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ラウンドアップ裁判の深層分析【後編】 農薬メーカー側を支持する全米の生産者団体と農業州の共和党議員【コラム】
ラウンドアップをめぐる裁判、論争には日本では報道されない二つの側面がある。前編では、弁護士業界にとって巨額収入が見込める「訴訟ビジネス」としての側面を解説した。今回はもう一つの側面について迫りたい。メーカー側を全面支援する声や活動が全米の生産者に広がっている点である。
農薬メーカーと共に戦う2大勢力
一連のラウンドアップ訴訟で敗訴が続く中、被告の米農薬大手モンサント(現在は独バイエルによって買収)は孤立無援のように見えるが、決してそうではない。米国では一貫して農薬メーカー側を支持する2大勢力がある。全米の生産者団体と農業州の共和党議員だ。
生産者団体の視点から説明しよう。
彼らはラウンドアップ問題が始まって以来、メーカーと共に戦ってきた。戦う相手は大きく3つある。一つ目は農業への規制強化を推進する民主党左派やその支持基盤である反バイオテクノロジー(反GM・反農薬)活動家グループ、次に本記事前編で取り上げたラウンドアップをネタに荒稼ぎする弁護士、そしてカリフォルニア州の規制当局である。
超リベラル州のカリフォルニアが新たな規制に手を出したら最後
なぜカリフォルニア州なのか。前編で記したとおり、これまで敗訴した裁判はすべてカリフォルニア州の裁判所判決である。カリフォルニア州といえば、米国内でも突出する超リベラル州であり、過激な消費者運動や環境保護運動のメッカである。そして、裁判に影響を与える州の司法長官から裁判官まで、多数派がリベラルな民主党員なのだ。とくに社会主義的な民主党左派となれば、バイエルといったグローバル企業に対する偏見も大きい。そんなわけで農業が盛んな中西部等の保守州生産者からすれば、トンデモ規制や判決が生まれる場所という悪評が定まっているのがカリフォルニア州なのだ。
米国を代表する農業メディアwww.agri-pulse.comのコラムでも、同州はこう評されている。
「農業界ではよく知られているように、カリフォルニア州が新たな規制に手を出したら最後、全米が破滅の道をたどることになる」
この記事の続きを見てみよう(一部抜粋)。
「今回のカリフォルニア州で下ったラウンドアップ裁判も同様だ。その結果を受けて、すでに全米の弁護士が私腹を肥やすために、農場主や牧場主に対する訴訟の準備をしている」
「このままでは(ラウンドアップを使う)全米の農業界全体が訴訟攻撃を受けることになる」
「生産者のポケットに手を突っ込んでまで儲けようとする攻撃的な弁護士たちに狙われてしまうと、我々が現在、防除で利用している最高の技術や資材を使えなくなってしまう」
「EPA(米国環境保護庁)による安全性の審査を通過した製品がいま、根拠のない主張によって数多くの訴訟に直面している。米国農業界は科学に基づく農薬認証制度を支持しなければならない。米国農業界は、グリホサートに対する訴訟を煽動している活動家グループから批判の矢面に立っているEPAに対する支援を惜しんではならない」
「我々は彼らと安易な和解をしてはならない。根本的な解決を求めなければならない」
生産者にとって一商品を擁護するかどうかの問題ではない
米国の生産者にとって、この戦いはラウンドアップという一商品を擁護するかどうかの問題ではないのだ。成分にグリホサートを使った除草剤は米国で750商品以上もあり、登録メーカー数は20社以上に上る。ラウンドアップに限らず、こうした農薬メーカーが所定の法律的、科学的な手続きに沿って審査をクリアし、登録された除草剤がある日突然、非科学的な裁判のせいで使えなくなったらどうなるか。生産者にとっては死活問題である。現実問題として雑草処理ができなくなり、収量は大幅に減る。その損失は計り知れず、このままでは農業では食えなくなる日がやってくる。そうならないために、生産者には戦う以外の選択肢はないのだ。
実際、経済損失の試算も出ている。食品農業政策センター調べによると、除草剤が使えなくなった場合、米国の穀物農家の収入損失は年間210億ドルに上るという。別の機関「アメリカ雑草科学学会」の調査では、北米のトウモロコシ及び大豆生産に限っても経済的損失は430億ドルになるという推計を発表している。
では、どんな生産者団体が戦っているのか。代表例として、後述するカリフォルニア州を相手取った裁判で、モンサントと共に原告に加わった団体名を列挙する。原告代表は全米小麦生産者協会(NAWG)である。主要小麦生産州20州に支部があり、首都ワシントンDCにもロビー事務所を構える農業界を代表する団体だ。NAWG以外の全国団体では、米国デュラム小麦生産者協会、全米トウモロコシ生産者協会が名を連ねている。その他、州別の生産者団体3組織(ミズーリ州ファームビューロ、ノースダコタ州穀物生産者協会、アイオワ州大豆協会)も加わった。
さらには、農業資材の業界団体や商業系の団体も多数原告に入っている(米国の農薬業界団体クロップライフアメリカや農業資材の州別団体アイオワ州アグリビジネス協会、サウスダコタ州アグリビジネス協会のほか、モンサントのお膝元ミズーリ州の産業団体、商工会議所)。死活問題なのは農家とメーカーだけではない。農業資材の卸、小売業者も裁判に加わり、営業妨害に対する戦いを挑んだのだ。
全米の生産者団体がカリフォルニア州に実質勝訴
戦いの甲斐あってこの裁判では、原告の農業団体側が実質的に勝訴している。どんな裁判だったのか。
ことの発端は2017年7月7日、カリフォルニア州環境保健有害性評価局(OEHHA)がラウンドアップの主成分グリホサートを「発がん性のある有害化学物質リスト」に追加したとの発表にさかのぼる。同リストに掲載されると、同物質が含まれる製品をカリフォルニア州内で販売する際、企業はパッケージに「本商品はがんを引き起こすとカリフォルニア州に知られる物質を含んでいる」との警告表示が義務付けられることになる。
この規制は、悪名高いカリフォルニア州法プロポジション65(1986年安全飲料水及び有害物質施行州法)に基づく。この州法の何が悪名高いかといえば、この科学的根拠が乏しいだけではなく、乱用されている点だ。たとえば、昨年、新たなリストに追加された物質にコーヒーがある。冗談みたいな話だが、焙煎した際、アクリルアミドが発生するからだという。ほかには、製材所で出る木粉やアロエベラの葉エキスなど、発がん性と無縁とは思える物質も数多くリストに入っている。
警告表示が求められるのは商品だけではない。指定された物質が発生する場所や飲食物が提供される場所でも警告表示が求められる。たとえば、カリフォルニア州に行けば有料駐車場でこの警告看板をよく見かける。車の排気ガスが有害化学物質リストに含まれているため、駐車場はそれが発生するとの警告だ。珍しいところでは、ロサンゼルスのディズニーランドでも同様の看板が設置されている。敷地内に路面電車から排出される物質が該当するとの理由だ。コーヒーを提供する喫茶店も店舗やパッケージで発がん性の表示義務が課される直前まで来たが、スターバックスらが州と争った結果、今年6月、なんとか法的義務は免れる判決が下された。
ディズニーランドやカフェなら「これがカリフォルニア州のトンデモ法律か!」と少しは笑って済まされるが、健康に悪いイメージが根付く農薬に発がん性警告が科学的な根拠なく義務づけられては、ただでは済まされない。農薬の営業妨害になるだけではなく、それを使った農産物に対する風評被害が広まっては取り返しがつかないことになる。
そこで上記の生産者団体は2017年11月15日、OEHHA局長とカリフォルニア州司法長官を相手取り、表示義務の仮差し止めを求める訴訟を起こしたのだ。原告の主張はこうだ。
「グリホサートに発がん性物質の警告表示をすることは、製品に関する虚偽記載であり、同州の法律で強要されるとなれば、それは米国憲法修正第1条違反に当たる」
どこが修正第1条の違反なのか。同条は「表現の自由を制限する法律を定めてはならない」という主旨だ。つまり、カリフォルニア州法によって、グリホサートに発がん性がないにも関わらず、あるかのような虚偽記載を強要するのは企業の表現の自由を制限するものだという主張である。また、訴状では、第14修正条項違反にも当たるという。これは、法の適正な手続きを定めた条項である。グリホサートは連邦法(FDCA:連邦食品医薬品化粧品法)に基づき、登録され、法に基づくラベル表示を行なっており、カリフォルニアの州法がその内容を覆すのは違憲だという訴えだ。
この訴えに対し、2018年2月28日、ウィリアム・シャブ米連邦地方裁判所裁判官が下した判決文は以下のとおりである。
「カリフォルニア州が企業にがん警告を強制する場合、警告は事実に正確で誤解を招かないものでなければならない」
「グリホサートが実際にはがんを引き起こすことは知られていないという証拠の重さを考慮すると、要求されている表示は事実上、不正確であり、誤解を招くものである」
こうして、原告側が求めていたラベルへの警告義務の仮差し止めは受け入れられた。判決の直後、原告代表の全米小麦生産者協会のチャンドラー・ゴウル会長は「シャブ判事の判決を祝福し、米国の生産者に損害を与えるカリフォルニア州の陰謀的な政策をこう非難した」「グリホサートが安全に使用できることを示す証拠と科学は我々に味方しています。我々農業者はカリフォルニア州による虚偽で誤解を招く州法プロポジション65の表示義務に反対し、米国農業を擁護していきます。今回の仮差し止め命令は米国農業界にとっての勝利です」(agri-pulse記事)
生産者にとってこの裁判で幸運だったのは、シャブ裁判官が共和党保守派だったことだ。保守派は反農薬といったリベラルな主張に流されず、あくまで合衆国憲法の精神に則った判断を下すからだ。シャブ氏は共和党政権のジョージ・H・W・ブッシュ大統領時代(1989~93年)に任命された、カリフォルニア州東部地区裁判官として最長の任期を務めている人物である。
判決に先立つ2018年1月3日、農業が盛んな保守州の司法長官からも警告表示の仮差し止めを求める意見陳述書がシャブ裁判官に提出されていた。ミズーリ州のジョシュ・ハウレイ司法長官がまとめたもので、以下10州(アイダホ州、インディアナ州、アイオワ州、カンザス州、ルイジアナ州、ミシガン州、ノースダコタ州、オクラホマ州、サウスダコタ州、ウィスコンシン州)の司法長官も署名した。
司法長官からの支援を受け、原告の全米小麦生産者協会は次のような声明を発表していた。
「カリフォルニア州の違憲行為に対し、全米の州司法長官が農業者と消費者のために立ち上がったことを喜ばしく思う。カリフォルニア州の欠陥制度プロポジション65は農業経済に取り返しのつかない損害を引き起こし、米国の生産者と消費者双方に悪影響を与えます。この欠陥行為をただちに停止するために努力しているのは、司法長官だけではありません。米国商工会議所やカリフォルニア商工会議所からも同様の意見陳述書が提出されており、我々の連帯は大きくなっています」
とはいえ、この裁判ですべてが解決したわけではない。あくまで、発がん性物質であるとの警告表示の要求を仮差し止めしたに過ぎない。判決後も、グリホサートはカリフォルニア州環境保健有害性評価局(OEHHA)の発がん性物質リストに残ったままだ。
米国環境保護庁が8月8日、カリフォルニア州のグリホサートに対する規制を無効とする措置を発令
ところが、本記事の執筆現在、事態が急展開するニュースが入ってきた。
米国環境保護庁(EPA)は8月8日、カリフォルニア州のグリホサートに対する規制を無効にする措置を発表した。「EPAは消費者に正確なリスク情報を提供し、製品の偽ラベル表示を停止するために行動を起こす」と題する異例のプレスリリースを通じてだ。
その内容は、カリフォルニア州のグリホサートに関する発がん性物質認定を「誤り」とし、「商品に発がん性について表示すること自体を禁止する行政指導」だ。この法的根拠は、カリフォルニア州のラベル要求はFIFRA(米国連邦殺虫剤殺菌剤殺鼠剤法)が規定する「誤表示」に該当するとの判断である。
アンドリュー・ウィーラーEPA長官は今回の措置を行なった背景についてこう述べる。
「EPAとして、グリホサートに発がんリスクがないことを知っているにも関わらず、(カリフォルニア州が)不正確なラベル表示を要求することは無責任である。我々はカリフォルニア州の欠陥制度が連邦政府の方針を左右するようなことは認められない」
EPAは今回、連邦政府の面子にかけて、カリフォルニア州に好き勝手させまいと本気のようだ。
全米の生産者団体と農薬・資材業界が連帯し、カリフォルニア州に仮差し止めを勝ち取った結果として、農薬規制の本丸EPAの介入を促したとも言える。
これまで農薬メーカーが劣勢だと思われてきたラウンドアップ裁判だが、潮目が変わるきっかけになるかもしれない動きである。
『農業経営者』2019年9月号 No.282「ラウンドアップ裁判の深層分析」から転載
前編はこちら。
筆者浅川芳裕(農業ジャーナリスト、農業技術通信社顧問) |
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