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欧州科学委員会が全否定したセラリーニ実験を信じる人がいなくならない理由*

コラム・マンガ

こんにちは、小島正美です。前回の記事に反響があったため、今回はその続編とします。安全に対する考え方は人それぞれなので、だれもが納得する客観的な安全指標(安全基準)は存在しない、というのが前回の話でした。今回は、その具体的な例として、遺伝子組み換え作物をめぐる安全性と価値観の問題を考えてみます。

*タイトルはAGRI FACT編集部が変更しました。


正美 いきなりですが、新型コロナ感染から身を守るためにワクチンを接種する場合、ママ美さんなら、中国、ロシア、欧米で製造された3つのワクチンのうち、どれを打ちたいですか。もちろん、どれも安全性と有効性に関する科学的データはそろっています。

ママ美 選択できるなら、なんとなく中国やロシア製は避けたい気がしますね。

正美 私もそうです。おそらく日本人の多くは、中国やロシア製ワクチンに消極的だと思います。それは中国やロシアという国がなんとなく信用できないという価値観や先入観をもっているからだと思います。

いくら科学的データの裏付けがあると言われても、両国に対する信頼感がない以上、尻込みするのは当然です。これは、いったん御用学者というレッテルを張られてしまうと、その学者の言説の信頼性が落ちてしまう例に似ています。このことは実際に福島原発事故後の放射線問題で見られました。

言い換えると、人は科学的な事実や根拠だけで農薬や食品添加物、遺伝子組み換え作物の安全性を判断しているのではないということです。

不備だらけの実験で恐怖をあおる

ママ美 遺伝子組み換え作物では、どういう事例があったのでしょうか。

正美 たとえば、遺伝子組み換え作物を食べて、がんになるかという話がそれにあたります。おそらくママ美さんも、全身に大きなこぶのような腫瘍をもったラット(ネズミ)の写真をネットで見たことがあると思います。

これはフランスのカーン大学教授のセラリーニ氏が行った実験で、2012年に発表されました。日本ではほとんど報道されませんでしたが、組み換え作物に反対する市民活動家は、いまだにこの実験を持ち出して、がんへの恐怖をあおっています。

もちろん、この実験は日本の内閣府食品安全委員会を含め、世界中の公的機関で検証され、すぐに否定されました。まず、実験に使われたネズミの数が1群10匹で、統計的に意味があるというには少なすぎたのです。しかも、使われたネズミは、元々がんになりやすい特殊なネズミでした。この種のネズミを寿命に相当する2年間も飼育すれば、ほとんどががんになるわけです。現に組み換え飼料(トウモロコシ)を与えていない群でも、がんが多く発生していました。食べたエサの栄養成分の分析もなく、科学的には不備だらけの実験でした。

さらに論文を投稿する前に知り合いの記者だけに知らせ、記事を書かせるという学者にあるまじき公表の仕方でした。しかも実験の過程を映画用に撮影していたのですから、科学の中立性にも疑問符がつきます。

ママ美 そこまで不備があれば、いくら市民団体でも受け入れざるを得ないのではないでしょうか。

実験で否定されても、変わらない考え

正美 そこがおもしろいところで、いったん好きになった相手を急にあきらめきれないのと同じように、自分の信じた実験をそう簡単には見放せません。これが人間の心理です。興味深いのは、その後の展開です。セラリーニ氏の実験を完全に否定する科学的な実験結果が出たのを知っていますか。

ママ美 いえ、いま初めて知りました。

正美 当時、セラリーニ氏は「私と同様の再現実験をすべきだ」と主張していました。これを受けて、EU(欧州連合)の政策執行機関である欧州科学委員会(EC)は、ドイツやスペイン、オランダなどの大学の協力を得て、セラリーニ氏の実験を検証する一大プロジェクトを実施しました。 実験は、経済協力開発機構(OECD)や欧州食品安全機関(EFSA)の定める厳しい実験指針に則って行われました。統計学的な検定ができるよう1群50匹を使い、セラリーニ氏と同様に組み換えトウモロコシを2年間与え、組み換えでないエサを与えたネズミと比較する、という文句のつけようのない実験でした。その結果が2019年に公表されたのですが、両群でがんの発生率に差はありませんでした。これでセラリーニ氏の実験は完全に否定されたといえます。

ママ美 ここまでくれば、さすがにがんを引き起こすとは言えないと思いますが・・。

正美 私なら動揺しますが、さすがに組み換え反対派の人たちは筋金入りの精神力をもっています。2019年にセラリーニ氏を日本へ招き、講演会まで開いて支持し続けています。反対派の言い分はこうです。

「セラリーニ氏は実験を公表したあと、他の科学者や政府から一段と激しく攻撃されるようになった。それだけその実験は衝撃的なものだったのです」。

政府や既成の科学者層(エスタブリシュメント)から攻撃を受けるということは、それだけその実験が正しかったことの証だといわんばかりです。いくら科学的事実を突きつけられても、反対の動きは揺らぐどころか、より理論武装して強化されていきます。市民団体は、セラリーニ氏を「正義感あふれる行動力や既成の壁に挑戦する科学者」として共鳴しているわけですから、双方はいわば「同志」です。私もかつては、そういう市民団体の心情に沿って記事を書いていた時期があるので、同志的な感覚が分かります。

ママ美 市民団体はセラリーニ氏に「あるべき科学者像」を見出したわけですね。

正美 それは的を射た言い方ですね。私とあなたで安全感が異なれば、求める科学者像も異なるのは当然です。

遺伝子組み換えに反対する人たちの行動を見ていると、ワクチン接種にも反対する傾向があり、さらに種子法・種苗法の改正、水道の民営化、ゲノム編集食品、残留農薬の基準値設定、大規模な農業、工業的な畜産、そして自民党(政権政党)にも常に批判的な傾向が見られます。

そういう価値観の根っこには、おそらく科学とは別の「資本主義社会、物質文明への批判」(よい言葉が見つかりませんが、あらゆるものを商品化する巨大企業が支配する社会への不信とでも言いましょうか)があるように思います。

ママ美 たしかに、体内に入るものに関しては、できるだけ手が加えられていない、自然のものがよい、という考えを持っている人は多そうですね。

リスコミには工夫が必要

正美 人は科学的な判断よりも、自分と似た価値観をもった他人(もしくは学者)を信用する傾向があります。つまり、何をもって安全と考えるかは、実は、かなり価値観(世界観、文明観)に左右されているということです。これは長年の記者活動でいろんな人たちを観察してきた結果として体感したもので、学問的な話ではありません。話がいろいろな方向に飛んでしまいましたが、最終的に言いたかったのは、科学的な事実を説明する従来型のリスクコミュニケーションでは限界があるということです。

ママ美 リスクコミュニケーションは無意味ということでしょうか。

正美 そういうことではありません。科学的な事実を知って、考えを改める人も現にいますから、それはそれで重要です。

ただ、農水省や消費者庁、食品安全委員会がおこなってきたようなリスクコミュニケーション(講演セミナー)を見ていると、その中身は記者向けも、市民向けも、学校の先生向けも、みな同じです。これでは相手に通じる効果は低い気がします。相手の安全観やリスク観がそれぞれ異なるわけですから、本来なら、それぞれの層の安全観に立脚した講演内容にすべきなのですが、その工夫が足りないと感じます。

たとえば、記者向けセミナーなら、記者向けに考案したリスクコミュニケーション用ツール(スライドの内容)があってもよいはずですが、残念ながら、それがあまり見られない。記者の考える安全観とリスク観(報道に値するリスク)は一般消費者の考えるリスクとは全く異なります。いつかこの場で、記者に良い記事を書いてもらうためのコミュニケーション講座を考えてみたいと思います。

ママ美 リスクコミュニケーションとは何かという深遠なテーマになってきましたね。私も興味がありますので期待しています。

FOOD NEWS ONLINE「第38回 食品の安全はどう判断されるか――科学的事実よりも重視されること」を許可を得て転載(一部編集)

筆者

小島正美(「食品安全情報ネットワーク」共同代表)

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