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第1回 種苗法の本質と改正の“真の論点”【種苗法改正で日本農業はよくなる】
新品種の保護強化を図る改正種苗法が2020年11月に成立し、2022年4月に全面施行となった。だが、成立数カ月前の通常国会では「農家壊滅論」を展開する反対派の声が高まったことなどから採決が見送られて継続審議となり、施行後の現在も反対の声が上がる。そうした農家壊滅論の議論は当時も今も、当事者である品種の「育種家」と壊滅するはずの「農家」たち“不在”のまま。そこで本特集では、“実在する”農家・育種家の当事者たちのリアルな声に焦点を当て、種苗法改正の本質とは何かを探っていく。第1回は農業ジャーナリストでAGRI FACT執筆者の浅川芳裕氏が“真の論点”を提示する。
種苗法とは何か
種苗法は、植物の新作品(品種)を登録する仕組みで、「植物版の特許・著作権」制度である。新たな植物品種として登録できれば、作曲家や発明家と同様、一定期間、育種家に対し知的財産権(独占的利用権)が提供される。種苗の世界では「育成者権(ブリーダーズ・ライツ)」と呼ばれるものだ。
種苗法によって、植物の創作者に対しこの権利を保障することで、農家や種苗業者が自分の品種を栽培してくれればくれるほど、許諾料(ライセンス料)を取得できる。長年の創作活動に対し、経済的リターンを得ることで、育種家はまた頑張って新品種を作ろうという開発インセンティブが高まることにつながる。
種苗法による品種登録制度とは、新品種をマーケットに投入し、適正な対価を得ることで、さらなる品種開発へと再投資できるための仕組みづくりの一環なのだ。つまり、新たな商品作物が世界で次々と誕生する前提となる制度である。
それは、生産者にとっても消費者にとっても有益である。種苗法によって、魅力ある新品種を栽培する生産農家の売上増につながり、困っていた病害虫に対する新たな抵抗性品種を導入することで経営のリスク低減に直結する。消費者にとっては、食する野菜や果物の選択肢が増え、きれいな草花を楽しめ、豊かな人生を送る一助となる。
無断コピーが例外的に認められてきた
しかし、既存の種苗法では、農家は種苗を一度買えば後は無断コピー(いわゆる自家増殖)してもいいという例外が認められてきた。今回の改正案で、この自家増殖について「許諾制」に変更される。そのことで、この好循環、育種家・生産者・消費者の“三方良し”を後押しする。
許諾制とは、種苗の販売や自家増殖にあたり、生産の対象や地域ごとに、そもそも許可するか、もしくは許可しないかについて、育種家が主体的に選択可能になるという意味だ。許可する場合でも、無料か有料か、その他の条件はどうするか、決められるのは育種家となる。特許権や著作権と同じで当然の話である。従来の無断・無料コピー容認が異常であった。品種登録制度により「独占的利用権」が付与されながら、まともに行使できない法律だったのだ。
改正でようやく、種苗法の第一条が定める法の目的を達成する前提条件が整うのだ。一条を引用する。
「この法律は、新品種の保護のための品種登録に関する制度、指定種苗の表示に関する規制等について定めることにより、品種の育成の振興と種苗の流通の適正化を図り、もって農林水産業の発展に寄与することを目的とする」
改正前は報われなかった育種家
法改正されなければどうなるか。育種家は報われないままだ。とくに個人や中小の新品種クリエーターたちは経済的な困難に直面し、毎年、廃業している。そのスピードがさらに加速する。
この育種家が報われない法システムは、農家の経営リスクを意味する。優れた育種家がいなくなれば、新品種開発は停滞し、農家の品種選択は狭まっていく。一方、海外で魅力的な品種開発が進めば、輸入が増え、国産の競争力は下がるばかりだ。
種苗法改正の本質は、農家にとって負担増でない。知的財産法の精神に反する無断・無料・違法コピーの是正であり、正当な対価の支払いである。それは農家経営の将来にとって、ひいては日本農業の将来にとって健全な投資なのである。
巷で騒がれている改正による「農家壊滅論」は幻想だ。農家と育種家は創造的な協働関係にある。農家の仕事は、品種の潜在能力を実際の田畑で引き出すことであり、育種家の仕事は「品種で農家の懐を潤して初めて価値をもつ」(育種家・小野田正利氏)。育種家が得をして一方的に農家が損するような対立関係は存在しえない。
*この記事は、『農業経営者』(2020年8月号)の【特集】種苗法改正で日本農業はよくなる! 前編【種苗法改正】徹底取材 育種家と農家のリアルな声一挙掲載を、AGRI FACT編集部が再編集した。
筆者浅川芳裕(農業ジャーナリスト、農業技術通信社顧問) |