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第9回 日本の食料自給率は本当に“低水準”なのか【鈴木宣弘氏の食品・農業言説を検証する】
農と食を支える多様なプロフェッショナルの合理的で科学的な判断と行動を「今だけ、金だけ、自分だけ」などと批判する東京大学の鈴木宣弘教授。その言説は、原典・元資料の誤読や意図的な省略・改変、恣意的なデータ操作に依拠して農業不安を煽るものが多い。AGRI FACTはブロガー晴川雨読氏の協力を得て、鈴木教授の検証記事をシリーズで掲載する。第9回は、鈴木氏の食料安全保障論の前提である日本の食料自給率分析の非現実性を取り上げる。
鶏のヒナはほぼ100%海外依存?
鈴木氏の食料自給率に関する分析は、日本農業の弱さを強調しようとするため、実態を反映しない数字を打ち出すことがよくある。
「我々は何を食べて生きたらいいんだ」(JAcom 2021年2月18日)では、
「現状の趨勢が続くと、最悪の場合、2035年の日本の実質的な食料自給率が、コメでも11%、青果物や畜産では1~4%に低下する可能性を示唆している。」
と指摘している。
「それに加えて、飼料の海外依存度を考慮すると、牛肉(豚肉、鶏卵)の自給率は現状でも11%(6%、12%)、このままだと、2035年には4%(1%、2%)と、信じがたい水準に陥る。さらに付け加えると、鶏のヒナはほぼ100%海外依存なので、それを考慮すると、実は鶏卵の自給率はすでに0%という深刻な事態なのである。」
にわかに信じられない数字だ。鈴木氏の指摘通り、鶏のヒナがほぼ100%海外依存というのなら、四捨五入すると100%になる範囲、つまり「99.5%以上」ということになる。
では、農林水産省の「鶏の改良増殖をめぐる情勢」を見ながら、鶏の供給実態を含めて検証・解明していこう。
鶏のヒナがほぼ100%海外依存と聞いて、まず疑問だったのは大量のヒナをいかにして輸入しているのかということ。卵の状態だと船で輸入している間に孵化してしまうし、ヒナの状態では輸送中のエサや衛生の確保などが大変だろう。
上記の図に答えがあった。国内の種鶏場が海外の育種会社から種鶏(ヒナ)のつがいを輸入しているので、極端に輸入数を減らせる。数が少なければ、空輸が可能となる。国内の種鶏場が鶏卵・鶏肉生産者にヒナを供給し、鶏卵・鶏肉生産者が採卵鶏・肉用鶏を育成・肥育するという流れだ。
上記の図にあるように「採卵鶏96%(肉用鶏は98%)」の種鶏が海外依存と高いとはいえ、国産地鶏等のヒナ由来の採卵鶏のシェアが4%あるため、「鶏のヒナはほぼ100%海外依存」は不正確で大げさな数字である。
「鶏のヒナの親の大部分は海外依存」、採卵用の「鶏のヒナの親の96%以上は海外依存」が正しい表現である。
万一の事態で重要なのは輸入元の多元化と代替策
あくまで鈴木氏は種鶏(ヒナ)が海外から来ていれば海外依存だと言いたいのかもしれないが、つがいの種鶏(ヒナ)を育てて、ヒナを産み・育てる体制が国内に存在するので、海外からの種鶏の供給が急減する最悪のケースでも、すでに供給実績のある地鶏の種鶏に切り替えていくという対応策がある。「鶏卵の自給率はすでに0%」というのは、実態を無視した極論だ。
農林水産省の「鶏の改良増殖目標(案)」には次のように書かれている。
「卵用鶏については、外国鶏種の産卵能力と比較しても遜色はないものの、卵質等の面で外国鶏種との特色の違いをいかに示していくかが課題となっている。」
卵質については、血が混じる、殻の厚さといった面で外国鶏といくらか差があるとのこと。
「養鶏学コーナー」「取扱鶏 | 株式会社ゲン・コーポレーション」を見ると、飼料要求率(必要な飼料の量)はほぼ同じ、育成率・生存率で1割程度国産が劣っているようだ。
そもそも、鶏のヒナの親、種鶏の段階まで遡って、鶏卵の自給率はすでに0%ということ自体にさして意味はない。重要なのは、輸入元の多元化がされているか、輸入できなかった時の代替策があるかどうかだ。
鶏のヒナに関しては、国内種も継続的に開発されているし、種鶏を育てる設備が整備されているので、現時点では生産性は多少劣るが代替策はあるのだからまったく問題ではない。
肥料原料のリンを算出しない国は自給率0%なのか?
農業に直結する肥料に不可欠なリンを例に説明しよう。
アメリカ地質調査所(United States Geological Survey)でリンの産出量が公開され、国連食糧農業機関FAOには農業生産高がある。
この2つを合体した表を作成した。リンは肥料以外に工業製品の原料にもなるので、傾向を見るためのものと理解してほしい。
ブラジル・インド・メキシコは農業生産大国でリンも産出するが量が不足している。ウクライナ・カナダなどは農業大国だがリンの算出国ではない。ウクライナ・カナダはじめ、リンを算出しない国は、鈴木氏の考え方にしたがうと食料自給率0%になってしまう。鈴木式の自給率算定法がいかに無意味か。
飼料自給率100%は実現不可能
鈴木氏はもちろん、日本のカロリーベース食料自給率計算では、畜産飼料の低自給率を問題視している。以下の資料によると(農林水産省の「飼料自給力・自給率の向上に向けた取組」 )、2007年時点の飼料輸入量分を国内で作るには、429万haの畑が必要と試算する。
そして、今の農地面積は439万haである。
農地面積の推移
出典:農林水産省「食料自給率目標と食料自給力指標について」
農地のほぼ全てを飼料用に転用してようやく飼料自給率が100%になるという計算だ。昭和40(1965)年以降の農地減少分約160万haを全て農地として復活させ飼料用にしても飼料自給率は50%にもならない。
つまり飼料自給率100%は実現不可能であり、農業政策として追求すべき数値目標ではないのだ。ただただ日本の食と農産業を貧しくする政策だ。
「種と飼料の海外依存度も考慮した含めた自給率」の低さを強調する言説は、いたずらに実態を知らない消費者の不安を煽るだけだろう。
AGRI FACTは、今後も鈴木宣弘教授の言説を検証・追及していく。
*晴川雨読氏のブログ「鶏卵の国内自給率は96%だが、それを0%という大学教授」(2021年02月23日)をAGRI FACT編集部が編集した。
協力晴川雨読(せいせんうどく) |
- 特集, 鈴木宣弘氏の食品・農業言説を検証する
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