会員募集 ご寄付 お問い合わせ AGRI FACTとは
本サイトはAGRI FACTに賛同する個人・団体から寄付・委託を受け、農業技術通信社が制作・編集・運営しています

第1回 小泉農相の備蓄米2000円指定―法の枠を超えた価格介入、コメ農家は撤回と是正を求めるべき【浅川芳裕の農業note】

浅川芳裕の農業note

浅川芳裕氏による新連載「浅川芳裕の農業note」。第1回は、小泉進次郎農相の発言と政策がいかに備蓄米制度の根拠法である「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」の趣旨を逸脱しているかを論じる。コメ5kgの販売価格を2000円と事実上指定する行為は、供給不足への備えという法の目的を著しくねじ曲げるものであり、政府による恣意的な市場介入として法的・制度的な問題をはらんでいる。価格形成の自由を侵害し、農家の経営を不安定化させる今回の措置は、果たして許容されるのか。法制度の観点から、その是非を問う。

政治的な価格指定は備蓄米法令を逸脱

小泉農相による「コメ5kg2000円指定」は、備蓄米の根拠法令「主要食糧の需給及び価格の安定に関する法律」の制度趣旨を逸脱したものである。

同法では、政府備蓄の目的を「米の供給が不足する事態に備えること」と明確に限定しており、政治的な価格操作は、定義上も制度設計上も想定されていない。

にもかかわらず、今回の価格指定は、備蓄制度の趣旨に反する恣意的かつ脱法的な介入であり、行政の裁量権を著しく逸脱する行為に他ならない。これは、法的にも看過できない重大な問題をはらんでいる。

このような制度の逸脱に対して、コメ農家が受ける損失は無視できず、ただちに価格指定の撤回を求めるとともに、必要に応じて法的手段によって是正を図るべき局面に入っている。

「価格破壊」発言が示した異常な市場介入姿勢

小泉農相は就任直後、「価格破壊を起こさないと世の中の空気変わらない」と発言し、市場操作を前提とした姿勢を露呈した。これは、民間価格への介入を当然視する脱法的態度を示すものである。

5月25日のNHK番組では、「備蓄米の政府売渡価格(1俵60kg=1万円、玄米)と販売価格(5kg=2000円、精米)」を事実上指定する発言を行っている。

違法な価格統制にあたるおそれ

政府が民間の小売価格を一方的に設定・指示することは、備蓄米であっても主要食糧法の制度設計に含まれておらず、同法に反するだけでなく、実質的に価格統制に該当する重大な違法行為である。

加えて、政府は備蓄米100万トン、MA米70万トンを保有し、その放出判断によって民間市場の需給や価格に決定的な影響を及ぼしている。このような構造のもとでは、農水省は単なる制度管理者にとどまらず、実質的にコメ市場における支配的プレイヤーとして機能している。

この優位的な立場にある行政機関が、特定の価格水準を事実上指定し、流通や販売を誘導する行為は、独占禁止法上の「支配的地位の濫用」に類する構造を有する。

「公共の利益のためであり、統制にはあたらない」との反論も想定されるが、価格誘導を目的とした行政介入が法定の枠組みや制度趣旨を逸脱して行われる場合、たとえ公益を掲げていても正当化されるものではない。むしろ、公共性を名目とした価格誘導こそが、競争秩序と価格形成の自由を侵害する重大な干渉である。

価格形成は、本来、需給バランスに基づいて市場で決定されるべきものであり、行政が介入すれば、憲法で保障された経済活動の自由を侵害しかねない。こうした価格指定は、市場原理をゆがめ、農家や流通業者の経済合理性を著しく損なう。

備蓄制度上の矛盾と放出条件の不備

主要食糧法では、備蓄米の放出は「主食用米の供給量確保に支障が生じる場合」に限定されており、実質的な供給不足が前提とされている。価格の上昇や高止まりのみを理由とする放出は、制度上の想定外である。

にもかかわらず、農水省は自らの作況指数を根拠に生産量不足を否定しており、今回の価格上昇の要因を「流通の目詰まり」と説明している。つまり、備蓄米放出の最低条件すら満たしていない。

市場への影響と損失の発生

価格誘導を目的とした“政治的放出”は、法の基本指針に反し、政府の恣意的裁量による市場干渉に他ならない。

とりわけ、政府が「安価な価格水準」を示すことで、それが市場価格の基準となり、全体に下方圧力をかける。これにより、農家の販売価格は押し下げられ、流通業者も「価格合わせ」を強いられることになりかねない。

たとえ備蓄米の一部であっても、政府の価格指示は実質的な強制力を持ち、民間市場への圧力として作用する。結果として農家・流通に損失が発生しうる。

「価格の安定」は政治的誘導ではない

主要食糧法第1条では、「価格の安定」も目的として掲げられているが、これをもって本件を正当化するのは誤りである。ここでいう「安定」とは、短期的・政治的な価格操作を容認するものではない。

むしろ、法の構造全体を見れば、第2条や第3条、29条等において、「供給不足時の混乱回避」や「需給の整合的調整を通じた安定的な供給」が重視されており、その前提として「整合性をもって」と明記されている点にも注意が必要である。

つまり、価格安定とは、本来、需給全体のなかで形成されるものであり、政府による恣意的な価格誘導によって実現されるものではない。

とくに今回のように、不祥事による農相交代を受けて、政治的アピールを意識して設定された価格が、結果として民間市場をゆがめるに至ったケースでは、「整合性を欠いた裁量の行使」として、制度趣旨に反する違法な政策運用と評価せざるを得ない。

法的責任と農家の選択肢

このような行政行為により農家や流通業者が不利益を被った、あるいは被る蓋然性が高い場合には、取消訴訟や国家賠償請求訴訟の対象となりうる。

とりわけ、需給に応じて市場価格が形成されている中で、政府がそれを大きく下回る水準を一方的に指定し、事実上の相場形成に介入した場合、経済的損失を被った農家が過失責任を追及する法的根拠を持つ余地は十分にある。

農家は、天候・需給・政策といった多様な不確実性を織り込んで経営判断を下している。とくに田植えや直播きの最中や直後に、政府が今回のように介入すれば、それは事後的に価格リスクを押し付けることになり、経営の安定性を根本から脅かす。

司法の場で違法性を問う意義

コメ農家はこの行政行為が違法であるとして、行政訴訟を提起し、措置の取消や損害賠償を求める法的権利を持っている。

裁量権の逸脱によって営業の自由や正当な価格形成が侵害されている以上、司法の場で違法性を明確にすることは、民主的統制の観点からも不可欠である。

今こそ価格指定の撤回を求めるとき

備蓄米の売渡しに関する随意契約の実施は、来週に予定されている。法的措置はその後の選択肢として残しつつ、いま最優先で求められるのは価格指定の撤回である。

小泉農相の議員事務所や自民党地元議員への働きかけ、農水省農産局(貿易業務課)への問い合わせは、いずれも有効な手段である。現場からの声こそが、制度を歪める政治的裁量に対抗する最大の力となる。

 

編集部註:この記事は、浅川芳裕氏のnote 2025年5月24日の記事を許可を得て、転載させていただきました。オリジナルをお読みになりたい方は浅川芳裕氏のnoteをご覧ください。

 

【浅川芳裕の農業note】記事一覧

筆者

浅川芳裕(農業ジャーナリスト、農業技術通信社顧問)

 

 会員募集中! 会員募集中!

関連記事

記事検索

Facebook

ランキング(月間)

  1. 1

    徳本修一(トゥリーアンドノーフ株式会社代表取締役)

  2. 2

    日本の農薬使用に関して言われていることの嘘 – 本当に日本の農産物が農薬まみれか徹底検証する

  3. 3

    参政党の事実を無視した食料・農業政策を検証する

  4. 4

    Vol.32 ローラ就農報道で世間を騒がす雑穀食事術「つぶつぶ」【不思議食品・観察記】

  5. 5

    コメ高騰は「人災」だったーー農水省作況調査の欠陥が招いた信頼崩壊

提携サイト

くらしとバイオプラザ21
食の安全と安心を科学する会
FSIN

TOP

会員募集中

CLOSE

会員募集中