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種苗法トンデモ体験記:2杯目【渕上桂樹の“農家BAR NaYa”カウンタートーク】
お店を開いてすぐのころ、SNSで誘われて参加したグループがあります。「これから日本の農業が大変なことになるのです! 長崎県出身の元農林水産大臣が農業を守るために活動しているので、仲間に入りませんか?」という触れ込みだったと思います。今はもう参加していませんが、そこでいくつものトンデモ情報と出会いました。今日は、そのグループに参加していた時に見たことや感じたことを話したいと思います。
種苗法改正に関する妄想
グループは「タネをつなごう」のような名前だったと思います。元農林水産大臣の山田正彦氏とその仲間が中心となって活動している地域のグループでした。リーダー的存在の男性(以降リーダー)は、山田元大臣の弟子のような存在で、県議会議員に立候補したこともある人物でした。リーダーによると、「種苗法」という法律が近く改正される予定で、そうなると日本の農業が大変なことになる! という話でした。種苗法とは、植物の新品種の知的財産権を定めた法律で、いわば植物の著作権法のようなものです。私はあまり詳しくはなかったのですが、「登録された品種を勝手に増やして売るのはいけないよ。音楽だってそうでしょ?」のような趣旨の法律だと認識していました。種苗法について、彼らが主張するストーリーは、以下のような恐ろしいものでした。
種苗法が改正される。
↓
農家が自家採種(自分で種をとって植えること)できなくなる。
↓
高い種を買わなければいけなくなる。(種苗メーカーに支配される)
↓
高い種代で農家がつぶれる。
↓
外国企業が日本の農業を支配する。
↓
遺伝子組換え作物ばかりになってしまう。
↓
日本の農業が壊滅
ああ、なんだか恐ろしいですね。ですが、農業の経験した私には、どうも違和感満載のストーリーなのです。農業の現場を少しでも見たことのある人なら、この違和感は共有できると思います。
現実と乖離したストーリー
まずは、「自家採種ができなくなる」という点。種苗法改正により登録品種を農家が品種開発者に無許可で増やすことをより厳格に制限されるようになりますが、(詳しくは農林水産省の発表を参照)、誰かがコストをかけて開発した新品種を勝手に増やすのは、法律で制限されて当然だと思います。そうでないと、品種を開発した人が可哀そうです。どうしても自分で採種したい農家は、登録されていない品種や登録の期限が切れた品種を増やせばいいのです。彼らは「登録品種がどんどん増えたら、この先どうなるんだ!?」と大騒ぎしていましたが、登録品種が増えるのは品種改良が盛んな証拠です。むしろもっと増えてほしいくらいです。音楽で例えると、新曲がどんどんリリースされているのと同じです。「新曲が増え過ぎたらどうすればいいんだ!?」と心配するのですかね?
そもそも、(一部の品種を除いて)自家採種で生計を立てる農家はほとんど見たことがありません。なぜなら、種代をケチって採種用の作物を育てるのは、費用の面でも土地の面でも効率が悪いからです。
次に、「高い種を買わなくてはならず、大企業に支配される」という点にも違和感を覚えました。農業経験の中で、大企業VS農家のような対立構造を感じたことがなかったからです。品種改良をする種苗メーカーは、農家に選んでもらうような品種を開発するために努力しています。農家にとってメリットがないばかりか、経営を圧迫するような非常識に高額な種を売ろうとしても、誰も買う訳がありません。そんなことをしていては、メーカーが先に潰れてしまうからです。また、品種開発をしているのは大企業だけとは限らず、個人で新しい品種を作っている人たちもたくさんいます。ですので、彼らがわざわざ「大企業」という枕詞をつけて表現するのは、印象操作ではないかと感じていました。
また、「外国企業が日本の農業を支配」や「遺伝子組換え作物が云々」に至っては種苗法とは別の法律の範囲になるので全く無関係な話です。このグループでは、無関係な要素をさも関係があるかのように結びつけて恐怖を煽る「変な怪談」によく出会いました。その中でも一番驚いたのは、「種苗法が改正されると、農家が共謀罪で逮捕される」というトンデモないストーリーです。私は法律には詳しくないですが、共謀罪とはテロ等準備罪のことだったと思います。「種苗法が改正されたせいで農家がテロリストとして次々逮捕される未来」を大真面目に語る政治家志望のリーダーを見て、なんともいたたまれない気持ちになりました。
このようにトンデモ理論ばかりを展開するグループでしたが、一番意外だったのは、弁護士で元農林水産大臣であるはずの山田正彦氏が、トンデモ理論を訂正するどころかむしろ発信源になっていたことです。
自分たちが設定した結論しか信じない
ここまでデタラメばかりだと、普通ならグループから離れていくかもしれませんが、私は持ち前の暇人ぶりを発揮し、種苗法を真面目に学んでみることにしました。法律について全く素人である私は、専門が農業の知的財産権の准教授に話を聞き、専門家の助けで資料を集め、数週間かけて少しずつ種苗法を理解していきました。こうして集めた情報をグループのメンバーに発信し、一次情報と食い違う内容などは訂正していました(歓迎されることはなかったですが)。メンバーはというと、そんな情報には気にも留めず、ひたすら山田元大臣の発信する終末論のような怪談を日々SNSでシェアしていました。その様子はまるで信仰心を満たす熱心な信者のように見えました。「知ることからはじめよう!」は、グループでよく目にするスローガンでしたが、彼らの指す「知ること」とは、どうやら自分たちが設定した結論だったようです。
私はその中で、山田元大臣は意図的に誤った不安情報を吹聴しているのではないかと思えるようになってきました。でも何のために? 私は彼の目的が知りたくなり、いつか1対1で公開対談したいと思うようになりました。こうして私は、農業のトンデモを追うハンターになると決めたのです。
つづく
【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧
筆者渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ ) |
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