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Vol.16 元ポケマル運営会社社員が「産直ECの意義と課題」を語る 前編【農家の本音 ○○(問題)を語る番外編】

農家の声

農家が本音を語る連載ですが、今回と次回は少し視点を変えた番外編として元産直EC会社社員の岸本華果氏が登場です。学生時代に「ポケットマルシェ」を運営する株式会社雨風太陽のインターンを務め、2022年4月に新卒入社。自治体と連携した生産者支援・販売促進・関係人口創出の取り組みのディレクションを担当し、2024年5月末に退職しました。現在は今後の生き方を模索中の岸本氏が、産直ECの意義と課題について前編後編で語ります。

産直ECの登場とコロナ渦の市場拡大

生産者から消費者に直接売買する産直ECは2016年9月の「ポケットマルシェ」登場以降、「食べチョク」「産直アウル」など多数のサイトが存在しています。新型コロナ禍には、生産者側が飲食店やホテルなどへの販路を失ったこと、消費者側の巣篭もり需要が高まったことなどを背景に、急速に市場が拡大しました。農林水産省や地方自治体が行った送料無料キャンペーンなどの補助事業も、これを後押ししました。

新型コロナも落ち着いてきた今、産直EC(もっと言えば農水産物の流通)を取り巻く状況は今後どうなっていくのでしょうか。産直ECの運営会社で働いていた視点から、産直ECの意義と課題について整理してみたいと思います。

農水産物の流通は、卸売市場を介した市場流通が一般的です。生産者にとっては量をさばける利点がある一方で、規格が存在する、価格が相場に左右される、消費者の声が聞けないなどの課題があります。消費者もいつでも手頃な価格で購入できますが、生産者や栽培方法まで知ることは難しいです。

こうした市場流通の課題を背景に、産直ECは登場してきました。例えば、ポケットマルシェは、生産者と消費者、都市と地方の分断の解消を掲げています。代表の高橋氏が東日本大震災の被災地で、都市から来たボランティアが地方の生産者と出会い、食べものの裏側を知って価値を認めていく光景を目にしたことから始まりました*1。また、食べチョク(株式会社ビビッドガーデン運営)は、生産者の”こだわり”が正当に評価されることを掲げています。代表の秋元氏が、実家の農家が廃業し、農業が儲からないことに問題意識を持ったことが始まりです*2。

コロナ禍の影響もあって、ポケットマルシェは登録生産者数8,200名、ユーザー数75万名(2024年3月時点)*3、食べチョクは登録生産者数9,700軒、ユーザー数100万人(2024年5月時点)*4にまで拡大しています。

売り方の幅が広がった

産直ECの登場がもたらした変化の一つ目は、生産者にとって売り方の幅が広がったことです。市場流通と異なり、産直ECでは規格や最低ロットがなく、価格決定権は生産者にあります。これまで市場に出していたような正規品はもちろん、これまで市場では安い値段しかつかなかったもの(低等級品/規格外品など)、それゆえにそもそも収穫・出荷すらしていなかったもの、1ケースに満たない少量のものなどについても、自分で価格を決めて販売できます。さらに自身の生産物を組み合わせたセット商品や、他の生産者とコラボ商品、手作り〇〇キットや農漁業体験などの体験商品、毎週/毎月お届けする定期便、なども販売されています。生産者の工夫次第で、新たな商品づくりが可能になりました。

「訳あり」「贈答用」「予約」など様々な売り方が目に入る
(食べチョクサイト:https://www.tabechoku.com/

このような形で、産直ECは生産者にとって新たな販路の一つとなっています。もちろん、出品すれば売れるというわけではありませんし、売れた後も梱包・発送、お客様対応などの手間はかかります。ただ、サイト側でも一定のプロモーションやサポートを行っているので、自分で一からECサイトを立ち上げるよりはハードルは低いです。かける手間に対して得るものが見合わなければ使わない選択も可能です。

登録生産者の一次生産物売上に占める売上割合は平均11%という調査結果(下図)もあるように、全ての生産物を産直ECで販売している生産者は多くありません。複数の販路を持つことで、コロナ禍のような有事の際のリスクを分散させたり、あるいは後述するように消費者の声を聞いたり楽しみのためにやっているという方が多いです。生産者がそれぞれの目的に応じて選択できること、そのハードルを下げたという点に価値があると思います。

生産者の産直EC利用実態に関する調査結果
(雨風太陽プレスリリース:https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000051.000046526.html

消費者の生の声がダイレクトに届く

二つ目は、消費者の生の声が生産者にダイレクトに届くようになり、生産活動の改善や楽しみにつながっていることです。

消費者からのお礼・感想の声
(ポケットマルシェ みんなの投稿:https://poke-m.com/producers/8722/posts?page_no=1

生産者からは消費者からの声を家族みんなで楽しみにしていたり、より良いものをつくろうというモチベーションになったという話をよく耳にします。消費者とのやりとりがきっかけで「新商品を開発した」「新しい販売の仕方を考えた」「リピーターが口コミで勝手に宣伝してくれた」「お歳暮や贈り物が届いた」「農業体験や作業の手伝いに来てくれた」など、単なる売り買いにとどまらない関係性も多数生まれています。また、最近は天候不良で品質をコントロールしきれなかったり、資材価格の高騰で値上げせざるを得ないといった状況の際にも、消費者から労いや理解を示す言葉が届けられています。

<エピソード一例>

ポケットマルシェnoteより

食べチョクnoteより

消費者の食体験が豊かに

三つ目は、消費者の食体験が豊かになったことです。産直ECの商品点数はポケットマルシェで1.5万点、食べチョクで5万点にもおよび、普段あまり見かけない珍しい品目・品種も多数並んでいます。しかも生産者、栽培方法やこだわり、品種の特徴、保存方法、おすすめ食べ方など様々な情報にアクセスできます。そのため、これまで出会えなかった食材と出会えたり、産地や価格だけではない基準で買い物ができます。

生産者から直接届くので鮮度も良く、食べものの裏側を知ることで、より一層おいしく感じたり、いつも以上に大事に食べようという気持ちになります。苦手で普段は口にしない子どもが〇〇さんのものなら食べた、根っこまで大事に料理した、という話もよく耳にします。食べた後には、感謝や感想、料理写真を投稿し、生産者もそれに対して感謝を伝えるなど、売り買いにとどまらないコミュニケーションが発生しています。

また、海水温上昇で稚貝が死んでしまった、台風で傷物が増えてしまったなどの生産者からの投稿やメッセージは、自然と向き合う生産現場を知る機会にもなっています。食べものはお金を払えば手に入れられるわけではなく、自然環境とそれと向き合う生産者がいるからだと気づき、だからこそ値上げしても買い続けよう、品質にばらつきがあっても今年は今年の味を楽しもう、といった理解のある動きが生まれています。

<エピソード一例>

ポケットマルシェnoteより

まとめ

前編では、産直ECがなぜ登場し、何をもたらしたのかについて整理しました。つづく後編では、産直ECの課題について整理します。

【後編へ続く】


*1:雨風太陽HP(https://ame-kaze-taiyo.jp/about/
*2:代表の秋元氏note(https://note.com/akirina/n/nfb62b00eb03a
*3:雨風太陽インパクトレポート(https://ame-kaze-taiyo.jp/impact/
*4:食べチョクプレスリリース(https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000272.000025043.html

 

【農家の本音 〇〇(問題)を語る】記事一覧

筆者

岸本 華果(元産直EC運営会社社員)

1996年生まれ。東京大学大学院農学生命科学研究科修士課程修了。
2020年12月から株式会社雨風太陽にて広報/PRのインターン、そのまま2022年4月に新卒入社。法人営業部門企画推進部にて自治体と連携した生産者支援・販売促進・関係人口創出の取り組みのディレクションを担当。2024年5月末に退職し、現在は今後の生き方を模索中。

 

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