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草との闘いの中で除草剤について思うこと:47杯目【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】

コラム・マンガ

農業は草との闘いでもあります。闘う相手は虫や病害、イノシシなどの野生動物、天候や相場など様々ですが、やっぱり一番の強敵は草です。草と闘っているのは農家に限らず、施設や道路を管理する人や普通に農村で暮らす人もそうなのですが、闘いが過酷なのは同じです。今回は、農村と都市を行ったり来たりしながら草と闘う中で、除草剤について思うことを述べたいと思います。

死をも伴う草との闘い

草との闘いが過酷な理由はたくさんあります。

まずは伸びるスピードが速いことです。
しっかり草刈りをしても、数日すればすぐに伸びてしまいます。
草との闘いは、とにかく果てしないのです。

次に、除草作業が危険なことです。
高速で回転する刃を使っての除草作業はただでさえ危険です。
草刈りは斜面や足場の悪いところでは転落の危険性がありますし、草が伸びる夏場の作業は熱中症の危険があります。
実際に、死亡例を含む事故も起こっています。
なので、草と闘う人同士はお互いに注意を呼びかけ合ったり、無事を願ったりしています。
同じものを相手に闘う者同士、気持ちも同じなのです。

農村では暮らしと命の問題に直結

しかし、草との闘いは生産的ではありません。
草刈りにいくら時間をかけても、作物が美味しく育つわけでもありませんし、価格が上がるわけでもないのです。
それでも闘うのは、草を放置していると作物にとって害虫や病気の元になりますし、長い草に隠れてイノシシがやって来る原因にもなるからです。
放っておくと、あっという間に畑も、道路も、家も、緑に飲み込まれてしまいます。
農村での草との闘いは、本当の意味で暮らしと命を賭けた闘いなのです。

ここで付け加えておきたいのは、草との闘いは農業という経済活動のためだけにやっているのではないということです。
確かに農家が草刈りをする一番の理由は、畑を守り作物を育てるためですが、地域の暮らしを守るためでもあります。
その証拠に、農村に住む人は農家ではない人も草刈りをしますし、自分の土地だけではなく周辺の道路などの草刈りもします。
子供たちのために通学路の草刈りをする人も、防災のために川の周りの草刈りをする人もいます。
草刈りができなくなった近所のお年寄りのために代わりに草刈りをする人もいます。
農村の暮らしは、そういう人たちのおかげで守られているのです。

批判対象になりがちな除草剤

闘いにも武器が必要です。
武器が不十分では、先ほど述べたように文字通り命取りになりかねません。
草との闘いに使う武器は、用途や場面に応じて多種多様です。
回転する刃で草を払う草刈り機、トラクターでけん引して一気に草を刈るタイプのハンマーナイフモア、手で押すタイプの芝刈り機のようなスパイダーモア、そして除草剤などです。

除草剤は数ある手段の一つにすぎないのですが、一部の人たちからたびたび批判の対象になります。
「除草剤を使っていますか?」と聞かれて「はい」と答えると、「除草剤に頼っている」と批判的に言われることもあります。
「除草剤を使います」と言うと作物が植わっている畑にまんべんなく散布しているように思われることもあるようですが、実際はそうではありません。
場面に応じた手段を使い分けて草刈りをしているので、「除草剤に頼っている」というわけではありません。

除草剤を使うのに適しているのは、農機具小屋の周りや、石ころがごろごろしている場所、斜面、あぜ道、石垣の近くなど、大抵は作物を栽培しないところです。
なので、食の安全に関心があるからと除草剤を真っ先に問題視するのは、どうも変な感じがするのです。
もちろん、除草剤がなくても草と闘うことはできなくはないですが、闘いにより多くのコストと時間を費やすことになります。
ここで言うコストとは、おカネだけでなく、命の危険も含まれます。
除草剤を他の道具に置き換えると、転落や熱中症など命に直結する危険性が跳ね上がるのです。
除草剤を批判する人の中で、このコストを支払うと名乗り出る者はいません。

命を守る除草剤に

もちろん、除草剤もそのほかの道具と同じように、正しく使わなければいけません。
「正しく使おう」と呼びかけるのは良いと思います。
ですが、正しく使うことすら批判するなら、命を守る大切な武器を取り上げて、生産的でないことにより多くのコストを強いられているように思えてしまいます。

そう思ったのは、「農業を守ろう」という趣旨の集会に呼ばれ、メンバーの話を聞いたときのことです。
都市部に住む彼らは、思い思いの農業像を語っていました。
それは全然かまわないのですが、「除草剤はベトナム戦争で使われた枯葉剤と同じものだ」「世界中で禁止されているのに日本だけ認可されている」と、明らかなウソが飛び交っていました。
一応補足しておきますと、国内で使われている除草剤はベトナム戦争の枯葉剤とは別物ですし、厳しい検査を経て販売されています。
「世界中で禁止」もされていません。
私はそのように説明しましたが、彼らには届きませんでした。
「どこかの講演会」で活動家から聞いた話の方が上回ったのでした。

集会ではベトナム戦争が話題に上ったので、私もそのことを考えました。
ベトナムの最前線で命を懸けて戦った帰還兵たちが、安全な本国にいた「平和を守ろう」と掲げる人たちから罵声を浴びせられた出来事です。
なるほど、確かに同じかもしれませんね。
SNSでも、草と闘う農家に対して「除草剤を使っているから」とひどい言葉を浴びせているのを見ることがあります。
ベトナム戦争でも、草との闘いでも、兵士たちは遠いところで泥や草にまみれて闘い、花飾りをつけた活動家が講演会で注目を集める。
ベトナム戦争と同じなのは、枯葉剤なんかではなくこの構図ではないでしょうか。

反対意見の人の暮らしも守る除草剤

私は、草との闘いの最前線である農地と、闘いとは無縁の都市部を行ったり来たりしています。
草との闘いから帰る途中、畑や道路で草と闘う仲間を見ます。
どなたかも知りませんが、彼らを見ると「どうかご安全に!」と心の中で祈ります。
彼らの中には高齢者もたくさんいますが、重い草刈り機や除草剤を散布する機械を担いでいます。
もしそのうちの誰かが草と闘えなくなったら、別の誰かがその武器を手に取って草に立ち向かうことでしょう。
こうして闘いは続き、暮らしはなんとか守られています。

ですが、そのうち武器を取る者がいなくなれば、それは草との闘いに負けるときです。
闘いに負けると、草の勢力は容赦なく人の暮らしを飲み込んでいきます。
都市部に来てみると、そんな闘いは非現実のようです。
充分に守られた環境に住んでいるとなかなか実感がわかないものですが、実際に起こっていることです。
今こうしている間にも農村の最前線では草との闘いが続いていて、その後ろにいるたくさんの人の暮らしを守っているのです。
そして、農村の暮らしもまた、都市部の経済活動、工業や商業によって支えられていることも忘れないようにしたいと思います。
この社会は、あらゆる仕事がお互いに支え合って成り立っているのだと思うのです。

草と闘う人たちに感謝しろと言うつもりはありません。
現実を見ようともせず、何の対価も支払わず、除草剤を批判するだけの人もいるでしょう。
ですが、そういう人たちも守るのが、草と闘う者たち、そして除草剤なのです。

 

【渕上桂樹の“農家BAR Naya”カウンタートーク】記事一覧

筆者

渕上桂樹(ふちかみけいじゅ)(農家BAR NaYa/ナヤラジオ)

 

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