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第3回 なぜIARCの評価だけが世界の規制機関と異なるのか【IARCに食の安全を委ねてはいけない】

特集

2015年にIARC(国際がん研究機関)はラウンドアップ系除草剤の有効成分グリホサートを「グループ2A(ヒトに対しておそらく発がん性がある)」に分類した。しかし日本の食品安全員会をはじめ各国の規制機関はこぞってグリホサートの発がん性を認定していない。世界で唯一、例外的結論を導き出すIARC独自の評価システムとは。

IARCのハザード評価という異質性

ラウンドアップ系除草剤の有効成分グリホサートの評価がIARCと日本の食品安全員会やJMPR(国連食料農業機関/世界保健機関合同残留農薬専門家会議)といった世界の規制機関で異なる最大の理由は、IARCがハザード評価で、ほかはリスク評価であることだ。ハザードはヒトに有害な影響を起こすものかどうか、リスクは曝露(ばくろ)から有害な影響が起こる確率とその強さを評価する。IARCの目的はあくまで「発がん性のあるハザードかどうかの評価」であって、残留農薬が食品として摂取されたり環境に滞留したりした場合の「リスクの評価」ではない。

一方、食品安全委員会やJMPRはリスクを評価する。たとえばハザードが弱くても摂取量が多ければリスクはそれなりに大きくなり、逆にハザードが強くても摂取量が微量であればリスクはそう大きくはならないと考え、ハザードの強弱だけでは評価しない。

なぜグループ2Aに分類されたのか

考え方の異なるIARCのハザード評価も、食品安全委員会やJMPRのリスク評価も、「ヒトに対する発がん性」「実験動物における発がん性」「動物試験における発がんのメカニズムはヒトに対しても起こるか」について検討されたことには変わりがない。にもかかわらずグリホサートに関する結論がまったく異なるのはなぜなのか。

IARCは公表データの中からIARCの基準に基づいて採用したデータを評価する。ヒトに対する発がん性に関してIARCは「限定的なエビデンスがある」としたが、これは農業従事者のデータに基づく判断で、食品を摂取した消費者のデータを採用したものではなかった。しかも第2回でも指摘したように、グリホサートへのヒトの曝露に関する最も包括的で信頼性の高い疫学研究である、NCI(米国立がん研究所)の科学者が主導した農業健康調査(Agricultural Health Study)の結果=発がん性なしを除外した。実験動物の発がん性についてもIARCは主に2つの試験を採用して「十分なエビデンスがある」としたが、その詳細は確認できていない。動物試験における発がんのメカニズムがヒトで起こるかについては遺伝毒性の部分でとくに「強いエビデンスがある」と評価し、総合評価としてグループ2Aに分類した。

IARC分類表

参考 国際がん研究機関(IARC)の分類表(一部) ※IARCの分類をもとにAGRI FACTが作成

世界共通の残留農薬リスク評価プロセス

ここで改めて世界共通の残留農薬のリスク評価プロセスを確認しておきたい。リスク評価にはまず毒性(ハザード)評価と曝露評価という二つの入り口がある。

毒性評価は毒性の性質と強さを測り、データに基づいて人体や環境への毒性が認められない量(無毒性量)を得て、生涯摂取しても無害な量のADI(許容1日摂取量)と一度(単回)の摂取でも無害な量のARfD(急性参照容量)を求める。

曝露評価は作物残留試験や各食品の摂取データに基づいて残留農薬の食品摂取量を推定し、生涯摂取する1日あたりの推定摂取量(食品の総和)と単回摂取の推定摂取量(食品ごと)を求める。

次に、毒性が認められない量と生涯・単回摂取量を比較する。最後に毒性が認められない量が生涯・単回推定摂取量以上であれば、人体や環境への懸念(リスク)はないと科学的に評価し判定される。よく「〇〇がラットで発がん性があった!」などと一部の研究論文をもとに報じられることがあるが、現実にはあり得ないような大量摂取のケースが多い。それは科学的評価に基づくリスクではなく、単なるハザード評価にすぎないのだ。

採用したデータの質に大きな違い

科学的評価の根幹をなすデータの採取についても、IARCと食品安全委員会・JMPRとには採用したデータの質に大きな違いがある。

IARCは前述したように「ヒトに対する発がん性」を評価するヒト疫学研究はIARCの基準により公表論文から採集した。それに対してJMPRは、IARCが評価に使用したデータに、IARC評価以降のデータも加えてJMPRの基準で評価した。

また「実験動物における発がん性」「動物試験における発がんのメカニズムはヒトに対しても起こるか」のデータとしてIARCは、IARCの基準により公表論文から採集したマウス2試験を主な判断データとした。

一方の食品安全委員会とJMPRでは、GLP適合/OECDガイドライン準拠試験に沿ったデータを採用し、食品安全委員会ではマウス5試験・ラット5試験、JMPRはもう少し多くてマウス7試験・ラット10試験の詳細な内容まで見て「食品摂取を介した発がん性はない」と評価した。

データ数の違いに加えて、リスク評価に使用するデータには以下の条件を満たす質の高さが求められる。

・データの質を第三者が保証している。
・生データ、個体別のデータまで確認できる。
・教育・訓練された者が作成している。
・精度管理・分析結果が正しい操作で実施されている。

動物試験でデータの質を保証するには、GLP適合施設での試験、OECD試験法ガイドライン準拠試験というのが世界共通の考え方である。そのため残留農薬のリスク評価では、GLP適合施設でOECDガイドラインに沿って行われた農薬メーカーが作成・提出する毒性試験の報告データを使用する。外部の一般人からすると、農薬メーカーが提出するデータは信用できないと考えるかもしれないが、そうして得られたデータは機器の精度や投与する農薬(試薬)の安定性・一貫性が厳密に管理され、すべての項目の実験動物一匹ずつのデータも確認でき、記載内容は社内の品質保証部門がチェックし、行政による査察も入る。

一方、学術雑誌で公表される研究論文は、ほぼGLP適合施設では行われず、大学の研究室レベルではOECDガイドラインに準拠したプロセス・管理にほど遠い。機器精度の管理や対象物質の質は研究者に一任され、結果の記載は研究目的に合致する内容のみにとどまる。

セラリーニ論文が科学界で否定された理由

フランスの科学者セラリーニ氏が発表したグリホサートの発がん性を指摘した論文は、使用したラットの種類、試験に用いた動物の数、発表したデータなどが世界的に認められたGLP適合施設での試験、OECD試験法ガイドライン準拠試験に従っていないため、「各国の登録関係機関から信頼できる結果ではない」と判断され、当初発表された学会誌から掲載を撤回された。

さらに、ヨーロッパではセラリーニ氏の論文により社会的な論争になったことから、セラリーニ氏の試験で生じた懸念や疑問について精査することを目的として、EUが出資し、ラット90日間摂餌試験、慢性毒性試験 (1年間)及び発がん性試験 (2年間)の試験が実施され、報告書が発表された。試験の結果、ラットの長期摂取実験でグリホサートの発がん性は完全に否定された。

食品安全委員会・JMPRとも発がん性は認められない

食品安全委員会の評価書によると、グリホサートは経口による吸収は20~30%で、体外への排泄はすみやかに行われ、ほとんどが48時間以内に排泄される。

ADI設定の根拠となる無毒性量は100mg/kg体重/日で、農薬の中では、かなり高い量まで毒性が出ないレベル。つまり毒性は弱いということである。ARfDについては単回投与で起きる影響が認められないことから、設定不要と判断された。ADI(許容一日摂取量)は、ラット・マウスと人との種差、人の個体差を考慮した安全係数100で割った1mg/kg体重/日(JMPRも同じ)に設定された。

推定摂取量のADI比は、一般で7.1%、幼小児17.0%、妊婦7.4%、高齢者6.7%と、いずれもADIを下回っている。推定摂取量は理論的に想定しうる最大1日摂取量なので、実際のADI比はよりかなり低い可能性がある。

そして最終的な判断として発がん性について食品安全委員会は、実験動物を用いた発がん性試験「発がん性なし」、遺伝毒性試験「遺伝毒性なし」、発がん性の結論は「認められない」とした。

JMPRは、疫学研究「ヒトへの発がんリスクの懸念はない」、実験動物を用いた発がん性試験「ラットに発がん性なし、マウスではきわめて高い用量で起きる可能性を否定できないが「食品を介した発がん性の可能性はない」、遺伝毒性試験「食品を介した遺伝毒性の可能性はない」、発がん性の結論「食品を介した発がん性の懸念はない」である。

なお質の高いデータのみで評価した結果、EPA(米国環境保護庁)、ECHA(欧州化学機関)、EFSA(欧州食品安全機関)、カナダ、オーストラリアなど各国評価機関の結論でも、グリホサートのリスクについては食品安全委員会・JMPRと同じ見解である。

*この記事は、発がん性評価に使用したデータの質に大きな差 IARCだけが各国規制機関と見解が分かれた要因を読み解く(2021年5月11日公開)をAGRI FACT編集部が再構成した。

〜第4回へ続く〜

【長期特集 IARCに食の安全を委ねてはいけない】記事一覧

筆者

AGRIFACT編集部

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