寄付 問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています
Vol.1 野良発酵(のらはっこう)【不思議食品・観察記】
科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラムがAGRI FACTでついにスタート。驚くべき言説で広まる不思議食品の数々や、その沼にはまった住人たちをウォッチし続けている山田ノジルさん。記念すべきVol.1は「野良発酵」なる不思議食品の世界を観察します。
「野良発酵(のらはっこう)」。私が勝手にそう呼んでいる名称です。ヨーグルトや味噌、漬物、甘酒、納豆、ザワ―クラウト。家庭で作って楽しむことのできる手作り発酵食品は数多くありますが、その中に度々、驚くようなニューカマーたちが現れます。作り方や広め方、考え方。そこに振り切った自由度の野良みを感じ、いつしかそう呼ぶようになりました。具体的には、次のようなものたちです。
・アボカドヨーグルト……アボカドの種を豆乳に入れ、常温放置するとヨーグルトになると主張されているもの。ちょっとしたブームになった当時「それは発酵じゃなくて腐敗だ」なる指摘が相次ぎ、炎上した。
・赤子ヨーグルト……「赤ちゃんは乳酸菌の固まり」というふれこみから、新生児の手を豆乳にちゃぷちゃぷさせ、固めて食べるという食べもの。生後3ヶ月頃になると赤ちゃんの腸管はビフィズス菌が多くなると言われているので、そこから変な話に転じてこうなったのか……? そもそも手にそこまでたくさんの乳酸菌はついておらず、アボカドヨーグルト同様に何かしらの雑菌が混ざって固まっただけのものと思われる。
・しゅわさかさん……「トレジャーじいさん」なる人物が開発したという「複合発酵ドリンク」。国内のさまざまな乳酸菌に加え薬草や微生物をこれでもかというくらい混ぜ合わせたものだとか。「分けてもらった人は積極的に増やして広めるべし」なるルールが設けられ、母親たちの間で口コミで広まっているという。
・マンモスジュース……「バラシスF」(別名マンモス菌)なる菌を配合した市販のサプリメントをバラし、独自に発酵飲料を作ったものが「マンモスジュース」として出回っている。当然、サプリの販売元は激オコ。勝手に作ったジュースの変化についての問い合わせも後を絶たないようで、お気の毒としか言いようがない。
・パラダイス酵母……果樹園のりんごジュースが偶然に発酵したものを鎌倉のパン屋「パラダイスアレイ」が「かけつぎ」を行い、非売品として希望者に株分けされている。
・紅茶キノコ(最近はコンブチャという名称のほうがポピュラー)……昭和の時代に流行した、自家培養もできる発酵ドリンク。つい最近ではWEBコミックサイト「ジャンプ+」(集英社)で連載中の『タコピーの原罪』に突如出てきて、意味不明さから巷をざわつかせた。アル中とおぼしき母親が求める「紅茶キノコのキレイなアルコール」とは、発酵が進む段階でアルコールになったと思われる状態(この段階になると「ハードコンブチャ」と呼ばれる。さらに発酵が進むと酢になる。これは紅茶キノコの特性ではなく、他の発酵ドリンクも同様)
※ちなみに名前の由来はゲル状の塊が「キノコに見える」から。別名の「コンブチャ」も、海藻に見えたからという説がある。
そのほか、まだまだ存在します。野良発酵をざっくり分類すると、豆乳か牛乳に何かを加えて固め「ヨーグルト」とするものと、酵母が発酵する段階で炭酸ガスが発生するのをドリンクとして味わうパターン。市場に出回るものではなく「自己責任」という名のもとに自由度が高く、基本的な取り扱い方はルールとしてシェアされるものの、一部でアレンジャーが腕を振るいミステリアスな空気を醸し出すのが見どころです。
さて、これらの何が「攻めている」のか。
まず、メーカーや専門家から指摘されがちなのは、菌や酵母が無数の人の間で受け継がれていく過程で、全く違うものになりがちだと言う事。市販されている「種菌」でも、繰り返し使えるのは数回程度。それを何百何千人……と受け継ぐというのは土台無理があるという話しです。要は、野良発酵愛好者たちがうやうやしく「お迎え」したなんちゃら菌ドリンクは、ただの雑菌の塊である可能性がアリアリなのです。インチキ教祖が蓋を開けたらただの屑だった……というのはノンフィクション作品でよくあるオチですが(フィクションでもそうかな?)、それが野良発酵でも発生していそう。奇跡のなんちゃらドリンクが、ただのコンタミ(意図しない混入)飲料だったなんて残念すぎです。
次にフードファディズム(食品や栄養が、健康や病気に与える影響を過大に評価したり信じたりすること)と言えるレベルに、効果効能が盛られまくること。近年は、爆発的な腸活ブーム。そこへ加えてこのコロナ禍です。健康意識が高まりまくり「免疫力を高めるには発酵食」と語る専門家もいることから、発酵食品への期待が無限大に拡大中。そうした気持ちがプラセボ効果を生むのでしょうか。野良発酵を口にして「肌がキレイになった」「風邪をひきにくくなった」という小さな実感から、「痛みがとれた」「癌がなおった」「アトピーがよくなった」「コロナ対策に有効!」「放射能の内部被ばくを緩和する」というどデカい成果(妄想?)までもが、各種コミュニティで語られまくります。
「デトックス(解毒)」を目的とするのも定番ですが、雑菌でお腹を下せばある意味強制デトックス。毒素(雑菌)を自ら取り込んでりゃ~世話ありません。ところが体調不良を起こすと「好転反応」※で片づけるのも、野良発酵界のお約束。「好転反応」は症状の悪化をポジティブに解釈する、無責任な言葉です。これが出てきたら、十中八九ヤバい世界だと思っていいでしょう。
さらにヤバいのは、食用以外の利用法です。発酵ドリンクを水中出産の水に加えたり、アトピーの子供の肌に塗ったり……。子供が実験台になるのは、悲惨すぎて見ていられません。そういえば野良発酵以外でも、安心安全であるはずの市販ヨーグルトがひどい使われ方をしていましたね。「カンジタ症に乳酸菌が効く」なる情報から、食用のそれを膣に塗るという荒業がSNSで出回ったこともあったのです。菌信仰が生み出すチャレンジャー&アレンジャーの行動力には驚くばかりです。
発酵食品であるヨーグルトも納豆も、もとは偶然産まれた自然の恵み。はじめは誰しも未知のものを恐る恐る口にしていたのでしょうから、野良発酵のチャレンジも、ある意味一部は昔の人が通った道なのかも。しかし現代ではこうした食品としての問題点に加え、食文化の視点から「日本人は発酵民族!」とナショナリズムを強化したり、手軽に生産者気分を味わえる点から消費社会を批判するイデオロギーと親和性が高くなる危うさもあります。手作り趣味から「楽しそう」と気軽に手を出しただけなのに、株分けコミュニティ(ちなみに「ご腸内」というらしい)でご縁が産まれ、そうした沼にハマっていくケースも少なくありません。本当は怖い野良発酵。その自覚を一ミリも持たず、「こんな素晴らしいもの、美味しいものをぜひおすそ分けしたい」という善意で広められていることに、毎日モヤるばかりです。
筆者自然派、エコ、オーガニック、ホリスティック、○○セラピー、お話会。だいたいそんな感じのキーワード周辺に漂う、科学的根拠のないトンデモ健康法や自己啓発界隈をウォッチング中。長年女性向けの美容健康情報を取材し、そこへ潜む「トンデモ」の存在を実感。愛とツッコミ精神を交え、斬り込んでいる。2018年、WEBメディア「WEZZY」(サイゾー)での連載をベースにした著書『呪われ女子に、なっていませんか?』(KKベストセラーズ)を発売。 twitter:@YamadaNojiru |