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第4回 「日本の食が危ない!」は正しいのか? 10の感想(その1)【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】
大きな論点について触れる前に、感想めいたことをいくつか述べたい。
感想1
かなりの点で事実関係に間違いがある。細かい点を挙げれば、この記事と同じ分量の批判記事になってしまうので、いくつか大きなところを挙げる。
まず、戦後の農政の歴史について、立派な学術論文が出ているのに、マスコミで流布しているアメリカ悪玉論を信じてしまっている。食の安全やミニマムアクセスなど、特定の信条や利益を持った人や団体の主張や伝聞情報(聞く、言われるなどという形で言及)を十分検証することなく記述している。
中国の爆買いという主張自体怪しいものだが、今も昔も日本は小麦を買い負けてはいない。小麦輸入の上位3カ国はどこか知っているのだろうか? 日本が買い負けることはない国だ。農林水産省が小麦を輸入できないという情報はどこにもないし、あり得ない。
国内の農地は法律上買えないのに、外国資本をはじめとする民間企業が農地を買い漁っているというのは、本当だろうか? 農地法違反が大々的に横行し、それを農業委員会や農水省が放置しているかのようだ。買い漁っているなら、規制改革会議で農地法の規制緩和をする必要はないではないか? 国家戦略特区で企業の農地取得が認められた養父市でも、農地を取得して農業を行っている企業は少ない。
また、中国人が離島の土地を購入したからといって、漁業権が中国人の手に渡ることはない。所有権と漁業権は別物だ。
感想2
世界貿易の現状と各国政府の行動を理解していない。これは、日本だけではなく、世界の専門家といわれる人たちにも当てはまることだ。穀物価格が上昇すると中国が爆買いをして、それが落ち着くと誰も中国の爆買いなど言わなくなるのは、専門家としてどうだろうか? 中国の一人当たりの食肉消費量はすでに日本をかなり上回る水準に達しており、その人口は高齢化し(胃袋の縮小)、減少していく。中長期的に見ると中国が食料価格上昇の大きな原因になるとは考えられない。
しきりにアメリカが穀物を武器として使うと主張しているが、それはまったくあり得ない。インドの輸出制限とはまったく事情が異なる。アメリカは、輸出制限をしないし、できない。これについては、正しいファクツと理解を紹介したい。
感想3
各国の政策についての認識が間違っている。日本は価格支持を廃止してはいない。それどころか、近年強化している。
EUは、1993年のマクシャーリー改革で、支持価格を大幅に引き下げて直接支払いを導入した。支持価格の水準が下がったので、農産物買い入れの可能性は少なくなり、価格支持の役割は大幅に低下している。今もEUは市場価格が支持価格を下回ると農産物を買い入れて、輸出補助金をつけてダンピング輸出しているのだろうか? EUは2015年、ナイロビのWTO(世界貿易機関)閣僚会議で輸出補助金即時撤廃に合意した。EUこそ実質的に価格支持を廃止したと言ってよい。
アメリカの農業政策の基本的な柱は、最低価格保証的な水準を下回るとCCC(商品金融公社)への担保農産物を質流れしてその価格相当の手取りを確保するというローンレート制度、市場価格や収入が農家の所得補償的な一定水準を下回ったときに一部を補てんする価格損失補償と農業リスク補償(事実上不足払いの流れを汲むもの)の二つだ。
日本はどうか?
一定の価格を下回ると補てん(不足払い)するものに、加工原料乳(生産者経営安定対策事業)、肉用子牛、牛肉・豚肉(マルキン)、野菜、5品目(麦、大豆、テン菜、でん粉用バレイショの4品目と米についてのナラシという対策)がある。加工原料乳は2001年から新設したもので、マルキンは、肉用子牛の不足払いがあるので本来二重支払いとなるため、法律ではなく予算措置で隠れて実施していたものを、TPP(環太平洋パートナーシップ)対策で法定化してしまったものだ。
2019年に導入した農業収入保険制度は、アメリカが導入した保険制度に倣ったもので、価格の下落、災害等により過去の一定期間の収入を下回った場合、原則8割以上の収入を保証するものだ。これは実質的には不足払い制度を変化させたものだ。だから、この制度を選択すると、麦、大豆等の不足払いは受けられない。
EUの直接支払いに似たものは、加工原料乳、麦、大豆、テン菜、でん粉用バレイショの4品目(ゲタと言っている)にある。
加工原料乳と、2007年度からの品目横断的経営安定対策のうち、麦、大豆、テン菜、でん粉用バレイショの4品目については、ゲタとナラシの二重の保護であり、アメリカの不足払い(発動されるかどうかは市場の価格次第で未定)とローンレートの組み合わせよりも手厚いものとなっている。
要するに、日本は、EUの直接支払いとアメリカの収入保険(価格と所得の補償制度)の両方の政策を持っているのだ。極めて手厚い保護である。
日本にはさらに強力な価格支持政策がある。供給を制限して価格を一定に維持する米の減反だ。減反は、アメリカもEUも廃止した。日本は、半世紀以上も対象農地の4割も、減反を継続している、不思議な国である。
感想4
食の安全性に関する政策について、基本的な知識が欠如している。後述するが、食の安全についての政策の仕組み、ADI(一日摂取許容量)と個別品目の残留農薬値の関係を理解していない。TPP交渉を批判したときも、(おそらくはJA農協からの情報提供を受けて)同じ主張を行っていた。
TPP交渉のときは、日本の高い安全性基準がアメリカと同程度に低下させられると主張していたが、今は日本の安全性基準が低いと主張している。遺伝子組換え食品についても、アメリカと同様の規制に緩和されると主張していたが、その後、アメリカは日本と同様の規制を採用した。アメリカが日本並みに規制を強化したのである。日本ではなく、アメリカが変わったのだ。
【おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する】記事一覧
筆者山下 一仁(キヤノングローバル戦略研究所 研究主幹) |
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※『農業経営者』2023年5月号特集「おいおい鈴木君 鈴木宣弘東大教授の放言を検証する」を転載