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第43回 種苗法改正反対の現在地 『子どもを壊す食の闇』の闇③【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

前回、映画『タネは誰のもの』をなぜ上映すべきではないのか、という話を述べた。

制作から約4年が経ち、劇中に描かれていた問題の核心が的外れなものであったことは、今や明らかだ。
当時それらの情報を信じて「タネが危ない、日本の食が奪われる」と声を上げた人々の大半は既に関心を失い、普通に考えれば映画としての消費期限は終わっていると言っていい。

にも関わらず、今も細々と市民上映会が企画されるのは、とりもなおさず映画をつくった人たちが粘り強く「タネが危ない!」と言い続けているからだ。
映画の主題となった種苗法改正が成立したあと、彼らはどんなことを主張しているのだろうか。

2023年秋に発行された山田正彦氏の新著『子どもを壊す食の闇』をのぞいてみよう。
第5章「日本のタネを守ろう」には、まさに種苗法改正反対の現在地が描かれている。

紅はるかに何が起きたのか

ここで言及されている情報は、整理すると大きく2種類に分けられる。

①現状(法改正後、農業現場には既にこんなにひどい悪影響が起きている)
②未来(それにとどまらず、まだまだこの先にも恐ろしいことが計画されている)

種苗法改正によって日本の農家と農業が潰されるという物語を、彼らは少しも手放していない。

①については、例えばサツマイモの「紅はるか」についてこんな記述がある。

これまでのように直接農研機構から種苗を購入できず、民間の種苗会社から購入せざるを得なくなりました
これまで必要とされていなかった許諾手続き、許諾料、民間種苗会社へのライセンス料が種苗価格に転嫁されることにより、農家の負担はますます大きくなっていくことになります(P.110)

(※一部筆者により中略)

これらはJA常陸の秋山豊組合長による、2023年2月4日の発言として紹介されている。
改正種苗法が完全施行されてから1年近く経過した時期にあたる。
山田氏らが創設した市民団体「日本の種子(たね)を守る会」のメンバーは、当時この発言に大変な衝撃を受けて対応策を協議したと綴られている。

さて、事実はどうだろうか。
種苗法を管轄する農水省知的財産課に問い合わせてみたところ、まず「紅はるか」の権利(育成者権)を持っている農研機構は、元々種苗の直接販売はおこなっておらず、種苗法改正以前から民間の種苗会社を通して販売しているという。

さらに、農研機構のウェブサイトに明示されている通り、「紅はるか」の自家増殖に許諾手続きが必要になったことは事実だが、許諾料は無償である。
秋山氏の「許諾料が農家の負担になっている」という発言とは矛盾する。

農研機構から民間種苗会社に対するライセンス料についても、種苗法改正前後で値上げがあったという事実は確認できない。

発言と噛み合わない資料

秋山氏は2023年度「日本の種子を守る会」の会長も務めている。
その立場を考えれば、種苗法改正に反対すること自体に不思議はない。

とはいえ、JA組合長ともあろう人物が本当に公の場で、こんなにも間違った話をするものだろうか。
疑問に思い、秋山氏が使用したとされる発表資料や取材記事と照らし合わせてみると、どうも噛み合わない点が多いことに気づく。

というより、秋山氏はここで種苗法改正の話さえしていない可能性がある。
少なくとも資料と記事を見る限りでは、秋山氏が「紅はるか」について問題として提示しているのは、あくまで「連作障害の対策としてウイルスフリー苗の購入が増えたので、苗代が負担になっている」という話だ。

これが本文中では、あたかも種苗法改正の悪影響で生じた事態であるかのように配置されている。
でも、普通に読んでいたら一般の人にはそんなことまで区別できるはずもない。

あとから気づいてひっくり返りそうになったのだが、この話が書かれている項の小見出しは「自家採種禁止の国内での取り締まりが始まる」である。
いったい何の話をしているのだろう。

悲鳴を上げる栗農家は実在したのか

もうひとつ、茨城県笠間市の名産品である栗についても見てみよう。

2022年度から(種苗法改正に伴い)自家増殖が原則禁止されたので(栗の苗木)一本の価格が高騰。農家が悲鳴をあげ、市が1/2の助成金を出すことになりました(P.109)

(括弧内は筆者補足)

という記述がある。
こちらも「紅はるか」と同じく、種苗法改正の影響が農家を苦しめている事例のように読める。

確認してみよう。
まず、一部の登録品種(「ぽろすけ」「ぽろたん」など)は種苗法改正によって、自家増殖が有償(一本50〜100円の許諾料)になったのは事実である。

また、笠間市が「日本一の栗産地づくり推進補助事業」と銘打って、苗木の購入に1/2以内の補助金を出しているのも事実だ。
ここまではいい。

だが、「自家増殖が禁止されたせいで苗木が値上がりした/その対策として補助金が出た」という流れに本当に因果関係があるのか。
今のところ確認することができない。

少なくとも笠間市の「日本一の栗産地づくり推進補助事業」の概要を見る限り、苗木の値上がりについては触れられていないし、種苗法改正や自家増殖についても一切言及されていない。

それどころか、前述のJA秋山氏の資料には思いがけない記述がある。
笠間地域農業改良普及センターへ聞き取りをおこなった結果として「JA栗部会の生産農家では、購入苗の方が効率が良く、手間を掛けて挿し木(自家増殖)する農家は無い」と書かれているのだ。

では一体、自家増殖ができなくて悲鳴をあげる農家とはどこにいたのだろうか。
誰も自家増殖をやっていないなら、禁止によって苗木価格が高騰するというロジックもいよいよ理解に苦しむ。

また、苗木購入の補助対象となる品種は15あり、そのうち種苗法に基づく許諾が必要な品種は一部しかない。
自家増殖が自由な在来種の栗でも補助対象に含まれているのは、山田氏の設定と矛盾していないだろうか。

密かな噂話を本に書く元閣僚

続いて「未来パート」を見ていこう。
ここでは基本的に「農家の自家採種禁止を徹底するために、監視と取り締まりがこれから強化されていく」という筋書きが用意されている。
全ては、日本の食の安全が外資に売り渡される未来へと繋がっていくのだろう。

それはこんな一節から始まる。

しかし気になる動きがあります。農水省は2021年4月から、農家の自家採種について(中略)市町村や農協などの組織を通じて密かに調べている、という噂が私のところによく聞こえるようになってきたのです(P.107)

2021年4月といえば、改正種苗法が一部施行されたタイミングである。
「密かに」「噂」という言い回しに悪意を感じるものの、農水省は実際に2015年に生産者の自家増殖の状況について調査をおこなっていたことがあるので、同様の調査が再度実施されていたとしても不思議はない。
だが今回、農水省知的財産課に問い合わせた限りでは、そのような調査が実施された形跡はなく、ちょっと何を指しているのかわからないという回答だった。

密かにおこなわれた調査なのだから表に出てくるはずはないのだ、という陰謀論が聞こえてきそうだが、本書中でこの「噂」について触れられるのは結局これきりで、最後までその伏線が回収されることはない。

だったらなぜ書いたの、と言いたくなるが、このあとはさらに「国家による監視と取り締まり強化」の不穏な情報が展開されていく。
次回はそれらを取り上げたい。

ただ、とりあえず子どもたちの健康を心配する前に、元閣僚が噂話で本を書くのは控えてもらえないだろうか、と思う。
(続く)

 

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】記事一覧

筆者

間宮俊賢

 

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