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Vol.10 昆虫食陰謀論【不思議食品・観察記】
科学的根拠のない、不思議なトンデモ健康法が発生する現象を観察するライター山田ノジルさんの連載コラム。驚くべき言説で広まる不思議食品の数々や、その沼にはまった住人たちをウォッチし続けている山田ノジルさんが今回は、かつてのゲテモノ扱いからエシカル消費へと転化した、昆虫食にまつわる陰謀論を観察します。
流行の裏には陰謀がある!?
「流行ると陰謀だと思うのが、陰謀論者の発想」
2022年12月に開催されたトークショーで、『あなたを陰謀論者にする言葉』(フォレスト出版)の著者であるライターの雨宮純さんが語っていた言葉です。続けて紹介されたのが「昆虫食陰謀論」。昭和〜平成とゲテモノ扱いだった昆虫食は、深夜番組の罰ゲーム小道具としてお馴染みでした。それが陰謀論に登場したということは、かなり認知度が上がってきた証拠です。
陰謀論とは、大きな事件や世の状況を「闇の組織が関与している」とする世界観のこと。有名どころではアポロ計画(実際は月面着陸していない)からケムトレイル(政府が飛行機雲で有害物質を空から散布している)など。コロナ関連では「ワクチンにはマイクロチップが仕込まれ、5G通信で操作される」という陰謀論が登場し、研究者が大学の設備を使って真剣に検証、YouTubeで発信するアツい展開にまで至っていました。
種や農薬、遺伝子組み換え食品といった「農」に関わる分野では、アグリファクトの執筆陣が流布するデマについて解説していますが、このコラムでは陰謀論によって不穏な存在とされかけている昆虫食の今を見ていきましょう。
イマドキ(?)の昆虫食陰謀論
次に挙げるのは、巷で見かけた昆虫食陰謀論です(カッコ内は筆者による補足)。
・スタバのクリームパイは、ジャンボタニシの卵をモチーフにしている。これは昆虫食に抵抗をなくさせるための、陰謀である。
(ジャンボタニシは大型巻貝なので、仮にモチーフだったとしても昆虫食とは無関係では。そもそもジャンボタニシ、別名沖縄エスカルゴは食用目的に養殖されていたものです)
・世界の支配層は爬虫類人間※。虫を食料にするという発想は、爬虫類人間ならでは。地球温暖化も、虫を食べさせようとするための嘘。ロスチャイルド家がFAO(国際連合食糧農業機関)を操っている。
(それが真実なら、昆虫食は特権階級の支配層が独占し、あえて「ほ乳類人間」に食わせてやるほうが不自然では? なんて、昆虫食愛好家界隈でつっこみが発生していました)
※太古に地球にやって来た“爬虫類型宇宙人”のこと。遺伝子操作で人類とのハイブリッドを誕生させ、特権階級にハイブリッド・レプティリアンを送り込み人類を支配してきたとされる陰謀論。
・コオロギには発がん性がある。ワクチンで免疫を下げたところに虫を食べさせ、がん利権を狙っている。
(このネタのソースは不明。Twitterで見る限りはコオロギの外骨格であるキチン質に発がん性物質が含まれているという話らしいが、日本人が大好きなエビやカニは叩かれない不思議さよ。エビカニの殻もキチン質豊富で、カニ殻キチンは分解されグルコサミン(*)となり、軟骨に不安のある高齢者を中心に大人気ですのに。また、コオロギ養殖場からさまざまな寄生虫や病原菌が検出されている! と不安を煽るアカウントもありますが、鳥インフルエンザやアニサキスのほか、虫に限らず生き物にはついて回る問題です。ついでにアレルギーの問題がある! との指摘もありますが、隠されている情報でも何でもありません。これも食品であれば当然の話)
・オランダでは続々と牧場が食用昆虫の養殖場に変わっていて、虫を食べさせる世界への準備が進んでいる。
(部分的には事実だと思われるものの、それはヨーロッパ圏でヴィーガンが普及したので、肉の代替えとして昆虫食のニーズが増えたことが一因かと。さらには昆虫の養殖は畜産と比べ圧倒的に楽なので、現場の高齢化によって切り替えたなどの理由もありそうです)
・聖書では虫を食べることは禁じられている。その逆をやりたがるのが、いかにも悪魔崇拝である支配層のやること。
(ついでに聖書では貝やタコも禁じられているので、寿司をパクつく日本人はキリスト教圏から見ると悪魔扱い? ちなみに聖書でもイナゴはOKで、旧約聖書の地であるイスラエルでは、ユダヤ教でも食べられるトノサマババッタベンチャーが誕生。いずれにしても特定の宗教の理屈から、世界的に取り組まれている昆虫食にあてはめるのは難しそうです)
・コオロギは雑食だから闇! 日本で伝統的に食べられてきたイナゴは稲しか食べない虫だから光。
(工場的に生産されてるからコオロギ=悪、天然もののイナゴ=光かと思いきや、雑食か草食かという謎理屈でした。トノサマバッタなどのイナゴはヨーロッパでも大発生し、旧約聖書においては「災い」とされてるハズですが、ここだけ日本の文化が登場するご都合主義! 食用コオロギの普及は、1998年からタイ東北部の農家副業として、コンケン大学の昆虫学者らが養殖を推奨したことが20年以上かけてゆっくり広まったもの。これが今のコオロギ食のベースです。これを陰謀論っぽく見ると、国立大学(コンケン大学)は闇政府の手先! となるの…か?)
ざっとピックアップしただけでもこれだけあります。
転換期は昆虫食を推すFAOのレポート
昆虫食の基礎知識をおさらいしてみましょう。昆虫食とは、文字通り虫を食べること。動物の食性の話ではなく、ヒトの食文化の話です。温暖な気候で虫が生息しやすいアジア、アフリカ、南アメリカを中心に食用とされてきましたが、ヨーロッパ圏でも一部地域に古代から虫が食用にされていた記録も存在しています。遡れば、猿人の時代から虫を食べていたはずだと数々の研究によって推測されています(なので「虫は人の食べ物じゃない!」は事実ではありません)。
日本では「長野県伊那市の郷土食」として有名なので、虫を食べる理由を「海なし県でたんぱく源が限られるから」だと考えられがちですが、昆虫食研究の権威である三橋淳の著書によると「海のある地域でも食用昆虫の記録がある」とされ、「たんぱく源が少ないから仕方なく食べてた」説は否定されています。
しかし今は誰もが実感しているように、日本では一般的な食材ではありません。それは戦後に食が欧米化したことや流通の発達、殺虫剤の一般化によって、昆虫食文化が廃れたから。そして昭和後期から平成にかけては完全にゲテモノ扱い。ところが2013年に大転換が起こります。FAOのレポートが「同じ収穫でも牛肉や豚肉より昆虫のほうが温室効果ガスを出しにくく、これまで先進国が無視してきた昆虫食を、未来の選択肢としてもう一度見直そう」と言い出したこと。そこからゲテモノ食や罰ゲームから一気に出世し、エシカル消費の高みへと押し上げられつつあります。
それからは、NHKが真面目に取り上げるようになるなど、メディアの態度も変化。さらに虫を食用にするためのガイドラインはEUやタイが先行していて日本はやや出遅れたものの、大手小売店である無印良品がオリジナルのコオロギせんべいを開発・販売したことで認知度は爆上がり。2022年夏には大阪府立環境農林水産総合研究所によってコオロギ生産ガイドラインも完成しています。公式に認められるにつれ、海外で発生した昆虫食陰謀論も日本でアレンジされていき、上記のような投稿がネットの燃料としてばらまかれました。←今ココ。
創造性を欠く典型的なパターンばかり
陰謀論には、社会の急な変化に気持ちが追いつかないような不安に物語を与えることで、安心と納得を与えてくれる役割があるのかもしれません。また「目覚めた人」「気づいた人」という高揚感から、仲間との絆も深くなり、居場所を見つける人もいるでしょう。昆虫食陰謀論の場合は、昆虫食の情報が十分にいきわたっていないことや、伝統的な昆虫食よりもネオ昆虫食を売るためのキラキラ情報が先行したために、「よくわからないものを食べさせられる」という不安の表れもありそうです。そこへ過剰なまでの虫嫌い風潮も加わって、嫌悪感から既存の陰謀論に乗っかり「食べない理由」をひねり出したという印象。
また、国や権威ある団体が推すというだけで、何か裏があるに違いないと思う心理もあるでしょう。これは、これまでの政治や企業に対する不信感の積み重ねに加え、雑な情報伝達が一因です。例えば学校給食に昆虫食が出た際は、本来選択制で食べられる配慮などがされていたにも関わらず、報道が連鎖するほどにセンセーショナルで雑な情報へと劣化していったという現象もありました(都市伝説でもよくあったヤツ)。
そういえば伊藤忠商事のCM(暮らす。愛する。商いする。「衣食住物語_2023冬」篇)も、なかなかツッコミどころがありました。「虫って美容にいいんだって〜!」とキャッキャと会話する女子高生の日常風景。私はとりたてて昆虫食にネガティブな感情をもっていませんが、大人が都合よく考えたイマジナリー女子高生にしゃべらせているような微妙な違和感を覚えました。これが「プロバガンダだ」と言われるのも、ちょっと仕方ないのかも。
しかし共感できる部分はあるものの、ひとつひとつの昆虫食陰謀論は、ほぼ言いがかり。昆虫食以外でもどこかで見かけたような典型的なパターンばかりです。陰謀論以前に、虫の生態をまるっと無視しためちゃくちゃな都市伝説があったことを思い出しました(虫を食べて死んだだの、胃の中で卵が孵化するだの……)。
冒頭で紹介した雨宮さんは、別のイベントで「陰謀論やるなら真面目にやれ」と言っていましたが、昆虫食陰謀論にも全く同じことを感じます。陰謀論に限らず、この手の不安を煽る言説は焼き直しや表面上の取り繕いなど、クリエイティブさに欠けるのが常。ハードSFのように「もしかして……ホントかも!?」と思わせる不都合な真実(=陰謀)に、今年こそ出会えるでしょうか。
*カニ殻キチンは分解されコンドロイチンとなり、は「グルコサミンとなり」の間違いでした。お詫びして訂正いたします。(2023年2月21日 AGRI FACT編集部)
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