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第10回 番外編 “間違いだらけ”の『文藝春秋』鈴木言説【鈴木宣弘氏の食品・農業言説を検証する】

特集

月刊『文藝春秋』(2023年2月特大号)に鈴木宣弘東大教授の「遺伝子組み換え食品の恐怖 問題は食糧とエネルギーだ」が特集「目覚めよ!日本 101の提言」の一つとして掲載された。AGRI FACTではこれまでも農と食の分野で不安を煽る誤情報を繰り返す鈴木氏の言説を晴川雨読氏の協力を得て検証してきた。今回は社会的影響力のある総合雑誌に掲載された言説であり、特集の番外編としてAGRI FACT編集部が緊急検証する。

GM作物の栽培現場を知らない意見

鈴木氏の提言の全文は雑誌本体か文藝春秋デジタル(有料)を読むしかないが、冒頭から約3分の2はこちら(2023年2月9日確認)で公開されている。

最初に鈴木氏が取り上げたのは遺伝子組み換え(GM)作物。「特定の除草剤(ラウンドアップなど)に対して耐性を持つものが多数開発され」ており、除草剤耐性のGM作物を栽培すると、「除草の手間が削減でき、雑草の駆逐により収量も上がるとされてきた」が、「除草剤をかけても枯れない耐性雑草が出現するため」に、「想定された生産の効率化も図れず、環境や人体への影響への懸念も高まる事態となっている」と述べている。害虫抵抗性のGM作物についても「同じように耐性を持つ害虫が発生してしまう」ため、「遺伝子組み換え作物が、食料不足に対する画期的な解決策になるという夢は幻想になりつつある」と指摘した。

たしかに生物の特性上、除草剤耐性のGM作物では、基本的にグリホサート(除草剤ラウンドアップの有効成分)を使い続けることになるため、同じ成分の農薬を使い続ける場合は耐性雑草が出てくることは起こり得るし、実際に起きている。

しかし、北米の大豆やトウモロコシ生産はGM作物(なお除草剤耐性のGM小麦は開発されているが米国での商業栽培はまだ承認されていない)が一般的な栽培体系として成立しており、グリホサート耐性雑草が出現しても対処法が確立されている。具体的には、作物のローテーション、除草剤耐性GM作物の種類のローテーション、メカニズムの異なる除草剤のローテーション、物理的な除草や栽培法の工夫などによる除草、を組み合わせることで耐性雑草の出現を抑制し、生産効率を維持している。

仮にラウンドアップなどの除草剤が使えなくなった場合、アメリカ雑草科学学会の調査によると「北米のトウモロコシ及び大豆生産に限っても経済的損失は推定で430億ドル(約5兆6000億円)」に達するという。

害虫抵抗性のGM作物の栽培でも、耐性害虫が発生しないように、そして発生した際の対処法がきちんと確立されている。

2022年10月にフィリピン(ルソン島)で害虫に強いGMトウモロコシ(虫を殺すBtタンパクをもったコーン)を栽培する複数の農家を取材した大規模農家の徳本修一氏は、どの農家も「Btコーンを栽培してから農薬の使用量が減り、収量や収入が増えた」と一様に答えたという。なお、トウモロコシの葉や茎に含まれ、虫を殺すBtタンパクは有機農業でも使われており、人体に無害である。鈴木氏のGM作物をめぐる言説は、あまりに現場を知らない者の意見だ。

農業のグリホサート規制は強まっていない

次に鈴木氏は、「米国カリフォルニア州などでは、除草剤ラウンドアップの主成分であるグリホサートで、癌を発症したとして、グローバル種子農薬企業に多額の賠償判決がいくつも下り、世界的にグリホサートへの規制が強まりつつある」という。

この言説の誤りについて、AGRI FACTは繰り返し指摘している。長期特集【IARCに食の安全を委ねてはいけない】で検証中の疑惑のIARC(国際がん研究機関)を除く世界の規制機関でグリホサートの発がん性は否定され、現に世界150カ国以上で農薬としての使用が認められている。ラウンドアップ裁判で裁かれたのはグリホサートの発がん性の有無ではないこと、多額の賠償判決のカラクリについてもAGRI ACTは正確に伝えている。

さらに鈴木氏は、「米国では大豆、トウモロコシ、小麦に直接散布して収穫する(小麦は米国もGMにはしていないが、乾燥のため小麦に散布して収穫する)」ため、世界で最も米国の穀物に依存する日本は、「輸入品を通じて、GM作物とグリホサートを世界で最も摂取している国の一つではないだろうか」と指摘する。

米国産大豆、トウモロコシはGM作物がほとんどで除草剤を直接散布されているが、小麦は違う。小麦の収穫期を調整する目的でグリホサートが収穫前に直接散布(プレハーベスト)されるのは米国の作付面積の3%以下にすぎない。もちろん米国産の輸入大豆やトウモロコシ、小麦とそれらが配合された飼料に残留するグリホサートは日本の食品安全委員会が定める基準値を大幅に下回っている。「輸入品を通じて、GM作物とグリホサートを世界で最も摂取している国の一つではないだろうか」という指摘は具体的なデータ、科学的根拠のない憶測である。

そして日本の消費者が米国GM大豆の恩恵を受けていることも忘れてはならない。日本は毎年約300万tのダイズを輸入していて、世界一のダイズの輸入国だった四半世紀前は主要輸出国の米国が日本向けに品種を開発してくれていた。しかし、中国が1996年から大豆の輸入を本格化し、現在では1億t以上に達する。中国が大豆の輸入を始めたのは、生活向上により油や肉の消費量が増えたためで、大豆を搾油して油を食用とし、油かすを家畜の飼料として利用している。中国がこれほど大量に大豆を輸入しているのに、日本がまだ買い負けずに輸入を続けられるのは、世界の大豆生産量がGM大豆の開発・普及により大きく伸びたおかげでもあるのだ。

食の不安をいたずらに煽る言説

鈴木氏は、「国産大豆や国産小麦を使用していない、日本の醤油、大豆油、食パンなどからはグリホサートが検出される」と述べて、食の不安をいたずらに煽るが、安全性が揺らぐことはない。続けて、「世界の動きに逆行してグリホサートの残留基準値を極端に緩和した。小麦は6倍、蕎麦は150倍だ。日本人が食べても耐えられる基準が、なぜいきなり100倍に跳ね上がるのか」とも指摘する。これもまったくの間違いであり、グリホサートの残留基準は少しも緩和されていない

実際、2017年の変更には緩和されたものもあれば、厳格化されたものもある。具体的には33品目が緩和され、えんどう、いんげん、きのこ、肉類など35品目は厳格化された。102品目は変更されていない。

そもそも残留基準値は、毎日の食生活でこれらの食品を食べても一日摂取許容量を超えないように、食品ごとの値を決めたもので、安全な食生活を守るための一日摂取許容量の内訳に当たる。一日摂取許容量とは例えるならコップであり、作物ごとの残留基準はコップに水を入れる小さなスプーンのようなもの。すべての作物のスプーンでコップに水を入れても、絶対にあふれ出ないように、スプーンの大きさを決めており、一部の作物のスプーンの大きさを変更しても、コップの容量を超えない限り、健康に影響はないのである。鈴木氏はこの仕組みを知る専門家でありながら、意図的に緩和された作物だけを取り上げて誤情報を拡散していると思われる。

提言の後半で鈴木氏はゲノム編集食品の安全性に懸念を示すと同時に、その普及は米国のグローバル種子農薬企業を儲けさせるためだという陰謀論を披露している。ゲノム編集に関する言説は次の機会に検証する。

 

【特集 鈴木宣弘氏の食品・農業言説を検証する】記事一覧

編集担当

AGRI FACT編集部

 

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