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Vol.5 島根の野菜農家が「移住新規就農」問題を語る【農家の本音 〇〇(問題)を語る】
私は2011年に東京から島根へと移住して新規就農しました。12年の月日が流れ、いつの間にか島根県内のニンジン面積の半分以上を生産するようになり、栽培面積は畑作だけで9haに及びます。その間に県の移住イベントなどにも講師として参加し様々な移住就農者、移住者を見てきました。とくにいわゆるIターン移住者の場合は元々地縁もなければ資産も人脈もないところからのスタートで、「代々農家」という周囲の方とは条件環境が大きく違います。自分の実体験を含め、移住就農最初のステップとして何が大事かをまとめました。
自分にとっての農業の定義を定める
まず自分にとっての農業の定義を予め定めます。
新規就農というと幅が広く、農ある暮らしを志向し趣味の家庭菜園の延長からその地域を代表する農家まで目指すポイントはみなさん多種多様です。ここを定めておかないと全く役に立たない情報に右往左往することになるので最初に確認しておきましょう。
私の場合は「移住した土地で農業専業でも子育てしながら人並みの暮らしをしていけること」でした。まずは農業で人並みに生活できるレベルを目指さないと移住先での営農を継続できないので、基本的にはこれを最低限の目標として設定します。
移住前ステップ① 何のために就農するのか
これはだいたい「自分の生活を変えたい」、「農業に興味があった」、「田舎暮らしにあこがれていた」みたいな回答が大半です。しかしこれらは全部きっかけの話や生活の話であって、何のために就農するのかという仕事の部分まで考えられていないと感じています。というのも家庭菜園をやりたいというのならともかく、就農=事業として農業をしたいという場合、「農業という手段をもって誰かを幸せにする」ことを考えないとお金が稼げません。農家や就農ではこの部分が置き去りにされがちで、自分がどう生きたいかありき、「自分の為に農業をしたい」という思考で農業をとらえているため、仕事にまで思考が昇華していないことが多いです。
田舎に住みたいがスタートでも構わないのですが、そこからなぜ地元企業に就職ではなく農業での開業を選ぶのかという部分を一度深く考えてみることを強くお勧めします。
私の友人も含め農業で長く頑張っている方は、お客様に最高の逸品を届けたいという思いは当然として、
- 人を雇用して地域に仕事を作り、雇用している人の幸せに貢献したい
- 弱くなってしまった産地品目を自分が生産面積を増やすことでもう一度復活させたい
- 地域の技術をしっかり継承していきたい
など、地域の産業としてどういう貢献ができるのかを常に考えて経営を行っています。農業経営者の事業主として地域にどういう貢献ができるのかまで想像していけるとよいですね。
幅広い年代の人が働ける職場づくり
移住前ステップ② 移住場所を決める
移住者の最大の弱点が地縁や資産が無いことであれば、移住者最大の武器は地縁や資産に縛られないことです。農業を事業として見て純粋に移住場所を決めることができます。もっとも手堅く分かりやすいのはJAの販売額が大きいところで産地品目を作ることです。というのもJAの販売額が大きいところはだいたい行政も予算付けが大きくなるからです。
例えば1000万円のハウスを建てる場合に補助事業を使うとその予算は30%の300万円を国、17.5%の175万円を都道府県、12.5%の125万円を市区町村で合計60%の600万円補助みたいな形になっていたりします。
一方、都道府県や市区町村に予算が少ない農業弱小自治体の場合は600万円の補助ではなく300万円の補助しかできない(国からの補助金のみ)みたいな場合もあり、スタートの時点で大きな差があるケースもあります。
ではJAが強くない地域、例えば島根県はどうかというとお世辞にも就農に向いているとは言い難い部分があります。ただ、島根県の場合、伝統的に稲作が強かった地域でもあるので野菜生産が弱く、新規就農者が日常使いのニンジンという野菜で県内最大農家になることができるという利点がありました。また弱小だけに部会の束縛もなく、JAを使いつつ自由に販路も開拓できる利点もありました。野菜販売で大事なのはシェア率なので県産品の圧倒的なシェアを取れ、かつ独自に販路を探れる可能性があるというのは弱小地域の楽しみでもあると考えます。
地元スーパーの平台を占拠できるのも弱小産地ならでは
移住前ステップ③ 移住時期を考える
農業は行政のサポートメニューが豊富なのでサポートを受ける方が圧倒的に有利です。しかし相手が行政であるだけに“予算”に縛られます。行政の予算は4月~翌3月までを1期として予算が組まれるため、例えば3月の年度末近辺でいきなりこの事業を使わせてください! みたいな話を持ってこられても「予算消化済みで対応できません」となりがちです。
基本的に予算審議が行われるときには予め予算として議会に提出していないと行政は動けないのです。普段行政と関わりのない都市部の人だと意識せずに移住してしまったりします。移住希望先の行政担当者と話すときは必ず補助事業メニューのスケジュールを詳しく聞いて、いつ移住するのかを決めましょう。
とくに農業経営を開始する場合は、
移住先選定期
移住1年目4月スタートで研修+行政が予算を取るため認定新規就農者となる書類作成
移住2年目に認定新規就農者で研修を1年間行う
移住3年目に経営開始!
というプロセスが一般的かと思います。移住先の選定に1年を費やすと経営開始前に3年を消費することになります。30歳で移住を決意し65歳まで働くとして残り35年間のうち3年分、実に農業をできる期間の約1/12を準備に使うことになります。さらにいうと農業を諦め撤退することになった場合、かけた時間が人生のキャリアから考えるととてももったいないことになります。ですから、できるだけ後戻りの手数をなくすことが望ましく、準備段階でしっかりとスケジュール把握をしておくことが大事です。
ちなみに移住当初が一番色々な支援があります。しかしその支援はあくまでも行政のスケジュールや行政の目的に合致することが必要であり、支援事業は地元人口を増やしたい行政の事業を受託している感覚でいるようにしましょう。自分の自由に移住したい場合、支援事業は使わないというのも一つの手です。
終わりに 相手の反応が変わる思考を
いかがでしたか。移住新規就農の本当にスタート部分で思考しておくポイントを書きました。
移住フェアなどで話をすると厳しい意見を多く聞くと思います。しかし上記のような事を予め考えながら(考えた風でも良いので)、行政職員や地域の人に話してみてください。「私が思う理想のライフスタイル」だけを話してた時には薄い反応だった人、厳しいことを言っていた人が「こいつは考えてるやつ」と思って対応してくるようになると思います。
移住で定着する人は自分と地域でどういった相乗効果が出せるのか? そしてそれは独りよがりではなくきちんと地域ニーズと合致しているのか? このことを常に考えている人だなとこの12年で実感します。就農を希望するみなさんも是非このことを日本中の農家と共に考え抜き、地方創生の一助になるよう歩き出しましょう!
筆者うちの子も夢中です(野菜農家) 株式会社うちの子も夢中です https://uchinoko-vegetable.com/ |