会員募集 ご寄付 お問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています
第4回 ラウンドアップが変えた農業の常識 ― 不耕起栽培という革命【ラウンドアップ「枯葉剤」説の虚構 “反農薬・反GMO・反資本主義”活動家が作った構造的デマ】
グリホサートは、1970年にジョン・E・フランツ博士がその除草活性を発見して以来、世界の農業技術を根本的に書き換えた農業資材である。今回は、この化学物質が農業と環境の両面にどのような革命をもたらしたのかを整理する。その技術革新を理解することは、後に生じる「枯葉剤デマ」がいかに科学的根拠を欠いた議論であったかを読み解く手がかりにもなる。
グリホサートは「百年に一度の発見」
除草剤ラウンドアップの有効成分グリホサートは、雑草学の国際的な権威スティーブン・パウルズ博士によって「百年に一度の発見」と称されている。博士は、ペニシリンが抗生物質の登場によって医療の常識を覆し、人類を感染症から救ったように、グリホサートも世界の食料生産を安定させた不可欠な基盤技術であるとして、そう強調した。
ラウンドアップの功績について、米国の環境保護活動家レイ・マクコーミック氏は「不耕起栽培とカバークロップ、土壌の健康が炭素を隔離するのを助け、地球を救うことになる」とまで表現する。
不耕起栽培とは栽培期間中、土をプラウで反転したり、ロータリーで耕起したりする作業を行わない農法のことである。
ラウンドアップ登場前の雑草防除体系とその限界
このように称される背景には、ラウンドアップが登場する以前の雑草防除体系が、今日では考えられないほど非効率で、環境負荷が高く、農家にとって労働・コストの両面で過酷なものであったという歴史的経緯がある。
ラウンドアップが登場する1970年代前半まで、世界の農家が使えた主要な雑草防除技術は二つだけだった。
第一は、畑を耕して雑草を埋め込む耕起による物理的除草であり、第二は、土壌表面に化学的バリアを形成する“プレエマージェンス”(発芽前)型除草剤の使用である。
後者は、雑草が発芽して地表に出てくる際に薬剤に触れて枯れるしくみで、効果を維持するためには長期間活性を保つことが求められた。しかしこの特性が、雨季の降雨によって薬剤が河川や地下水へ流出し、水生動植物に影響を及ぼすという環境問題を引き起こしていた。
また、反転・耕起に頼る除草体系は、農機による膨大な燃料消費と作業時間を必要とした。土壌を毎年反転させることで有機物が急速に分解し、土壌侵食や砂漠化を加速させるという深刻な弱点も抱えていた。
ラウンドアップの作用性と土壌挙動がもたらした新たな選択
こうした状況を根本から変えたのが、1974年に登場したラウンドアップ (有効成分グリホサート) であった。
ラウンドアップはそれまでの除草剤とは作用の方法も、環境挙動も、使い勝手も、すべてが全く異なる除草剤であった。最大の特徴は、葉から吸収されると植物体内を移行し、根を含む生育点まで枯死させる能力を備えていた点である。この効果によって、耕起せずとも畑の雑草を完全に除去することが初めて可能となった。
また、グリホサートは土壌に触れると速やかに吸着され、微生物によって分解され、二酸化炭素、リン酸、アンモニアといった自然界に普遍的に存在する物質へと変化する性質を持っていた。土壌残留性をほとんど持たないというこの例外的な特性は、発芽前処理の除草剤が抱えていた環境問題を根本的に回避し、耕作前の雑草処理のあり方を一変させる決定的な突破口となった。
「バーンダウン」の確立と不耕起栽培の誕生
ラウンドアップの実用性は発売前に、ハワイ大学のサトウキビ圃場で長期間行われた大規模な実証試験によって確認された。これらの試験は、耕起を伴わず、直播や植え付け前にグリホサートで雑草を完全に除去する「バーンダウン」という新しい概念を示した点で重要である。この成功により、耕起に依存せずに作物を作付けする「不耕起栽培」が初めて現実的な農法となった。
不耕起栽培は単なる省力化技術ではない。燃料消費は従来の耕起体系と比べて5割から8割減少し、米国農務省の推計によれば、米国全体では年間8億ガロンを超える燃料削減効果につながる。これは180万台のガソリン車を道路から消したのと同規模の二酸化炭素削減効果に相当する。
また、耕起によって破壊されていた土壌微生物群集が保持されるため、土壌の構造が改善され、有機物が蓄積され、水保持力が高まる。これにより、干ばつや洪水といった極端気象への耐性が向上する。土壌侵食に至っては、8割を超える削減が確認されている。
実際、1980年代には中西部や南部を中心に多くの農家がラウンドアップを利用した耕起削減を実践するようになった。1990年時点で不耕起栽培の作付面積は約1600万ヘクタールに達し、これは従来の耕起体系では規模拡大に限界のあった農業生産をより安定した形で継続する土台となった。
世界規模での普及と農業・環境へのインパクト
ラウンドアップがもたらした不耕起栽培の普及は、米国にとどまらず世界各地へ広がった。
アルゼンチンでは1980年代後半から不耕起栽培が導入され、気候変動に脆弱なパンパ地帯の土壌を守る技術として注目を集めた。1990年代前半には、小麦・大豆・トウモロコシを中心に不耕起体系が急速に増加し、主要作物の栽培に不可欠な技術として定着した。
ブラジルでは南部のパラナ州を起点に1970年代末から「プランティオ・ジレート」と呼ばれる不耕起体系が広がり始め、1990年代初頭には普及面積が1000万ヘクタールを超えた。高温多雨の条件下で土壌侵食に悩んでいたブラジル農業にとって、耕起を減らし、表層の残渣を保持できる不耕起体系は大きなメリットを持っていた。
欧州でも、英国やフランスを中心に1980年代後半から不耕起体系の採用が進み、土壌侵食対策や作業効率の改善を目的に導入する農家が増えた。
アジアでもインド北部の小麦地帯では不耕起播種が標準技術となり、水使用量や燃料消費を大幅に削減しながら、収量安定に寄与した。
こうした効果が最も顕著に現れた地域の一つがオーストラリアである。西豪州大学スティーブン・パウルズ名誉教授は「オーストラリア農業はグリホサートなしには成立し得ない」と言い切る。実際、「小麦作付面積の7割以上が不耕起栽培となっており、有機物の乏しい脆弱な土壌を守りつつ、降雨の少ない気候条件でも大規模農業を維持する体系が確立」(同教授)している。
日本では北海道の畑作地帯を皮切りに不耕起体系の導入が進んだ。とくに小麦・大豆・ジャガイモなどの大規模畑作地域では、作業時間を短縮しつつ、輪作体系の中で雑草管理を安定させる手法として評価されてきた。
世界農業を塗り替えた不耕起革命の定着
1990年代半ばまでに不耕起栽培は世界の主要穀物地帯で広く定着し始め、その作付面積は世界全体で3000万ヘクタール規模に拡大したと推計されている。これは土壌侵食や燃料消費を大幅に削減し、世界の穀物生産の基盤を強化するうえで決定的な役割を果たした。
ラウンドアップは発売からわずか数十年で、有史以来1万年以上、耕起に依存していた農業の構造そのものが書き換わる革命的な出来事だったのだ。パウルズ博士が「百年に一度の発見」と称した所以がここにある。
その先に、さらなる農業革命がおこる。「ラウンドアップレディー品種」の開発である。(続く)
参考URL
USDA Farmers.gov – “Save Money on Fuel with No-Till Farming.”
USDA Climate Hubs – “No-Till Farming and Climate Resilience.”
EESI – “No-Till Farming Improves Soil Health and Mitigates Climate Change.”
No-Till Farmer – “Herbicide History Part II: No-Till Rallies on Roundup.”
[Podcast] Never Till, Planting Philosophies & More with No-Till Living Legend Ray McCormick (No-Till Farmer)
Glyphosate: a once-in-a-century herbicide
FAO Conservation Agriculture Database
European Conservation Agriculture Federation (ECAF)
NO-TILL FOR SUSTAINABLE AGRICULTURE IN BRAZIL (Conservation Farming Unit)
Evolution and Acceleration of No-till Farming in Rice-Wheat Cropping System of the Indo- Gangetic Plains (Agronomy Australia Proceedings)
No-Till Farming Systems in Australia
Historical review of no-tillage cultivation of crops



