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第38回 放射線育種米という烙印を広め続ける人たち【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】

コラム・マンガ

秋田県が育種した「あきたこまちR」が従来の「あきたこまち」から2025年に全面的に切り替わる。その「あきたこまちR」が放射線育種の手法を用いていることで、一部で反対運動が起こっている。

あきたこまちR反対運動、というものがある。
この運動について考えるのは、とても憂鬱な気持ちになる。

ご存知ない方のためにごく簡単に説明すると、「秋田県で栽培されるあきたこまちが、2025年から『あきたこまちR』という新品種に強制的に切り替えられてしまう。『あきたこまちR』は放射線を浴びせる危険な方法で開発されているため、容認できない」ということを主張する運動だ。
2023年4月、ある反農薬運動家によるブログが発端となっている。

(より具体的に知りたい方は、科学ジャーナリスト・松永和紀氏の記事や、秋田県の公式ページをご覧いただきたい。他にも、育種の専門家や農業者がすでに様々な反論をおこなっているので、事実関係の解説はそちらに譲りたい)

アグリサイエンティストが行く:あきたこまちR 放射線育種が利用されていますが、それが何か?

以前のコラムで少しだけ取り上げたものの、個人的には、なるべくこの話題に言及するのは避けたいと思ってきた。
有機農業に直結する話題でもなければ、命に関わるデマというわけでもない。
放っておいたところで自分にはおそらく影響は及ばない。

何より、反対の理由として挙げられる内容はあまりにも無理筋で、ほとんどが言いがかりに近いものに感じられ、さすがに広がることはないだろうと高を括っていたからだ。

また、この運動を支持する顔ぶれの多くが2020年に世を騒がせた種苗法改正の反対派と重なっていたため、彼らの言論を全く信用していなかったというのもある。

とにかく危険なんだから、と言い続ける

だが結果としては、8月に実施された秋田県のパブリックコメント募集に6,000件近くもの反対意見が集まるほどに、運動は拡大していった。
ついに私の身近にも、それを信じる人や巻き込まれる人たちが現れ始めた。

あえて反対される方の心情に寄り添うならば、2年後から全面切替(従来のあきたこまちがほぼ市場から消える)という点はそれなりにインパクトが大きかったのだろうと思う。

そのため、個別に反対内容を見ていけば、例えば「2025年度から全面切替という大きなシフトに対して、もっとアナウンスや説明が尽くされるべきだと」いう意見には、頷けるところもある。
秋田県からの説明は結局のところ、反対運動に押されるかたちで掘り下げられてきた面があり、後手に回っていると言わざるを得ない。

だが、反対運動のロジックは何においても、まずとにかく「放射線を浴びせた新品種の危険性」が大前提となっているため、個別の論点ごとに議論が育っていくことはない。

例えば「安全性に問題はなかったとしても、全面切替は性急だよね」とか、「安全性の議論はいったん別にして、少なくとも市民や生産者とのコミュニケーションには課題が残ったよね」といった出発点から、建設的に話を広げて次に活かしていくことだって本来は可能なはずなのに、「いかに説明が尽くされようが、危険なものは危険なんだから止めなければ意味がない」で終わってしまう。
そこに異論を挟む余地は残されていない。

(なにしろ、事の発端となったブログは「放射線を照射して突然変異したお米、食べたいですか?」という一文から始まる。言うまでもなく、ここには「そんな気持ちの悪いお米、食べたくないですよね?」という意味が含まれている)

とにかく放射線、と言い続ける

「放射線育種で生まれた新品種の安全性は確認されていない」と彼らが言うとき、それでは放射線育種ではない従来の交配や突然変異から生まれた品種や、在来種・固定種の安全性は、いったいどうやって証明されてきたのか? という問いに対して答えが用意されることはない。

自然のものだから安全、が市民の抱く素朴な感情であれば理解できるものの、仮にも専門家を自称する側が率先してそれを言ってしまうなら、社会的責任の放棄と言われても仕方がない。

とにかく自然ではない人為的な操作を加えた品種、まして放射線を浴びせたものなど危険に決まっているという漠然としたイメージを、彼らは全力で利用する。

おそらくはそのことに自覚的であるからこそ、彼らは放射線育種のなかでもとりわけ「重イオンビーム照射」と呼ばれる新しい手法こそが危険なのだと言いながら、すでに長年普及してきた「ガンマ線照射」までひっくるめた「放射線育種」という総称をあえて使い続けている。

放射線というキャッチーな負のイメージを、捨てがたいのだろう。
全ての始まりとなった「放射線を照射して突然変異したお米、食べたいですか?」という一文は、それを象徴している。

(でも、最近になって「従来のガンマ線照射による育種だって本当に安全だったかどうかは怪しい」などと言い出したので、さすがにもうわけがわからない。それこそ何十年も前から広く食べられ続けて、有機農業でも栽培され、自然食品店や自然派生協でも流通してきたというのに)

動員する側、される側

はたして目論見どおり、ほんの数カ月の間に「放射線育種米」はSNS上で、すっかり負のレッテルとして使われるようになってしまった。

一見サイレントマジョリティーからは理解し難い、このような行動と現象の背景には、何があるのだろうか。

運動家が講演会や書籍販売で儲けるために煽動しているのだろう、という冷ややかな認識には、私は与さない。
「どうせ自己利益のためにやっているに違いない」というシニシズムは、ともすれば陰謀論的な思考停止にも陥りかねない。
金儲けの要素がゼロかどうかは別として、少なくともそれだけで説明がつく現象とは思えない。

だが、先に見たような言葉の取り扱い方からしても、反対派の中心にいる人々が建設的な議論や合意形成よりも「動員による政治的影響力の発揮」に重点を置いているのだろう、ということまでは容易に推測することができる。

あえて放射線育種米という「バズワード」を多用した結果、何が起きたか。
放射線を浴びせて遺伝子操作された危険な米を食べさせられる! という恐怖に彩られた投稿が、SNS各所で広まっていくことになった。
多くの場合、「放射線」に対する半ば生理的な嫌悪感や忌避感とともに言及されている。

実際には放射線を浴びた米がそのまま流通するわけではないし、遺伝子組み換えやゲノム編集とは別物の技術であるにもかかわらず、それらはおびただしい誤解や混同を全て満載にしたままで、拡散され続けた。
(編集部注:ジャガイモではガンマ線を照射して芽の細胞分裂を阻害することで発芽を防止したものが流通している)

とりわけ拡散を担ったのは、反ワクチン情報や陰謀論を日頃から投稿しているSNSアカウントや、反農薬運動と親和性の高い一部野党のメンバー、ホメオパシー自然農法団体などだ。
とりわけホメオパシー団体は、代表者の女性が放射線育種の危険性を訴えかける動画を投稿し、それが陰謀論系のアカウントによって広められた。

どれほど尾ひれがついて荒唐無稽な話と化していようとも、歪んだ認知と恐怖心から情報が拡散されていても、反対運動のリーダーたちがそれを諌めているところを見たことがない。

彼らがそのような状況に責任を持つことは決してない。
「動員」という目的にはなんら矛盾なく整合しているからだ。

他者への敬意と信頼

こうして得られた結果が6,000件近いパブリックコメントだとして、そのうち何割かが陰謀論者たちの不正確な情報に突き動かされていたのであれば、果たしてそれは本当に社会にとってプラスに働くのだろうか。

以前から言い続けていることだが、目的さえ正しければ手段は問わないという態度の運動は、本来必要な議論を進めるための社会的リソースを収奪している。
ファクトがどうこう以前に、この点こそが「動員」を目的化した運動の罪深さだ。

このようなモラルハザードは種苗法改正の際などにも繰り返されてきた「いつも通りの光景」でもある。
一人ひとりが知ることと考えることが大事だと言いながら、その実、人々の知性に対する敬意と信頼を根本から欠いている。
信頼していれば、恐怖と不安を煽って行動を迫るような仕方での「動員」という手段は選ばない。

今回のような記事を書くのはとても憂鬱だし、何ら楽しくもないけれど、友人が「動員」されていくのを傍観するくらいなら、私は運動に水を差し、盛り下げる側に立ち続けようと思う。

本記事を執筆するにあたり、秋田県に寄せられたパブリックコメントを独自に集計した。
どのような層がより反対運動に積極的に参加しているのか、理解の一助になればと思う。

 

※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。

【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】記事一覧

筆者

間宮俊賢

 

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