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第8回 「日本の食が危ない!」は正しいのか?『論点3(前編)世界と日本の食料安全保障~なぜインドが行う輸出制限をアメリカは行わないのか?』/キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹 山下 一仁【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】

特集

穀物のうち、生産量・消費量が多いのは、米、小麦、トウモロコシであり、これらは三大穀物と言われる。穀物と大豆は人にとって主要なカロリー源であるうえ、家畜のエサとなって間接的に牛乳や食肉などの畜産物を供給する重要な農産物である。ここでは、“油糧種子”に分類される大豆を含めて「穀物」と呼ぶ。

物理的なアクセスが困難となる食料危機

食料危機には二つの場合がある。

一つの食料危機は、物理的に食料にアクセスできない場合である。ロシアに包囲され陥落したマリウポリでは、ウクライナ政府や赤十字からの食料が市民に届かず、飢餓が生じた。東日本大震災でも地震発生後しばらくは食料が被災地に届かなかった。途上国では、エチオピア北部の内戦のように紛争が発生して、食料を入手できなくなる事態がしばしば生じる。

アメリカ、オーストラリア、EUなど、輸出国で政情が安定している国では、東日本大震災のように災害などで局所的に輸送網が寸断される場合を除き、このような危機は起きない。これに対して、先進国でも食料の過半を輸入に依存している日本のような国では、台湾有事などでシーレーンが破壊され、輸入が途絶すると、国全体に大変な食料危機が起きる。

日本周辺で軍事的な紛争が起こり、日本自体がこれに巻き込まれる場合には、輸入は完全に途絶する。これに至らない部分的な途絶や途絶する期間の長短などさまざまな状況があるだろうが、近くで軍事的な紛争が起きれば、船会社が日本の港への輸送を拒否するなど、シーレーンに影響が生じる。

シーレーンに大きな影響が生じると、小麦も牛肉もチーズも輸入できない。輸入穀物に依存する日本の畜産はほぼ壊滅する(畜産は食料安全保障に貢献しない)。生き延びるために、最低限のカロリーを摂取できる食生活、つまり米とイモ主体の終戦直後の食生活に戻る。

当時の米の一人一日当たりの配給は2合3勺だった。今は1日にこれだけの米を食べる人はいない。しかし、肉、牛乳、卵などの副食がほとんどなく、米しか食べられなかったので、2合3勺でも当時の国民は飢えに苦しんだ。

現在、1億2550人に2合3勺の米を配給するためには、玄米で1600万トンの供給が必要となる。しかし、農政は、米価維持のために減反で米生産を減少させてきた。米価を高く維持し、零細で非効率な兼業農家を滞留させることで、その兼業(サラリーマン)収入を預金として活用したJAバンクは、日本トップ級のメガバンクに発展した。2022年の米生産量は、ピーク時(1967年1445万トン)の半分以下の670万トンである。今、輸入が途絶すると、半分以上の国民が餓死する。

農業界は、食料自給率向上や食料安全保障を叫びながら、それを損なってきた。1960年から比べて、世界の米生産は3・5倍に増加したのに、日本は4割の減少である。しかも、補助金を出して主食の米の生産を減少させている。まさに「亡国農政」だ。

米を減産する減反政策の下で、面積当たりの収量(単収)を向上するための品種改良はタブーとなった。1960年には日本の半分しかなかった中国にも抜かれてしまった。逆に言うと、収量の高い品種の米を作付けすると、米生産は大幅に増加する。

経済的なアクセスが困難となる食料危機

途上国で問題となるのは、穀物価格が高騰し、食料を買えなくて飢餓が生じるという場合である。

物価変動を除いた穀物の実質価格は、過去1世紀以上ずっと低下傾向にある。人口増加を穀物生産の増加が大幅に上回ったからである(1961年比では、2020年人口2・5倍に対し、米3・5倍、小麦3・4倍)。次の図は、1960年を100とした場合の(物価変動を除いた)実質価格の推移である。名目価格では史上最高値と言われる現在の穀物価格も、実質価格では1973年よりもかなり低い水準にある。

今後も従来からの作物改良に加え、ゲノム編集、培養肉などの画期的な技術による増産が期待される。将来、人口が100億人になるからと言っても、恒常的に穀物価格が高止まりして買えなくなるという心配はしなくてよい。

しかし、1973年、2008年や今回の2022年のように、突発的な理由で需給のバランスが崩れ、価格が急騰するときがある。槍のように突出するのでパイク“pike”と言われる。

1973年の危機は、ソ連が大量の穀物買い付けを行ったことにより発生した。2008年はトウモロコシのエタノール生産向けの増加というアメリカの農業・エネルギーの政策転換が引き起こした。2022年はロシアのプーチンによるウクライナ侵攻である。これらの事件は、誰も予想できない。しかし、結果として生じるパイクに、国際社会は対処しなければならない。

日本では、この種の危機は起きない。2008年、穀物価格が騰貴し、食料危機は北海道洞爺湖サミットの議題となったが、このとき、日本の食料品消費者物価指数は2・6%しか上がっていない。日本の消費者が飲食料品に払っている金のうち87%が加工・流通・外食への支出である。輸入農水産物に払っているお金は、2%に過ぎない。その一部の輸入穀物価格が3倍になっても、全体の支出にはほとんど影響しない。このような食料支出の構造は、欧米などの先進諸国に共通している。

穀物価格が上昇すると、日本が中国人に買い負けるなど、食料危機を煽る人たちが出てくる。これらの人の中には、世界の食料危機を国内の農業保護の拡大につなげたいという意図を持っている人が少なくない。しかし、中国人に高級マグロを買い負けても、小麦輸入の上位3カ国、インドネシア、トルコ、エジプトに、日本が小麦を買い負けることはない。

これに対して、途上国の人たちは、支出額の半分程度またはそれ以上を、食料費、特に穀物などの農産物に充てている場合が多い。消費支出に占める食料の割合は、ナイジェリア59%、ミャンマー57%、ケニア56%、バングラデシュ53%(2021年、Our World in Dataより)となっている。この人たちにとって、穀物価格が倍以上になると、パンや米を買えなくなって飢餓が生じる。今、小麦価格が高騰し、中東やサブサハラ諸国で起きているのは、この種の危機である。

輸出制限に対する規制は有効か?

これには、二つの対策がある。需要面の対策としては、途上国の経済発展を支援して、彼らの所得を向上させることである。供給面の対策としては、途上国における食料・農産物の供給を増やして価格を下げることである。しかし、これらは長期的な課題であって、目前の食料危機を解決するものではない。このため、短期的な解決策として、直接穀物などを届けるという食料援助が行われてきた。

貿易面で考えられるのが、各国が行う輸出制限に対する規制である。ウルグアイ・ラウンド交渉で、輸入国である日本は、食料安全保障のためには、輸出国が行う輸出制限を規制すべきだと提案した。

交渉に当たった私は、規制される側の輸出国アメリカは反対するのではないかと心配したが、あっさりとアメリカは受け入れた。「問題ない。自由貿易こそが食料安全保障の途だ。アメリカは輸出を制限しない。」と言ったのだ。反対したのは、マイナーな輸出国インドだった。「インドのような国では、作況次第で輸出国になったり輸入国になったりする。食料が足りなくなったときに輸出しろと言われても困る。そもそも自国が困ったときに輸出制限をするのは当然ではないか。」と言うのだ。

日本提案は、輸出制限を行おうとする国はWTO農業委員会に通報して、輸入国と協議するという規定(WTO農業協定第12条)となって実現した。ただし、インドの反対によって純食料輸入途上国には適用しないこととした。

また、2022年のWTO閣僚会議でも、WTOルールに則らない輸出規制を行わない旨の声明が出された。

しかし、私自身、世界の農産物貿易や輸出制限を行う国の実情についての理解が進むと、WTO農業協定第12条は輸入国の食料安全保障にほとんど役に立たない規定だとわかるようになった。その理由について簡単に説明したい。

【論点3(後編)へ続く】

 

【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】記事一覧

筆者

山下 一仁(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹)

続きはこちらからも読めます

※『農業経営者』2023年5月号特集「おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する」を転載

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