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第8回 種苗法改正時に標的となった民間企業のコメ育成者が語る【種苗法改正で日本農業はよくなる】
農家は遺伝的に能力が高い品種を環境の整った農場で栽培することで、高品質の農産物を最大収量で生産できる。そして収穫期の早い品種から遅い品種をそろえることは大規模化が進む中で作業効率化の鍵となり、生産・販売ロスを最小限に抑えるには栽培地域での病害虫抵抗性、気象変化への耐性、さらには消費マーケットに合った品種が必要になる。したがって品種の選択肢が増えることは農家にとって実はメリットしかない。にもかかわらず、種子法廃止や種苗法改正の論議で何かと標的とされてきたのが、三井化学アグロの「みつひかり」や、日本モンサントの「とねのめぐみ」などの民間育種の穀物である。民間の穀物品種育成者・企業は種苗法改正に何を思い、何を語るのか。
民間企業の種子が乗っ取る状況にはない
主要農産物種子法(種子法)廃止時も、種苗法改正においても、三井化学アグロの「みつひかり」は民間のコメ品種の一つとして反対派からの批判にさらされた。同社営業本部国内マーケティング部の吉村明氏に話を聞いた。
種子法は2018年に廃止された。それまでは、育成者(国、都道府県、民間)により開発された登録品種の中から、各都道府県が奨励品種(コメ、ムギ類、大豆のみ)を決定し、その奨励品種の種子(原原種、原種)の生産を行い、圃場や生産物の審査などを実施していた。そのため、種子法が廃止されることで「民間企業に種子が乗っ取られる」などの論調も出てくるようになった。
しかし、みつひかりは2品種(みつひかり2003、みつひかり2005)とも2000年に登録されており、種子法廃止以前から委託先の農家で原原種、原種を生産し、独自の品質基準をもって農家へ種子供給を行なってきた。種子法の廃止に伴い、種子の品質の確保は、種苗法に基づき指定種苗の生産等に関する基準の遵守状況の確認によって行うこととなった。種苗法の改正事項には含まれていないため、そのまま基準が適用される。
ただし、同社の場合は種子法廃止前から使用している品質基準が法令を遵守していたため、同じ基準を継続して使用し、種子生産・流通を継続している。
「もちろん、農水省から事前に法改正について打診はないですよ。2000年の品種登録以降、地道に活動を続けています」
種苗法改正についても、そもそもみつひかりはF1品種(ハイブリッドライス)のため、自家採種した雑種第2代子世代では形質が不均一になって経営上のメリットがなく、農家は毎年種子の更新(購入)が必要である。
「自家採種をしてみた方がいましたが、翌年の悲惨な結果を見て、やっぱり毎年買わないといけないな、とおっしゃっていました」
現在種子を販売しているのは、日本晴系統で牛丼など業務用米などに採用されている「みつひかり2003」と、コシヒカリ系統で家庭消費用にも販売され、農家個人のプライベートブランドとして売り出す人もいる「みつひかり2005」である。両品種とも育成者権はすでに消滅している。つまり、種子法が廃止されても種苗法が改正されても、みつひかりに何か有利な状況が生まれたわけではない。
種子と農薬のセット販売はしていない
作付面積は2014年以降、1500ha前後で大きな変動はない。しかし、産地品種銘柄については福島県、山口県の2県が加わり、20県となった。同氏の言葉の端々から、きめ細やかなフォローやアドバイスを農家に提供していることが見て取れる。
「みつひかりは慣れると作りやすいんですが、一般的な品種と特性が違うので理解が必要なんです。栽培現場にはフォローが必要なんですが、人員が十分ではありませんので、作付面積を思いきって増やせないという事情もあります」
また、同社は種子と農薬をセットにして販売しておらず、一品種としてみつひかりを選んでもらえるよう努めていると話す。
高額種子も経営目的に合えば農家は選択
F1コメ種子の生産技術は非常に難しく、社内でも苦労しているほど手間がかかるという。
「委託先の農家で、自分でも作ってみたいという方もいますが、説明するとこんな面倒なら種を買った方がいいなとおっしゃいますね。高い種ですが、農家の皆さんには理解して買ってもらっています」
では、種子代が高くても農家が購入するメリットは何だろうか。収量の高さもさることながら、大規模経営において、刈り取り適期の幅が非常に広く、作期の分散ができることが大きい。穀物の種子が次第に発育・肥大する登熟状態から1カ月後でも品質に変化がないことがわかっているため、刈り遅れの心配がない。
また、水管理に関しても2週間以上、降雨がない場合には、サラッと水を流す程度でよく、ある程度ほったらかしにできる。
「いい品種なんですが、現場を回るとみつひかりの本当の能力はどんなもんなんだろうって、どれが本物のみつひかりなのかなって」
この言葉が意図するところは、毎年10a当たり15俵を収穫する人もいれば、10俵に届かない人もいるように、産地や農家によって相違があることだ。
「10俵の人に、籾数が足りないからもっと肥料を足すように提案すると、倒伏(とうふく)が嫌で、収量より低リスクで安定していた方がいいからこのままでいいよとおっしゃる方もいます」
継続的にみつひかりを栽培している農家は、収量が高いという理由だけではなく、経営の中でみつひかりの位置付けを定めて活用している人が多い。
「経営面積が大きい方は、一番最後に収穫する品種としてみつひかりがあると、経営が楽になるのではと思っています」
種子購入の決定権は生産者
もう一人、日本モンサント時代にコメの登録品種「とねのめぐみ」を開発したアグリシーズ山根精一郎氏にも話を聞いた。
「とねのめぐみ」には、作付けがやめられなくなるなど厳しいライセンス契約があるといわれることがありますが、そのようなものはありません。また、高い値段の種子を買わされて生産者の経営が悪化するという話もありますが、生産者は高い値段の種子を買って利益が出なければ、その種子を買うことはしませんので、そのようなこともあり得ません。生産者は自分の経営を考え、利益があれば高い種子を買うことを選ぶかもしれませんが、損をしてまで高い種子を買ったりはしません。
種苗法の改正後でも、これまで通り生産者に品種を選択する自由があります。同時に、改正により育成者が新品種を開発するモチベーションを維持できることも大きいと思っています。イネの場合、品種開発に最低でも5、6年を要し、また基礎研究も必要です。育成者は1品種に1億円以上を投資し、新品種を開発していますが、その費用のリターンがなければ、品種開発を続けられないでしょう。そうなると、生産性が高いなど優れた特長を持った新品種の開発が進まず、農業の衰退につながってしまいます。
*この記事は、『農業経営者』(2020年9月号)の【特集】種苗法改正で日本農業はよくなる! 「後編 品種の権利侵害と民間育種の実態に迫る」を、AGRI FACT編集部が再編集した。