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第49回 福島、秋田、放射能。オーガニックな風評に翻弄される米たち【分断をこえてゆけ 有機と慣行の向こう側】
昨年、福島県を訪れた際に「福島の有機米のPR方法を考える」小さな集まりに立ち会う機会があった。
参加していたのは県内の有機米生産者と行政職員、東京のいくつかの飲食店などだった。
会の案内には前置きとして「震災から12年、福島だからと仕入れを控えるようなお店はほぼなくなりつつある」と書かれていたが、途中で意見を求められた私はあえて放射性物質による風評被害の話題を取り上げた。
もしテーマが単に「福島の米」なら、そうしなかっただろう。
だが「福島の有機米」が対象である以上、意地悪かもしれないと思いつつ、避けて通ることはできなかった。
角の立たない一般論を話しても意味がない。
それに対し、ある若手の生産者からは「どうせ何を言っても変わらない、ずっと怖がり続ける人たちをいつまでも気にしても仕方がない」という、やや苛立ちを含んだ声が上がった。
福島の生産者が戦ってきた酷い風評の数々を思えば、その苛立ちが意味するものは想像に難くない。
ニッポンのオーガニックと、放射能
だが一方で、日本のオーガニックマーケットは彼が言うような「どうせ何を言ってもずっと怖がり続ける人たち」を再生産し、囲い込むようなプロモーションの仕方を黙認し続けてきた歴史がある。
その慣習は、対象が農薬であれ放射性物質であれ、大きくは変わらない。
例えば、震災後に「放射能の心配がない西日本の野菜セット」という商品を販売していた有名自然食品店は、今もALPS処理水放出について根拠のない風評被害を生み出すような内容の冊子をつくり、子育て層に向けて販売している。
また、老舗有機食品販売の創業者がALPS処理水を「放射能汚染水」と呼んだことが問題となり、会長職を辞任したニュースも記憶に新しい。(※1)
オーガニックの顧客が放射性物質を必要以上に忌避してきたのは、事業者側がそういう顧客を望み、育ててきたからに他ならない。
顧客が情報をアップデートし、食品の安全性や環境負荷についてより正確な最新の知識を得て、理解を深め、自立した消費者となることを積極的に望んでこなかった。
複雑でグレーな現実を根気強く提示し理解を求めることよりも、より単純な二項対立の世界観のなかで、自らを無謬の「善」の側と位置付けることを選んできた。
パルシステムの下請法違反と、『訂正』できない人たち
当然、放射性物質に限らず農薬や化学肥料、食品添加物、遺伝子組み換え等も、いつまでも忌避される仮想敵であり続けなければならない。
「今や、安全性において有機と慣行農産物に差はない」「結果的には何十年経っても、遺伝子組み換え食品による健康被害は発生しなかった」など、仮にわかっていたとしても、公に認めてしまえば長年築いてきた商品価値を自ら貶め、首を絞めることになる。
批評家の東浩紀氏の言葉を借りれば「『訂正』できない人たち」だ。
そうであれば、AGRI FACTでも馴染み深い山田正彦、鈴木宣弘、印鑰智哉、堤未果、安田節子、天笠啓祐、ゼン・ハニーカットといった「有識者」たちの言うことを「より正確な最新の知識」として顧客に提供し続けていた方が、よほど都合が良い。
なお、上に挙げた全ての人物が登場しているウェブサイトが「生協パルシステムの情報メディア KOKOCARA」だが、そんなパルシステムが9月4日、公正取引委員会から下請法違反で再発防止の勧告を受けている。
公取委の検査官が記者会見で述べたように「弱い立場にある下請け事業者に対し、不当な値引きを強要していた」ことが発覚したためだ。(※2)
あえて青臭い言い方をすれば「言ってることとやってることが全然違う」。
多くの「有識者」を次々と引用し、食の安全と公正な社会の実現を訴えてきたパルシステムが、その裏で悲しいほどに凡庸な搾取行為をおこなっていた事実は、教訓として記憶に留めておきたい。
あきたこまちRと、何度でもよみがえる福島の風評
マーケットにこのような体質が残る限り、福島の放射性物質への不安だけを抑えても本質的な解決にはならない。
そのことは最近の「あきたこまちR」の問題を見ても明らかだ。(※3)
結局のところ「あきたこまちR」反対運動も、放射能への無理解と忌避感を最大限に利用しているという点では何も新しさはない。
だが、所詮はノイジーマイノリティに過ぎないと軽視していると、いつの間にか政治家や学者を巻き込み、オーガニック給食や反農薬運動と連携して、根拠も正当性もない「反対の声」が既成事実化されてしまう。
これほど荒唐無稽な運動をこのまま見過ごしていれば、「福島の有機農産物」への風評もいつどんな形で亡霊のように甦るかわからない。
『原発事故と「食」 市場・コミュニケーション・差別』(五十嵐泰正)が2018年時点でなお指摘している「悪い風化」=「普段から意識して避けるわけではないにせよ、福島県産品に対する何となく悪いイメージがうっすらと固定化されている状態」が、まして安全性に敏感なオーガニックの顧客のなかで、数年のうちに都合よく消失したとは考えにくい。(※4)
ジャーナリストの林智裕氏らが強く批判しているように、福島をめぐる不当な風評は、科学的な検証の積み重ねと根気強い発信の果てにようやく沈静化したかのように思えても、ひとたび大声で同じ嘘を言う者が現れれば、何度でも人の心身を傷つける。(※5)
自分がされて嫌なことを他人にしてはいけない
震災から数年経った頃、私が働いていたオーガニックカフェに福島の有機生産者(冒頭の集まりとは別の人)がトークゲストとして訪れたことがあった。
その生産者は、福島県が原発事故後に米の全量全袋検査を実施していることを紹介し、「これほど徹底した検査と対策がとられている。今の日本には、むしろ福島以上に安全が確認されている米なんてない」と訴えた。
切実で真っ当な言い分だったが、一方でひどくひっかかりを覚えたことを今も記憶している。
福島の有機生産者が放射性物質の影響について「限りなく安全だ」と説明を尽くすことができるのなら、同じように何重にも安全性を担保されている慣行農業をひとくくりに危険視することの無意味さは理解できるはずだ。
自分がされて嫌なことを他人にしてはいけない。
オーガニックに関わる事業者ほど高い精度で情報をアップデートする責任がある。
もし有機生産者が一斉に「古い慣習と決別しよう」と声を上げれば、他分野で風評に苦しむ人々にも勇気を与え、きっと社会は少しだけ変わるだろう。
ちなみに、冒頭の集まりで出会った生産者からは、それ以来、応援の気持ちも込めて時々お米を買っている。
磐梯山を望む美しい景色のなかで育つそのお米は瑞々しく、有機であろうがなかろうがお世辞抜きでとても美味しい。
参考
※1:日本経済新聞 2024年2月22日 オイシックス藤田和芳会長が辞任 「放射能汚染水」投稿
※2:時事ドットコムニュース 2024.9.4 パルシステムに勧告 下請法違反、2770万円不当減額―公取委
※3:第38回 放射線育種米という烙印を広め続ける人たち
※4:中公新書『原発事故と「食」 市場・コミュニケーション・差別』(五十嵐泰正)
※5:現代ビジネス 2024.09.13 「子どもが鼻血を洗面器で受けた」「被曝が遺伝する」…福島を苦しめ続ける「原発事故の根拠なき誤解」に反論する(林 智裕)
※記事内容は全て筆者個人の見解です。筆者が所属する組織・団体等の見解を示すものでは一切ありません。
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