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Vol.9 リンゴ農家が「消費者の顔が見えない」問題を語る【農家の本音 〇〇(問題)を語る】
AGRIFACT読者の皆様はじめまして、青森でリンゴ農家をしている水木たけるです。代々のリンゴ農家ですが新卒時は企業に就職し、その後脱サラして農産物の直販・商品企画・開発・加工製造といろいろな経験をしてきました。今回は産地直送黎明期にトラックで都会を走り回った自分の経験を踏まえて、農業・農家と消費者との関係性について語りたいと思います。
原体験としての田舎農家育ち
最近は異業種からの新規就農で農業をされる方も多いですが、私は明治以来代々のリンゴ農家で生まれ育った生粋の生産者です。ちょうど昭和後期頃からの衛生的でシステマティックな食品流通が確立される前の農業を見て育ってきた、田舎の食の風景を記憶している最後の世代かなと思います。
自分の育った環境はまさに日本の「ザ・田舎」と言ってもよいような山と果樹園と田んぼしかない土地柄で、収穫期になれば畑に落ちているリンゴ食べ放題、自家用に植えられてはいるものの誰も収穫せず鳥の餌になっている状態の果物、具体的にはブドウやプルーン、柿、スモモ、杏子などが豊富にあり、豊富すぎてかえって誰も手を付けないくらいの環境でした。
ですから果物には貴重さを感じない贅沢な体質に育ちました。お米や野菜も大きめな家庭菜園で作っていたこともあり、野菜は畑に沢山あって採りきれないほど手に入るもの、という感覚で今もいます。これは農家に育った人なら皆さん同じような感覚を持たれることかもしれません。
こんな環境に育った若造は、高校を卒業すると都会にある工場へ就職することになります。初めての一人暮らし、慣れない土地での寮生活がスタートしました。折しも平成の米騒動(1993年)が起きていた時期で、寮で出される長粒種の輸入米がブレンドされたお米を炊いたご飯が美味しくない。これが様々な思惑が絡んだ問題だったことは後で知ります。
休日には食堂が休みのため外食するか自炊するしかありません。コンビニ弁当は味や量にイマイチ納得できなかったし、炊きたての美味しいご飯と味噌仕立ての豚汁を腹一杯食べたいという衝動から自炊をよくしていました。
スーパーのトマトに価格情報しかない衝撃
食材の買い出しは寮に近い有名スーパーです。いつものようにスーパーで買い物をしているとき、ふと気づいたのです。店のトマトに値札以外の情報がないことに。
夏の青い空、田舎の山間の畑の端っこに植えられ、人の背丈ほどに大きくなった茎に赤や緑、割れていたりサイズが不揃いだったり、変な虫がいたり等々、その中から食べ頃で見るからに美味そうなものを選んでかじりつく。そんな風景が当たり前だった自分はきれいに並んだ形も色も大きさも同じようなトマトと価格情報しかない事実に衝撃を受けたのでした。
スーパーの売り場でトマトを持って固まっている若造。傍から見たら異様な風景だったかもしれません。あまりに寂しいというか、面白くないというか、つまらないというか、豊かではないという印象に近かったと思います。「これで良いのか?」という疑問を抱いたのです。
やがて秋になり、実家から収穫したてのリンゴが送られてきました。冷蔵庫で冷やしたリンゴを手に取って一口かじると甘い果汁がジュースのように湧いてきて、思わず冷蔵庫の扉を閉めるのも忘れ一気にかじり尽くしてしまう。人の食欲を刺激して虜にさせる力がリンゴにはある。この経験もなかなか衝撃的でした。
人を魅惑する特別なリンゴを食べてもらえれば、間違いなく喜んでもらえるという都会の消費者としての気づき。さらに、モノとしての消費から脱却し、消費者にもっと楽しんでもらえ、食の豊かさを感じてもらえるような情報を届けられないか? そう考えて会社を辞めたあとに就農し、当時はまだ一般的ではなかった産地直送事業を始めることにしたのです。
売らずに帰れない産地直送黎明期のトラブル
一般的な市場出荷・JA出荷の場合、特別なリンゴも多くの生産者のリンゴと混ぜられ、単なるモノとして消費地に届きます。そしてリンゴと値札が並ぶだけの風景になってしまいます。消費者にもっと喜んでもらうための工夫は市場出荷やJA出荷ではできません。そのあたりは今も変わらないとは思います。
1990年代後半から00年代初頭は、産直ECやマルシェなどは全くない時代で、かろうじてインターネットの普及で個人売買が始まりつつあった頃。産地直送と言っても具体的にどうすればいいのか分からない有様でした。ひとまずトラックを買って首都圏に行ってみるという計画を立て、いざ実行の段になったとき、リンゴが豊作すぎて価格が大暴落するアクシデントが発生。リンゴを首都圏で試験的に売ってみるつもりが、試験的では済まされない状況となったのです。
売ってある程度のお金を作らなければ帰れない。トラックの荷台一杯に積んだリンゴを横浜の団地まで運び、広げて売ってみるもさっぱりです。パニック状態に陥りました。その後は覚悟を決めて、団地1000戸をピンポンしたり販売できそうな場所を探し回ったりしてなんとか販売が成立する場所を見つけては道行く人に「リンゴはいかがですか?」と声をかけ続けました。沢山の人たちとやり取りをしているうちに、少しずつでしたがリンゴが売れ出したのです。
このとき生産者に利益が残らない流通体系の問題を嫌というほど実感しました。大豊作により産地価格はリンゴ1個15円まで下落していたのに消費地では通常の1個100円で販売されていました。高級スーパーでは500円が値付けされる理不尽さを強く感じたものです。
我々が生き延びるためにはこの流れから抜けることが必要だと思い頑張ってきましたが、市場原理の厳しさが令和の時代にも生産者に影を落としています。今後も変わらないとなれば、我々の自己改革をもって乗り越えていくしかないと思います。
顔の見える消費者・生活者とのやり取り
団地での直接販売は畑の風景しか知らない農民にはとても学びの大きな経験になりました。販売に行けば一日200人ものお客様といろんな話をします。リンゴの食べ方にしても農家より詳しい。まるかじりする人は居なくて、奥さんが皮をむき切り分けてはじめて家族が食べ始め、美味しくないと誰も手を付けない。年末になるとリンゴが大量に届いて困る。田舎では当たり前のリンゴを木箱で買う人はいないこと、スーパーまで徒歩で行くのでリンゴは重くて困ることなど、地方の農村で農作業をしていては得られない消費者・生活者の生活を理解することができました。
また、そもそも誰が食べるのかを想像できていなかった状態から、具体的に誰がどう食べているのかを思い描くことができるようになり、お客様とやり取りするツールとしてお届けるリンゴに手作りした新聞のようなモノを添えることで、相互理解を深めることができました。なによりいつも買ってくれる皆様から「とても美味しい」と喜んでもらえたのは、生産者冥利に尽きる出来事でした。そしてやり取りで得た情報がその後の商品開発や改善のヒントになることが多かったのです。
今なら産直ECを使った直販は簡単にできますし、マルシェ等も多数運営されるようになったので消費者とのやり取りにより相互理解を深めている農家も少なくないと思います。農業の変革期に差しかかり、今後の展開をどうしていくか悩んでおられる人も少なからずいると思います。沢山のお客様と多くのやり取りをする中で見えてくること、今後の展開へのヒントが見つかることが多くありますので、なにかの形で消費者との繋がりを増やしていくことをオススメします。そこから生産者としての喜び多く、また楽しく事業を発展できる農業経営者が増えていくことを期待します。
筆者水木たける(リンゴ農家) |
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