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第1回 アメリカ産のプレハーベスト小麦 健康悪影響説をファクトチェックしてわかったこと【アメリカ産小麦は安全か】

食と農のウワサ

アメリカで流布している環境系ライターの主張

アメリカの小麦農家が一般的に除草剤ラウンドアップを収穫前に乾燥剤として散布している(プレハーベスト)ことが原因で、小麦に関連した病気が増加している。

ファクトチェックの結果わかった正しい情報

除草剤ラウンドアップ(有効成分グリホサート)は、小麦の収穫時期を変えるための乾燥剤として使用されることがあるが、アメリカでは一般的ではない。

明らかに間違っている情報

グリホサートが消化器系の病気の原因になっているという主張は、信頼できる証拠や正確に報告されたデータに裏付けられていない。

拡散する誤情報の発信源

2014年11月13日、ウェブサイト「Healthy Home Economist」は、収穫時期を調整する目的で収穫前に除草剤ラウンドアップ(有効成分グリホサート)を散布したアメリカの小麦を摂取すると、消化器系の病気にかかるリスクがあるとする環境系ライターで活動家のサラ・ポープ氏の記事、タイトルは「小麦が有害な本当の理由(グルテンが原因ではない)」を掲載した。
この記事はネット上で拡散され、彼女の記事をもとに同様の懸念を示す情報が多くの人の目に留まるようになった。ポープ氏はアメリカで小麦に対するアレルギーや消化器系の問題を抱えている人から、休暇で訪れたイタリアでパスタを食べても全く症状が出なかったというメールが届いたり、小麦を食べると子供に自己免疫反応が出ることがあるのに、なぜそうではないのかと困惑している親御さんたちの様子を伝えている。収穫前に除草剤を散布する「プレハーベスト」と呼ばれる小麦の収穫方法では、コンバインで収穫する数日前に小麦畑にラウンドアップを散布する。枯れた小麦は農機への負担が少なく、早く楽に収穫できるからだ。

プレハーベストに関する詳細はこの記事を参照

収穫前の小麦畑の乾燥剤としてラウンドアップを使用することは、農家にとってはコスト削減になり、利益を増やすかもしれないが、大量のラウンドアップを吸収して粉砕された小麦の実を最終的に食べる消費者の健康には壊滅的な影響がある、と主張している。

イタリア産パスタの小麦は40%が海外産

アメリカ人の旅行者がイタリア産パスタでは体調を崩さないというエピソードは、イタリア産パスタの原材料である小麦にグリホサートが散布されていないことを前提にしている。しかし実際には、イタリアはパスタに使用する小麦の40%を海外から輸入しており、その中にはグリホサートが使用されているものも含まれている。したがって、イタリアパスタのエピソードには論理的整合性がとれない。

グリホサートのプレハーベスト使用はごく稀

グリホサートは、世界で最も多く使用されている除草剤の有効成分であり、遺伝子組み換えによるグリホサート耐性作物の普及により、世界の農業システムに欠かせないものとなっている。従来の除草剤の使用方法は、広範囲の除草剤として、作物を植える前に散布して圃場を整地するか、グリホサート耐性のある作物に適用する場合は、植え付け後の維持管理用として使用される。しかし、これらの使用方法は、植物の水分喪失率を高めて収穫時期を変えることを目的としたプレハーベストの「作物乾燥化」とは異なる。懸念されるのは、収穫の7〜10日前に使用することで、収穫時期に近いため、最終製品にグリホサートが微量とはいえ残留することである。

グリホサートは確かにこのような目的で使用されることがあるが、その必要性は栽培されている作物とその環境条件によって決定される。しかし、この用途のために特別に設計された他の化学物質があるため、グリホサートの使用はプレハーベスト作業の第一候補ではない。
特別に設計された乾燥剤は、作物や雑草の地上部の成長を速やかに抑え、急速に乾燥させて早期収穫を可能にする収穫管理ツール。乾燥剤は長期的な雑草防除にはならず、水分が残っていると、雑草と作物の両方が再成長し始める可能性がある。
収穫前のグリホサート散布は、一般的に多年生雑草の防除に使用される。

ポープ氏は記事でこう断言している。
アメリカ農務省によると、アメリカのデュラム小麦の99%、春小麦の97%、冬小麦の61%が、収穫作業の一環としてラウンドアップを散布されているという。
この発言は、一般的なグリホサートの使用と、乾燥剤としてのグリホサートの使用を混同している。そしてポープ氏が引用したアメリカ農務省の調査データに基づく統計は、アメリカで最も一般的に生産されている小麦(小麦生産量の70~80%を占める冬小麦)がグリホサートへの依存度が最も低いことを示しているため、アメリカで生産された小麦が収穫前のグリホサートによる乾燥の影響を受けるという彼女の主張に対して実際には不利に働く。
収穫前の散布におけるグリホサートの使用に関するデータは独自のものしか存在しないが、多数の農家の証言では、グリホサートによる乾燥(プレハーベスト)はアメリカでは稀な行為であり、その使用は一般的にノースダコタ州とサウスダコタ州に限られている。

つまり、小麦収穫前のグリホサートによるプレハーベスト作業は、全米の小麦農家の大半が行っていることではない。主にノースダコタ州とサウスダコタ州の一部、そしてカナダの一部などに限られている。ノースダコタ州の小麦生産面積はアメリカ全体の約5%にすぎず、ポープ氏の言うようにどこでも行われているという主張は正確ではない。
アメリカの一部の地域ではグリホサートによる乾燥処理が行われているが、アメリカで「一般的」に行われているという主張は、正しく記述されたデータによって裏付けられていないのである。

主張の背景にあるセネフ「研究」の妥当性

アメリカ産小麦に残留するグリホサートがグルテン過敏症の増加に寄与しているという仮説の根拠は、2つの疑わしいデータに基づいている。
1つ目は、アメリカで小麦に対するアレルギーや消化器系の問題を抱えている人が、「イタリアで休暇中にパスタを食べても全く症状が出なかった」という逸話である。このような例は、冒頭で述べた事実関係の問題以外にも、無作為ではない、自分で選んだサンプルであり、科学的に管理・収集されたデータではないため、科学的な証拠としては不十分である。

2つ目の証拠は、マサチューセッツ工科大学(MIT)の研究者であるステファニー・セネフ氏による研究である。
セネフ博士は、MITコンピュータサイエンス・人工知能研究所の上級研究員で、関連するテーマのバックグラウンドが全くないにもかかわらず、ワクチンとグリホサートの両方をセリアック病からアルツハイマー病、自閉症までの病気に結びつけて、物議を醸した人物である。引用された論文は、雑誌『Entropy』に掲載された2013年の研究で、次のような主張をしている。
「グリホサートは、他の食品由来の残留化学物質や環境毒素の有害な影響を増強する。体への悪影響は陰湿で、炎症が全身の細胞システムにダメージを与えるように、時間をかけてゆっくりと現れてくる。
その結果、胃腸障害、肥満、糖尿病、心臓病、うつ病、自閉症、不妊症、がん、アルツハイマー病など、欧米型の食生活に関連するほとんどの病気や症状が発生する。」

この論文は、推測に基づくものであり、独自のデータを提供しておらず、信用できない、あるいは公式に撤回された研究を引用しており、さらには編集部から懸念する声明が出されている。
仮にこの論文が、グリホサートとワクチンの組み合わせが西欧諸国の健康問題の大半を生み出しているという、荒唐無稽で積極的な憶測に基づく仮説として有効であったとしても、アメリカでプレハーベストが広く行われているという主張の情報源としてこの論文を使用することは、その主張を擁護する正確な研究報告がなされていないという点で、同様に問題がある。

セネフ研究に関する詳しい検証記事はこちらを参照

グリホサートの人体への影響は議論の多いテーマではあるが、政府の安全規制機関は人体へのリスクはないと結論づけている。アメリカとその他の地域の小麦の生産(収穫)手法の違いが、同じような食品を食べても場所によって胃腸の反応が異なる原因になっているという考え方は、裏付けと内部一貫性の両方を欠いている。また、アメリカではグリホサートによる小麦の乾燥が広く行われているという主張も同様に根拠がない。
アメリカの農家が行うプレハーベストが、小麦に関連する病気の増加の原因になっているという主張は、そのような主張をしている記事で引用されている研究でさえも裏付けられていないので、私たちは否定する。

この記事はアメリカのファクトチェックサイト「snopes.com」の記事をAGRI FACT編集部が翻訳・編集した。
2014年12月25日公開、2017年7月26日更新

第2回に続く

【アメリカ産小麦は安全か】記事一覧

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