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分け隔てなく農業を伝えていたら、トンデモが来なくなった:17杯目【渕上桂樹の“農家BAR NaYa”カウンタートーク】
私がバーを始めたばかりのころ、農業に関する様々なトンデモが定期的に舞い込んでいました。「タネが支配される」「除草剤はこんなにも危険」「波動の水で野菜を育ててみませんか?」というありがちなものから、「イノシシと共存したい」「ビニールハウスの土は自然じゃない」という一風変わったものまで一通り出会ったと思います。多少の現場感があれば「なんかおかしいぞ?」と思えるものばかりなので、幸い大きな影響を受けることはありませんでしたが、最近ではそういうトンデモ案件がやってくることも少なくなりました。どうしてトンデモが来なくなったのか? はっきりした理由はわかりませんが、今回のコラムではトンデモが来なくなった経緯について思い当たる点をつづりたいと思います。
なんでもOKのバー
私のバーでは、有機か慣行、地元産か他県産、伝統品種か新品種、といったラベルで良い悪いを決めることがありません。
お客さんとの会話でも「おいしければ良いと思う」「好きなものなら良いと思う」というスタイルで話しています。
そのせいか、自家製果実酒が今では80種類以上にも増えて管理が大変になっています。
一方で、農業の不安を煽るトンデモの世界には人か物を問わず、様々な悪者が登場します。
農薬はもちろんのこと、政府や大企業はだいたい悪者に設定されています。
また、伝統品種の良さを伝える文脈では、F1品種やゲノム編集作物を根拠なく不安情報と結びつけて発信するケースもあります。
トンデモが来なくなった理由とは?
そうした悪者だらけの設定と、私のバーの「なんでもOK」というスタイルが全く合わないことが、トンデモが来なくなった理由ではないかと考えています。
そして、このスタイルにはトンデモ除け以外にも良いことがたくさんあるのです。
私のバーで「なんでもOK」というスタイルを選択したのにはいくつか理由があります。
一つ目は、難しいことを考えずにリラックスして好きなお酒を飲んでもらいたいから。
二つ目は、農薬メーカーも慣行農家も農業や食卓を豊かにしていることを知っているから。
そして、三つ目の理由は「お客さんの受けが良いから」です。
バーに来てくれるお客さんは若い人たちが多いですが、若い世代の多くは「何かを上げるときに一方を下げる」ことを本能的に嫌います。
ですので、バーでは何かをほめるときにもう一方を下げることはしません。
たとえば、地元長崎県産の身近な果物の魅力も、あまり知られていない他県のおいしい果物の魅力もどちらも伝えます。
また、無農薬栽培の技術の高さに敬意を示す一方で、農薬メーカーが農業の世界で果たしてきた大切な役割も伝えます。
そして、旬の野菜のおいしさを話す一方で、年中安定して供給するために生産の現場がどのような努力を重ねているかも話します。
こうしたスタイルにお客さんからは「素直においしい!と食べればいいんですね」「自分の買い物のやり方でよかったんだ」「自分も認められている気がする」と、とても良い反応が返ってきます。
そして、こうして正直に思ったことをそのまま話をしたときの方がお客さんは農業や食の現場に関心を持ってくれるのです。
周回遅れの根拠ない悪者設定
根拠なく何かを悪者に設定するやり方は、もはや周回遅れだと思います。
「○○はこんなにも危険!」のようなフレーズでは一部の人の注意を引くかもしれませんが、最近の賢い消費者は簡単になびきません。
そして、トンデモを発信する人たちは、このことに気づいていないと思います。
おいしいものを分け隔てなくOKとし、農業と食を支える幅広いプロフェッショナルに敬意を示す姿勢は、なんだか優しい気持ちになりますし、お客さんも喜ぶのでお勧めです。
しかも、こういったスタイルはまだ珍しいそうなので、お店の差別化にもなると思います。
え?
みんながそうしたら私のバーが差別化できなくなるんじゃないかですって?
確かにそうかもしれませんね。
でも、分け隔てなく認め合う世の中のほうが生きやすいので、その方がいいです。
【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧
筆者渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ) |