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アメリカの除草剤ラウンドアップ(主成分名グリホサート)裁判について:よくあるご質問(FAQ)

食の疑問答えます

Q ラウンドアップ裁判では本当に“発がん性のある・なし”が争われているのですか?

A ラウンドアップの発がん性は裁判の重要な参考事項ですが、争点ではありません。裁判はそもそも、発がん性の有無といった科学的な評価をすることはできないし、科学的な評価を行う場ではないからです。ラウンドアップ裁判とは、被告の「不法行為」に基づく原告の「人身被害」の有無を争う損害賠償請求訴訟です。

つまりラウンドアップ裁判は、「原告(人)が病気になった人身被害」について、「その責任が被告モンサントの故意や過失(不法行為)にあるかどうか」を争うもので、被告が敗訴した場合、民事訴訟では「損害賠償金」を支払うことになります。この場合の原告が立証すべき過失とは、ラウンドアップの発がん性のある・なしではなく、ラウンドアップの製造責任者モンサントの過失によって不法行為が成立しているどうか、に限られます。

アメリカの裁判で過失はどうすれば立証されるのかというと、「注意(警告)義務の違反/怠慢」があったかどうか、です。その判定基準は、(1)被告の商品によって人身被害を被ったこと、(2)被告は商品がユーザーに危害を与える可能性をあらかじめ知っていた、(3)その注意を発する義務(商品ラベルに記載するなど)を怠ったことの3点において陪審員を民事訴訟の場合51%の心証割合で説得できれば、被告の過失による不法行為が証明され、賠償金を支払うことになるのです。

もちろん、裁判でラウンドアップの発がん性が議論されなかったわけではありません。原告側と被告側が複数の専門家を証人として呼び、証人は陪審員の前で発がん性についてまったく違う意見を述べました。陪審員は科学者ではないので、どちらの主張が科学的あるいは医学的に正しいかを判断することはできません。しかしながら、評決を出さないわけにはいかないので、「発がん性がある」という意見の方が信頼できると判断し、これに基づいて原告側の責任を認めました。

原告が勝訴したのは、ラウンドアップの発がん性を証言した証人の方を陪審員が信じたからです。だからといって、ラウンドアップの発がん性が科学的あるいは医学的に「ある」ことをアメリカの裁判所が認めたことにはならないのです。

Q ラウンドアップ裁判で発がん性の科学的評価は争われなかったにもかかわらず、被告モンサントの不法行為が認められ、敗訴したのはなぜでしょうか?

A ラウンドアップ裁判では何が立証され、なぜ農薬大手のモンサントが敗訴したのでしょうか。原告が勝訴した3つの裁判のうち、初めてモンサントに勝った「ジョンソン事件」(原告は学校の校庭整備の仕事で使ったラウンドアップが原因で悪性リンパ腫を発症したと主張。判決は賠償金3億ドル「約320億円」、後に7850万ドル「約86億円」に減額の支払いを被告に命じた)を例に見てみましょう。

原告側の主張は「ラウンドアップが被告のがんに影響を与えた可能性があり、その潜在的な危険性について被告は認識していたにもかかわらず、警告を発していなかった」に集約されます。

一方、被告側のモンサントは、「ラウンドアップに発がん性はないと認められているので、原告の健康状態との間に科学的な因果関係はない。因果関係がないのだから、危険性を故意に知らせなかった過失など存在しえない」という主張でした。

しかし、不法行為を争う裁判では、そんな「ないないづくし」の冷たい論戦の仕方では一般市民から選ばれた陪審員を説得することはできません。なぜならラウンドアップで人身被害を被った主張の立証責任は原告側に完全に委ねられてしまい、裁判を通して、モンサント側の発言機会がほとんどなくなってしまうからです。原告側の主張が続くなか、陪審員にラウンドアップのせいで病気になったと少しでも思われてしまえば負けてしまいます。

実際、裁判は原告側弁護士の独壇場となり、陪審員の感情を揺さぶるような証言、証拠を次々と繰り出しました。

作業中、薬剤タンクのホースが外れてラウンドアップを全身に浴びた日のこと、そのあとに末期がんに侵され、余命わずかと診断された日のこと、家族と安らかに過ごす人生の後半が奪われたことなど、原告の悲話が続く。その間、ラウンドアップの危険性についてモンサントに何度も問い合わせたが、一切返答はなかったといった事実も交える。被告の故意を浮き彫りにするためです。

そのうえで、医療関係者を呼び、「ラウンドアップを全身に浴びると、皮膚の細胞を貫通し、(細胞の)組織に入り込み、そしてリンパ系、最終的に血液に達します」「私の医学的確信において、職場や農場でラウンドアップに接触する人にとって、それは実質的ながんの原因であると思います」と証言させました。

そして、陪審員に原告ジョンソン氏の痛々しい病変の画像を見せながら、「彼が2020年まで生き残れる可能性はほとんどありません」と締めくくります。

あとは、その潜在的な危険性をモンサントは以前から認識していたのに、ユーザーに告知する義務を怠った「過失」やその「悪質性」を印象付ければ勝ち。とくに故意の悪質性が認められれば、賠償額は懲罰目的で高騰する傾向にあります。

原告側弁護士は過失と悪質性の根拠として2つの証拠を挙げました。1983年、モンサント社に納品された実験記録の内容(マウス実験でがんとの因果関係を示唆するものとされているが、原文未公開のため詳細は不明)と、グリホサートに発がん性がないと評価した米国環境保護庁(EPA)の担当者がモンサント社員と連絡を取っていたという“疑惑”です。化学物質のリスク評価は厳密な科学の作業であり、その方法と結果はすべて公表され、検証されるので、だれが行っても同じ結果になります。

また、リスク評価の世界では、規制庁、大学、企業をぐるぐる回る人事交流は日常的に行われていて、彼らの間で情報交換が行われたとしてもそれが不正を意味するものではありません。しかし、どちらも陪審員の心を動かすには十分な“疑惑”でした。

この2つの疑惑と、さらに国際がん研究機関(IARC)が「グリホサートにはおそらく発がん性がある」という発表を組み合わせ、モンサントは長年にわたって、グリホサートとがんの科学的な関連性を認識しておきながら、ユーザーに対して警告を発しなかったばかりか、会社ぐるみでその科学的な事実をも隠蔽してきた。その結果、死に絶えているのがジョンソン氏であり、ほかに同じ病に侵された数千人の人々がいる、と主張しました。

これに対してモンサント側は、世界の食品安全機関が一致してグリホサートには発がん性がないと証明している以上、モンサントが警告を発する必要性はなかったと主張しました。原告側は感情で勝負し、モンサント側は科学で勝負しようとしたのです。人間は科学ではなく感情で判断するという心理学を応用したのは原告側だったのです。

これで勝負あり。原告側弁護士のほうが陪審員の心を掴むのに長けていたというわけで、陪審員は全員一致で原告の主張をすべて認定したのです。

Q アメリカでラウンドアップ訴訟の原告数が急増しているのはなぜですか?

A モンサントを買収したドイツ製薬大手バイエルは2019年10月、ラウンドアップをめぐるアメリカ国内における訴訟が、7月から10月までの間に原告数が4万2700件まで急増したと発表しました。7月の時点では1万8400件だったので、2倍以上に増えていることがわかります。

急増した理由は簡単で、ラウンドアップ裁判の原告を募集するテレビCMが急増したからです。その広告費は3カ月間(2019年7月からの9月)だけで50億円を超え、2019年上半期(6カ月)を通じた額と比べ倍増しています。広告の出稿回数が増えただけ、応募者数も増えたのです。ラウンドアップの危険性とは何の関係もありません。

ではなぜ、広告費が急増したのでしょうか。テレビCMが急増し始めた7月の前月、あることが起こりました。被告のバイエルが原告と和解するのではないかとの噂が訴訟業界に広まったのです(バイエル社は否定)。とくに和解金の額に注目が集まりました。訴訟マーケット専門のアナリストが弾き出した推定額は、最低60億ドルから最高200億ドルという膨大な金額でした。

和解金の分け前を成功報酬として手に入れようと思えば、弁護士は和解前に原告をできるだけたくさんかき集めなければなりません。いわゆる駆け込み需要を取り込むために、広告への投資額が急増したのです。

テレビ広告をみて応募した原告にとってみれば、失うものは何もありません。「そういえばガンで亡くなった夫が庭でラウンドアップを使っていたなあ」と思い出し、コールセンターに電話し、求められた必要書類を提出するだけ。あとはいくら和解金が当たるか結果はお楽しみです。

和解金欲しさにラウンドアップ裁判に群がっているのは、弁護士や原告だけではありません。弁護士に広告資金を融通するファイナンス会社や訴訟専門のマーケティング会社の存在も見逃せません。

とくに今回、原告数が急増した背景として、大手の訴訟マーケティング会社が果たした役割が大きいといわれています。多額の広告費を投入したのです。

訴訟マーケティング会社の業務は、裁判の原告志願者という弁護士にとって金になる“見込客”名簿を収集することです。集めた名簿は、和解金の相場や原告としての価値にもとづき、一人当たり数百ドルから数千ドルで弁護士に販売されます。

原告の値段は、商品(例:ラウンドアップ)の使用履歴・頻度、現在罹っている病気の種類、深刻度等などをもとに、使用と被害の関係レベルの高さによって値付けされています。

原告は知らないうちに完全に商品化され、売買されているのです。

仮に原告一人当たり30万円で1万人分のリストを販売できれば30億円の売上です。広告等に10憶円のコストを投入したとして、20億円の暴利です。

資金やノウハウのない中小の弁護士事務所ではこうはいきません。突然、和解金相場があがったからといって、急に何億円もの広告は出すことはできません。しかし、それでは商機を逸してしまいます。

そこで今回のように投資リスクをとるのが訴訟マーケティング会社なのです。そのおかげで、弁護士は宝くじを買うように少額で原告候補リストを購入できる仕組みがアメリカでは成り立っています。安くリストを買って訴えた結果、何千万円もリターンがえられれば大儲けです。

一方、マーケティング会社は多数の弁護士事務所を顧客に持つことで、広告費が投資倒れにならないようにしています。毎月定額の会費を支払う事務所だけ一定のリストを渡す契約を結ぶなど、囲い込み戦略をしています。

サービス体系も様々です。買ったリストの人物がウソをついていたり、偽の書類を提出していた場合、弁護士事務所に対してクーリングオフなど返品サービスを提供する会社もあるほどです。

ラウンドアップ裁判以前に、和解金マーケットにおいて、このような緻密な投資と分配システムがあるからこそ、短期間の間に原告数を急増させることが可能なのです。

Q アメリカのラウンドアップ裁判は“訴訟ビジネス”と関係していますか?

A “訴訟ビジネス”という言葉をご存知でしょうか。日本人には聞きなれない言葉ですが、アメリカではよく使われています。弁護士の数が圧倒的に多く、日本の3万数千人に対して、アメリカは100万人以上。彼らが食べていくためには訴訟の種を自ら掘り起こしていく必要があるのです。懲罰的賠償という独自制度により弁護士の成功報酬がケタ違いになることもラウンドアップ裁判の訴訟ビジネス化に拍車をかけています。

実際、ジョンソン事件の原告弁護士の一人、リッツンバーグ氏は「私の専門は発がん性商品の不法行為を問う訴訟案件だ。担当していたがん関連裁判が一息ついたので、事務所にとって次の大きな獲物を探していた。そんなとき、国際がん研究機関(IARC)によるグリホサートに発がん性がある(2015年の「おそらく発がん性がある」グループ2Aへの分類)との報道を知った。そこで、製造元モンサントを相手取って裁判を起こすことを決め、(原告の)一般公募を開始した。そして現在、2000件の訴訟を起こしている(2018年8月20日現在)」と取材に対して答えています。

つまり先に深刻な人身被害があって、その救済のために訴訟を起こしたわけではないのです。IARCの判断を受けて多額の賠償金が取れそうな案件を見つけたので、訴訟を起こすためにラウンドアップに長年接触した原告を探した、という流れです。

リッツンバーグ氏の原告募集サイトでは、現在もネット広告からテレビ、ラジオCM、YouTube広告を活用して応募を募っていて、「もし、あなた自身あるいは愛する人がラウンドアップに接触したことがあれば、補償される権利を有するかもしれません」 「ほかの多数の弁護士事務所も同様の広告を出していますが、モンサントを相手取ってラウンドアップ裁判に集中できる弁護士は私を筆頭に数人しかいません」といった宣伝コピーが躍っています。

イケメンのリッツンバーグ氏がメディアに露出しながら世論も味方につけ、賠償金の相場観を上げながら、集まった原告一人ひとりを勝訴に導いていく。最後は、背後に控える膨大な原告数を武器に被告の農薬メーカーに圧力をかける。そして、一気に巨額の集団賠償金や和解金を引き出そうという訴訟ビジネスによくあるビジネスモデルを実践しています。

リッツンバーグ氏は判決後、所属していた法律事務所から独立。ラウンドアップ裁判をメイン商材にしたがん訴訟専門事務所を設立し、モンサントに対して新たな訴訟を次々と起こしている訴訟ビジネスの成功者です。「ジョンソン事件」の判決は約86億円。弁護士の成功報酬を20%とすると、彼は1つの裁判で約17億円もの大金を手にするのです。

Q ラウンドアップ裁判で巨額の懲罰的賠償金支払いを命じる判決が出ているのはなぜですか?

A アメリカのカリフォルニア州でがん患者がモンサントを相手取って、巨額の賠償金を求める裁判が続くなか、これまでに民事裁判で3件の評決が出ています。いずれも原告が勝訴し、陪審団がモンサントに支払いを命じた損害賠償額は総額2500億円を超えます。その後、裁判官がその額を不当と見なして3件とも減額され、総額約210億円。被告のモンサントがすべて上告しているため、実際に支払われてはいません。

なぜ賠償額がこれほど巨額になるのかというと、大きく2つの理由があります。まず弁護士の専門サイトを見ると、彼らはこぞって発がん性商品らしきものを販売している企業の毎年の営業利益を調べていて、この営業利益が賠償金請求額の元金になります。モンサントは独バイエルに買収されたことで営業利益が増大し、賠償金の元金も跳ね上がった。この点も日本の報道では全く触れられていません。

ラウンドアップが原因でがんを発症したとしてカリフォルニア州の夫婦が賠償を求めた訴訟の判決が2019年5月にあり、陪審員はモンサントに約20億ドル(約2200億円)の賠償金支払いを命じる評決を下しました。20億ドルの根拠は何かというと、原告ががんを発症した年のモンサントの営業利益が約9億ドルだったことです。請求相手として申し分ありません。収益性の高い農薬・GM種子大手であるばかりか、親会社にはさらに巨大な化学企業のバイエルも控えていて、訴訟コストに対し、勝訴したときに大きなリターンが期待できます。

ターゲットの支払い能力を見極めたうえで、10億ドルを陪審員から引き出した弁護士ブレント・ウィズナー氏はインタビュー記事で巨額賠償を勝ち取ったカラクリを明かしました。

「私は実際に10億ドルを要求したわけではありません。原告がラウンドアップを使用した最後の年、モンサントの利益が8億9200万ドルであることを陪審団に示し、こう申し上げました。『あなた方は原告にがんを引き起こしたモンサントに対し、いくらの懲罰を下すべきか。彼らの利益額以上であるべきです」

実際の損害とはなんの関係もない。完全な誘導尋問ですが、陪審員の感情を揺さぶり、ある種の良心に訴えるには十分でした。人として営業利益額以下は書きにくい。そして、弁護士が誘導した額を判決文に書かせることに成功したのです。この勝訴で、ウィズナー氏は一躍「全米トップ弁護士100人」に選出されました。彼もまた訴訟ビジネスの成功者の一人です。

Q ラウンドアップ裁判の被告“モンサントが孤立無援”というのは事実ですか?

A 被告のモンサント(現在は独バイエルが買収)は孤立無援のように見えて、そうではありません。アメリカには全米の生産者団体と農業州の共和党議員という一貫して農薬メーカー側を支持する2大勢力が存在しています。

全米の生産者団体はラウンドアップ問題が始まって以来、農薬メーカーと共に戦ってきました。戦う相手は大きく分けて、農業への規制強化を推進する民主党左派やその支持基盤である反バイオテクノロジー(反GM・反農薬)活動家グループ、次にラウンドアップをネタに荒稼ぎする訴訟ビジネス弁護士、そしてカリフォルニア州の規制当局です。

アメリカの生産者にとって、この戦いはラウンドアップという一商品を擁護するかどうかの問題ではありません。主成分にグリホサートを使った除草剤は国内750商品以上あり、登録メーカー数は20社以上。農薬メーカーが所定の手続きに沿って審査をクリアし、登録された除草剤がある日突然、非科学的な裁判のせいで使えなくなったらどうなるか。生産者にとって死活問題だからです。現実に雑草処理ができなくなり、収量は大幅に減る。損失は計り知れず、このままでは農業で食えなくなる日がやってくる。そうならないために、戦う以外の選択肢はないのです。

さらに大きな問題は、全米でもっとも使用されている除草剤のラウンドアップがなくなると、ほとんどの遺伝子組換え作物(GM)の栽培ができなくなることです。現在栽培されているGMの8割が「ラウンドアップレディー」と呼ばれる種類で、ラウンドアップを散布しても枯れません。ですから雑草だけを簡単に効率よく枯らすことができるのです。ラウンドアップをなくすことはラウンドアップレディーをなくすことであり、GMの8割をなくすことにつながるのです。

経済損失の試算も出ています。食品農業政策センター調べによると、除草剤が使えなくなった場合、米国の穀物農家の収入損失は年間210億ドルに上るといいます。別の機関「アメリカ雑草科学学会」の調査では、北米のトウモロコシ及び大豆生産に限っても経済的損失は430億ドルになるという推計を発表しました。GMの大部分をなくすことは世界の食料の安定供給にも大きな影響を与えるでしょう。

共和党系の政治家たちも「憲法違反だ」と生産者団体を支援する声を上げています。2018年2月の判決では、表示義務の仮差し止めを求める原告側生産者団体の主張を認め、保守派の裁判官は判決の中で「グリホサートが実際にはがんを引き起こすことが科学的に証明されていないという事実の重さを考慮すると、要求されている表示は事実上、不正確であり、誤解を招くものである」と述べています。この判決は日本でほとんど報道されませんでした。

どんな生産者団体が戦っているのでしょうか。代表例はカリフォルニア州を相手取った裁判の原告代表は全米小麦生産者協会(NAWG)で、主要小麦生産州20州に支部があり、首都ワシントンDCにもロビー事務所を構える農業界を代表する団体(※1)です。

さらに、死活問題なのは農家とメーカーだけではないため、農業資材の業界団体や商業系の団体(※2)も多数原告に入っています。農業資材の卸、小売業者も裁判に加わっています。

※1 モンサントと共に原告に加わったNAWG以外の全国団体は、米国デュラム小麦生産者協会、全米トウモロコシ生産者協会が名を連ねている。その他、州別の生産者団体3組織(ミズーリ州ファームビューロ、ノースダコタ州穀物生産者協会、アイオワ州大豆協会)
※2 米国の農薬業界団体クロップライフアメリカや農業資材の州別団体アイオワ州アグリビジネス協会、サウスダコタ州アグリビジネス協会のほか、モンサントのお膝元ミズーリ州の産業団体、商工会議所

Q 原告勝訴の裁判がカリフォルニア州ばかりなのには何か理由があるのですか?

A カリフォルニア州は、アメリカ国内でも突出した超リベラル州であり、過激な消費者運動や環境保護運動のメッカ。そして、裁判に影響を与える州の司法長官から裁判官まで、多数派がリベラルな民主党員ばかりです。とくに社会主義的な民主党左派となれば、バイエルといったグローバル企業に対する偏見も大きい。

超リベラル州カリフォルニアでのラウンドアップ規制の強化はIARCのグループ2A入り発表と反GM(遺伝子組み換え作物)団体の声に押されたものであり、GM作物の栽培がほとんど行われていないため規制をしても大きな問題は起こらず、むしろ政治家の評判が高まると次の選挙を意識したポピュリズムで判断した結果ともいえます。

そのため農業が盛んな中西部等の保守州生産者からすれば、カリフォルニア州はトンデモ規制や判決が生まれる場所という悪評が定まっている州なのです。ラウンドアップがないと農業が成り立たない中西部等の米国穀物地帯では、政治家や政府は反GM団体の要求に応えていませんし、訴訟も急増してはいないのです。

そして、敗訴したラウンドアップ裁判に対する米国農業界の反応は、「農業界ではよく知られているように、カリフォルニア州が新たな訴訟に手を出したら最後、全米の農業が破滅の道をたどることになる」 と断固闘う決意を固めて実践している状況です。

ただし、訴訟件数の増加とともに、ラウンドアップ訴訟を裁く裁判所はカリフォルニア州以外にも広がることになり、次の裁判はミズーリ州セントルイス市で行われることになっています。ここはモンサント社の本社が置かれていた土地です。裁判はすでに出されている判決(判例)を参考にするので、残念ながら裁判の場所が変わったからといって判決が大きく変わることはないと考えられます。

Q アメリカ生産者団体の戦いがラウンドアップ裁判の潮目を変える可能性はありますか?

A 生産者団体の必死な戦いの結果、これまで農薬メーカーが劣勢だと思われてきたラウンドアップ裁判の潮目が変わるきっかけになりそうな動きが出てきています。カリフォルニア州を相手にした裁判では、原告の農業団体側が実質的に勝訴しました。どんな裁判だったのでしょうか。

ことの発端は2017年7月、カリフォルニア州環境保健有害性評価局(OEHHA)がラウンドアップの主成分グリホサートを「発がん性のある有害化学物質リスト」に追加したと発表したことです。そのリストに掲載されると、同物質が含まれる製品をカリフォルニア州内で販売する際、企業はパッケージに「本商品はがんを引き起こすとカリフォルニア州に知られる物質を含んでいる」という警告表示が義務付けられてしまいます。

この規制は、悪名高いカリフォルニア州法プロポジション65(1986年安全飲料水及び有害物質施行州法)に基づきます。何が悪名高いかといえば、科学的根拠に乏しいだけではなく、乱用されている点。例えば、2018年にリストに追加された物質はなんとコーヒーです。冗談みたいな話ですが、焙煎した際、アクリルアミドが発生するからだといいます。

警告表示が求められるのは商品だけではなく、指定された物質が発生する場所や飲食物が提供される場所でも警告表示しなければいけません。つまりコーヒーをリストに入れたことで、喫茶店でも発がん性の表示義務が課されるわけです。それはおかしいということで、スターバックスらが州と争った結果、なんとか法的義務は免れる判決が下されました。

ディズニーランドやカフェなら「これがカリフォルニア州のトンデモ法律か!」と少しは笑って済まされますが、もともと健康に悪いイメージがある農薬に発がん性の警告表示が義務付けられては、ただでは済まされません。農薬の営業妨害になるだけではなく、それを使った農産物に対する風評被害が広まり、取り返しのつかない事態が想定されます。

黙って見過ごせないと生産者団体は2017年11月、OEHHA局長とカリフォルニア州司法長官を相手取り、表示義務の仮差し止めを求める訴訟を起こしました。2018年2月に下った判決文には、「カリフォルニア州が企業にがん警告を強制する場合、警告は事実に正確で誤解を招かないものでなければならない」「グリホサートが実際にはがんを引き起こすことは知られていないという証拠の重さを考慮すると、要求されている表示は事実上、不正確であり、誤解を招くものである」とあります。

まさにギリギリのところで原告側が求めていたラベルへの警告義務の仮差し止めは受け入れられたのです。判決の直後、原告代表の全米小麦生産者協会の会長は「今回の仮差し止め命令は米国農業界にとっての勝利です」とコメントしました。

そしてついに、米国環境保護庁(EPA)は2019年8月、カリフォルニア州のグリホサートに対する規制を無効にする措置を発表しました。カリフォルニア州のグリホサートに関する発がん性物質認定を「誤り」とし、「商品に発がん性について表示すること自体を禁止する行政指導」を発したのです。EPAの長官は今回の措置を行なった背景を「EPAとして、グリホサートに発がんリスクがないことを知っているにも関わらず、(カリフォルニア州が)不正確なラベル表示を要求することは無責任である。我々はカリフォルニア州の欠陥制度が連邦政府の方針を左右するようなことは認められない」と説明しています。

以上のように、ラウンドアップのユーザーである生産者が立ち上がることで、状況を変えることは可能なのです。

Q どうしてラウンドアップが裁判の標的にされているのでしょうか。反GM運動と関係ありますか?

A 大いに関係があります。除草剤ラウンドアップの発売は1974年。主成分グリホサートはほとんどの種類の雑草を除草でき、散布すると短時間で土壌に吸着され、微生物により分解されて消失するので、環境汚染の可能性が少なく、適切に使用する限り人の健康被害もありません。

発売から約20年間、ラウンドアップは世界160カ国以上で広く使われ、その安全性が問題にされることは一切ありませんでした。しかしその後、ラウンドアップの運命が激変するきっかけは1996年に始まったGM(遺伝子組換え作物)の商業栽培でした。

最初に栽培されたGM作物はモンサントが開発した「ラウンドアップレディー」(ラウンドアップ耐性)と呼ばれるもので、ラウンドアップを散布しても枯れない性質を持った大豆やトウモロコシでした。農業労働の大きな部分を占める除草が簡単になるため、ラウンドアップレディーは世界中に広がり、GM作物の多くを占めるようになりました。

ところが、GM技術には当初から反対運動がありました。そもそも「遺伝子は神の領域であり、人間がこれに手を付けることは許されない」という神学的な反対、「自然ではない遺伝子が入っているものなんか食べたくない」という感情的な反対です。

反GM団体の標的になったのはラウンドアップレディーでしたが、これは厳しい審査を経て承認されたもので、安全性に疑問を持たせる材料に乏しかった。そこで目をつけられたのがラウンドアップだったのです。これを潰せばラウンドアップレディーも潰せるだろうという目論見があり、「発がん性がある」、「ラウンドアップレディーは危険」といったプロパガンダ映画が次々作られました。同様の内容の単行本も多数出版され、さらにそれがSNSなどを通じて拡散し、多くの人の“間違った認識”が形成されてしまったのです。

それに一役買ったのが、フランスのジル・セラリーニ教授の2012年2月の発表です。

「GMO(ラウンドアップ耐性トウモロコシ)と、ラウンドアップによりラットの乳がんが増加した」という発表は、乳がんを患ったラットの衝撃的な写真で関心をひき、論文発表と記者会見を同日に行う計画的なものでした。さらに図ったように、同月に宣伝映画である「世界が食べられなくなる日」の上映が開始されました。

セラリーニ論文はその後、実験例数の不足と、不適切な実験動物を使用したと判断され、ジャーナルへの掲載が撤回され、科学的には否定されましたが、メディアはそれを報じませんでした。別のジャーナルがこの論文を掲載し、今でもインターネット上ではセラリーニ論文が読め、反GM、反ラウンドアップ派の材料や引用元に使用されています。

反GM団体の活動やセラリーニ論文の影響はしかし、そこまで大きくはありませんでした。やはり2015年に国際がん研究機関(IARC)が、ラウンドアップを「おそらく発がん性あり」のグループ2Aに分類したことをきっかけに、世界規模での風評が加速し、訴訟ビジネスの種となるラウンドアップ裁判の増加を招くことになるのです。IARCの責任は大きいと言わざるを得ません。

回答者

唐木英明(公益財団法人食の安全・安心財団理事長、東京大学名誉教授)
浅川芳裕(農業ジャーナリスト、農業技術通信社顧問)

編集担当

清水泰(有限会社ハッピー・ビジネス代表取締役 ライター)

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