して苦々しい気持を味わっていた。ところがだ。最近母の選択は正しい部分もあったのかも、と思い始めたのだ。

世間の健康や環境に対する意識が高まり、さくらの子ども時代よりも自然食はすごく身近なものになっている。

「牛乳は、特別な時にだけ飲む嗜好品。健康のためには大間違い」
「白砂糖は、脳も体も蝕む」
「うま味調味料の白い粉は、神経細胞を壊す危険な粉」

母から聞かされてうんざりしていた言葉も、スタイリッシュなインフルエンサーたちに再生産されると、不思議と違和感なく受け取れるのはなぜなのか。母みたいにストイックなお堅さがなく、遊び心たっぷりなリッチな雰囲気だから? そうしたインフルエンサーたちにはヴィーガンもいるが「チートデイ」や「トランスヴィーガン」などをほどよく取り入れ、そのほどよくゆるい感じも、魅力的だ。それなのにコメント欄は反比例して、熱気に満ちているのもまたカッコイイ。彼女たちへアドバイスを求める声で溢れかえっている。

さくらはそれらを見ているうちに、「自分ならもっとうまくやれるんじゃない?」と考えるようになった。なにしろ、ガチの自然派親に育てられたのだから。しかも元手なしに、インフルエンサーという肩書が手に入れば儲けもの。ちょっと憧れていた「企業案件」や「事務所の所属」もできたらいいな。動機はミーハーでも、それが誰かの健康や地球環境の保全につながれば、Win-Winでしょ。

そうして、さくらは茶色い食べ物の魅力を発信する「ブラウンフード研究家・ヨシノ」としてインフルエンサーを目指すことになったのだ。

自然食ユーザーとつながるべくSNSで発信

出遅れ感はあるものの、最初の主戦場は手堅くinstagramだろう。アカウントを作ったら、「クソリプが来なくて天国」と評判のThreadsも連携させた。見せてなんぼのSNSでは、理屈よりもイメージが大切。通り魔のごとく全方向に噛みつくファイトスタイルだった母を反面教師に、企業批判は控えめにしておこう。

ブラウンフード研究家にふさわしく、ビンにつめた玄米、茶系の砂糖、全粒粉、カカオ、ナッツ、豆類、オートミールetc、これでもかとズラリと並べて写真を撮る。母の台所みたいで既視感がハンパないが、いいところだけをどんどん取り入れていけばいい。

ハッシュタグは「#SDGs」「#自然の甘み」「#免疫力アップ」「#美味しく食べて痩せられる」「#アレルギー対策」「#肌荒れ予防」「#腸活」「#アンチエイジング」「#人生が変わる」「#私たちは食べたものでできている」「#本物」「#予防医学」「#古塩デトックス」「#お薬に頼らない」。まずはこのあたりから、ユーザー層を広げていきたい(ひとつだけ失敗したタグは「#茶色い食べ物」だ。世間一般ではとんかつやから揚げ系のことらしい……)

元ネタの研究材料として、母が愛読していた「愛健通信」の漫画シリーズや自然派たちのバイブル的な「自然食辞典」も入手した。

「砂糖断ちをしたら、生理前のメンタルも安定」「腸喜ぶ、グルテンフリースイーツ」
「化学方程式で表せる、本当は怖い白砂糖」「母から教わった、白い食べ物の闇」

こうしたメッセージとハッシュタグをちりばめながら、毎日ブラウンフードを食べ続けた。

料理はすべて「本物の調味料」にこだわって。スイーツは、ド定番の玄米クリームをアレンジしたり、きな粉とメープルシロップの豆乳寒天など手軽なものを中心に。大豆ミートのパンケーキも好評だ。子育て層には、天然塩と手の常在菌たっぷりの五穀米おにぎりがウケがよかった。

レシピも主張の内容も、母からさんざん聞いてきたことの焼き直しなので「古い」「いまさら」と突っ込まれないか? と心配したのだが、そこは意外にも杞憂に終わった。若い女性をターゲットにしているので、よほどのマニアでないと昔から言われてきた言説とは知らず、むしろ新鮮だったようだ。

毎日コツコツとインスタの投稿。マネタイズはまだできていないが、ブラウンフードで埋め尽くされたサムネイルは、自分が頑張った勲章だ。

「さくら…じゃなくてヨシノさ〜ん。あんたそんなに働きものだっけ?」

たまに撮影を手伝ってくれる友人の貴子が茶化してくる。

いじりつつ、心配する気持もあるのだろう。毎日の更新というのは、それなりにハードである。会社勤めをしながら「素敵なブラウンフード」を発信する生活は、投稿の素敵さと真逆に部屋と食生活を荒らす。ブラウンフードにこだわる余力がなくなった日に、「チートデイ」と称して、コンビニの甘いパンをパクついた。

すると、どうしたことか。さくらは今までにはない感覚に陥った。なんだか急に眠くなると同時に、胸がムカつくのだ。積極的にブランフードを食べ続ける生活で、これまでの毒が抜け、白くジャンクな食べ物が体にあわなくなってきたのかもしれない。

「え。自己暗示でしょ」

貴子はそう笑うが、さくらは確実に感じたその変化に、衝撃を受けていた。

体験談が呼び水に……

「おいしそうですね!」「どこの店がオススメですか?」「てんさい糖は黒砂糖に変えてもOK?」

それまでインスタに書き込まれるコメントは、当たり障りないものが多かった。

ところがだ。白いコンビニパンを食べた時の違和感を赤裸々に語ったとたん、コメントの質が変わってきたではないか。

「私もです!」「うちの母は、砂糖断ちでガンが消えたんです」「減塩で健康って大嘘ですよね。自分はミネラルたっぷりの塩で、高血圧が改善しました」

体験談が呼び水となったのだろうか。こうした言説に科学的根拠はないというけれど、やはり体験に勝るものはないのでは。強く人の心を揺さぶるんだ……と、さくらは大切な何かに目覚めた気持になった。

今自分はようやく、ブラウンフード研究家・ヨシノになったのかもしれない。情報を発信していくモチベーションが高まり、白い食べものの怖さを教えてくれた母に、生まれて初めて感謝した。

~後編に続く~

 

【不思議食品・観察記】記事一覧

筆者

山田ノジル

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