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第7回 「日本の食が危ない!」は正しいのか?『論点2 ミニマムアクセス等と国家の輸入義務』【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】

特集

鈴木氏は、米や乳製品の関税割り当て(ミニマムアクセスまたはカレントアクセス)を全量輸入する義務はないと主張している。残念ながら、彼はウルグアイ・ラウンド交渉の経緯を知らない。交渉に当たった私が、なぜ日本が米麦や乳製品について全量輸入することになったのか説明しよう。

なぜ国家貿易企業は残ったのか?

米麦についての農水省や乳製品についてのALIC(農畜産業振興機構)は、国家貿易企業である。WTO農業協定第4条第2項の注で、関税化(輸入数量制限などの関税以外の障壁を関税に置き換えること)すべき非関税措置には、「輸入数量制限、可変輸入課徴金、最低輸入価格、裁量的輸入許可、国家貿易企業を通じて維持される非関税措置、輸出自主規制その他これらに類する通常の関税以外の国境措置が含まれる」と規定されている。したがって、国家貿易企業による独占的な輸入は、認められないはずだった。

しかし当時は、米麦も乳製品も「輸入割当」という数量制限の下で国家貿易企業が輸入していた。私は、我が国が輸入制限を行ってきたのは「輸入割当」によってであり、国家貿易によってではないので、乳製品や小麦(のちに米も)については「輸入割当」を関税化し、関税化した後の関税割当てについては国家貿易を継続すると主張した。アメリカもこれを受け入れた。

関税割当ては輸入機会の提供に過ぎないので、他国では枠の消化率が低いケースもある(もちろん、内外価格差が大きければ、完全に消化される)。しかし、国家貿易による輸入は、国家が約束したものを国家が輸入することになる。したがって、「購入約束」“purchase commitments ”をしたものという扱いになり、100%輸入枠どおり輸入している。

ブッシュ政権のアメリカは、国家貿易も非関税障壁なので廃止すべきだという態度だった。これに対して、実益重視のクリントン政権は、貿易政策で具体的な数値目標を求めるなど「結果重視」の交渉態度を採っていた。国家貿易は国による「管理貿易」そのものだった。

後で知ったが、アメリカ農務省にいた対日農産物貿易の専門家の中には、農水省による国家貿易のおかげで、オーストラリア、カナダ、EUという他の輸出国と競争することなく、日本の小麦市場でのシェアを確保できているという評価があった。彼らが農務省の交渉担当者に、国家貿易の必要性を進言した。

TPP交渉で、米麦・乳製品の関税や国家貿易制度が維持されたのも、同じ理由からである。一般の関税がなくなると、それを前提とした関税割当てもなくなり(一般の関税がゼロのときにゼロの関税割当ては存在しえない)、国家貿易企業による輸入がなくなるからだ。

国家貿易を廃止すれば、必ずしも全量輸入しなくてもよい。しかし、農水省にとって国家貿易は組織維持のために必要だった。交渉終了後、国家貿易制度を残したのは間違いだったと後悔した私は、農水省のある幹部にこの廃止を進言したが、受け入れられなかった。ただし、法的には農業協定が譲許表に優先するので、WTO紛争処理手続きに訴えられる可能性はある。

なお、鈴木氏は、この買い入れ約束をアメリカから半分を輸入するという密約と結び付けている。また、交渉当時の農務長官エスピーが発言したとされる「ミニマムアクセスの半分を買わないと対応措置を取る」にも言及している。しかし、1993年の交渉当時において、そうした密約はない。

乳製品のアクセス

ここで、乳製品の13万7千トンの関税割当てについて述べよう。生乳過剰の中で、輸入すべきではないという声があるからである。

この輸入枠(関税割当て)は、ウルグアイ・ラウンド交渉の結果、設定したものである。米と異なり、バターなどの乳製品は、関税化したことで有利な条件を勝ち取った。

乳製品の輸入制限は、本来アメリカにガット提訴されて負けており(1987年農産物12品目問題パネル報告)、脱脂粉乳などは、30%前後の低い関税で自由化しなければならなかった。アメリカと交渉して当面自由化しないことを了承させたうえで、ウルグアイ・ラウンド交渉まで持ち込んで、200%を超える関税を設定した。ウルグアイ・ラウンド交渉の関税化の方法を記した文書では、内外価格差(国内価格マイナス国際価格)を関税にするとされた。その際、国内農業を保護するため、できる限り大きな数値を計算し、これを輸出国に認めさせたのである。

同文書では、高い関税を設定する代償として1986〜88年の輸入実績と同じ輸入枠(カレントアクセス)の設定が求められた。乳製品については輸入量を生乳に換算して13万7千トンの輸入枠を設定した。交渉で、オーストラリアやニュージーランドはバターや脱脂粉乳などの個別の乳製品ごとに輸入枠を設定することを要求した。

しかし、我々は生乳に換算して一括の輸入枠を設定し、この枠の中でどの乳製品を輸入するかどうかは、それぞれの乳製品の国内需給状況を見ながら、国家貿易企業であるALICが決定できるようにした。これだと、すべてバターで輸入することも可能となる。交渉文書中の「少なくとも現行条件で」約束するという文言を盾にとって、これが日本の現在の輸入制度(つまり“現行条件”)だと主張して、譲らなかったのだ。私がこの交渉に参加する前から、畜産局にいて考えていた対処方針通りに進んだ。

この点は、オーストラリアやニュージーランドが納得したかどうか、最後まで不安だった。小さな交渉でも合意していないと主張されれば、農業ばかりかウルグアイ・ラウンド交渉の全てのプロセスが白紙に戻ってしまう。私の上司は交渉の最終日までオーストラリアなどが反対の意思を表明していないか確認していた。

乳製品の高関税も輸入枠も全部一つのパッケージである。酪農家が「13万7千トンの輸入枠をなくせばよい」というのなら、「関税化などしないで、ガット・パネルで敗訴したまま、関税30%で自由化すればよかった」と言いたくなる。13万7千トンどころか、北海道の生乳生産の約半分の200万トンはなくなるだろう。イソップ童話の欲張りな犬のようだ。

北海道の酪農が発展したのは、酪農家だけの力ではない。不足払い法や乳製品の貿易制度などの保護があるのを当然のように思っているのかもしれないが、それがなかったときの北海道酪農を想像してもらいたい。酪農家に我々の努力が評価されないのは、残念というより無念である。もし、どうしても輸入に反対ならALICの廃止を主張してはどうか?

【第8回へ続く】

 

【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】記事一覧

筆者

山下 一仁(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

続きはこちらからも読めます

※『農業経営者』2023年5月号特集「おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する」を転載

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