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Vol.20 島根の野菜農家が「野菜高騰」問題を語る【農家の本音 〇〇(問題)を語る】
お久しぶり島根の野菜農家です。2024年の年末から2025年1月現在にかけて生鮮食品、とくに野菜の高騰が続き、ニュースでも連日取り上げられています。夏にはコメの販売価格が急上昇し、日本人の毎日の食卓を支える食材の価格上昇が常態化しているとも指摘されます。今回の野菜高騰はメディアが報じるように本当に夏の猛暑が理由なのか、そもそも野菜の価格高騰はなぜ起きたのか。これからも野菜高騰は続くのか。野菜農家が詳しく解説します。
メディアが知らない野菜流通と価格のメカニズム
野菜が高騰するとマスメディアは「野菜が高い! 庶民の生活が!」と報道します。しかしその報道内容は毎度ステレオタイプで「高い、困った、夏の猛暑の影響」程度の説明しかしていません。
実際はメディア報道のかなり前から高騰の前兆があり、産地からの状況連絡や市場への荷物の少なさなどで近い将来の供給不足が概ね見えてきます。そうなると当然、産地JAや市場、卸も対応はしますし、農家としても出荷先と密に連絡を取り、「まずい状況かも」と報連相します。すると市場や卸はまだ余力のあるうちに在庫の確保に走ったりするのです。
次第に収穫が始まり収量の実数が分かると、これは「想定よりも悪い」という実態が分かってきますので市況が動き始めます。
ただし、市況が上がったからと言ってすぐに末端の小売に影響が出るわけではありません。市場や卸がバッファー(緩衝)として機能するので、なんとか消費者に普段通り買って貰える量を供給するよう最善を尽くします。この間に供給不足を解消できることも少なくないのですが、想定以上に不作が長期化したり荷集まりが悪いと市場、卸も価格高騰の波を抑えることができず、ついに小売も耐えられずに店頭での販売価格が上がり出すのです。最初は特売の類が無くなり、徐々に売り場スペースを小さくするなどの「どうしても欲しい人だけ買ってください」という売り場づくりがなされます。小売りは品不足をなるべく煽ることなく販売量を抑制する工夫をするのです。
メディアはまだこの段階では報道していません。ではいつか? 生産者、市場や卸、小売りの地道な対応がなされ、市況価格がピークを抜ける兆しが見え、新たに荷が集まり始めて産地が切り替わる、という段階になってメディアの報道が始まるのです。
生産者としては大変困ります。というのもようやく価格の高騰が一段落してまた徐々に売り場スペースを増やして売るぞ!という時に、「野菜は高い」という情報を消費者に繰り返し刷り込むことになるからです。入荷量が増え始めたタイミングで消費者の購買意慾を削ぎ、購買の選択肢からメディアで取り上げられた農作物が削除される事態が起こります。
すると状況は一変、産地からの入荷は例年通り増えたのに、購買が減るので市場に在庫がたまります。在庫がパンパンになると、値段は恐ろしい速さで下落。高値から一転して信じられない安値になります。こういった市場の特性や小売などの動きをきちんと把握してもらい、ただ高い高いと煽るのではなく、販売を促進するようなメディア報道をお願いしたいものです。
野菜の高騰はなぜ起きたのか
ここからはマスメディアが報じない野菜高騰のメカニズムを詳しくご紹介いたします。
野菜は夏場の暑さもありますが、とくに冬野菜の産地・西日本では雨が降らない日が続いたり、降ってもゲリラ豪雨のように短時間集中型の雨になったりしました。地域差はありますが冬野菜の産地リレーでメインとなるべき地で暑さや降雨異常によって広範囲の不作が発生し、産地リレーがガタガタになったのが一番の理由です。
恥ずかしながらうちでも種まきの時期が盆前の圃場は画像1のようにそろいも良かったのですが、盆過ぎに種を蒔いたところは画像2のように形状が悪いものが半分近くと品質がばらついてしまいました。今回は1つの農家ですらリレーがつながらなかったのです。
画像1
画像2
そしてこの不作による高騰に拍車をかけてしまうのが、加工メーカーとの契約量が守れない事です。加工メーカーへ卸す場合によくあるのが農家グループ→卸→加工メーカーという商流です。農家グループは不作になってしまうと契約数量がキープできません。本来100納品するところが不作で50になったとします。そうなると卸は50足りませんでした!とメーカーに言えば違約金や来期の取引中止などといった事につながりかねません。そこで足りない50を市場からなりふり構わず仕入れて納品します。
不作時はここで市場の価格が大きく跳ね上がっていきます。卸は大きく跳ねた価格であろうと不作になればなるほど市場から集めて通常時と同じ価格で納めることになります。2024年のように全国の産地で不作が発生した場合には高騰が長期化してしまいますので、当然のように卸のキャッシュが苦しくなります。それでも農家に変わってかき集めて納品してくれるという役割を担ってくれているのです。カット野菜などの加工野菜関連が高騰時でも価格がほとんど同じだった理由がこれです。
一方、都度仕入れて新鮮な野菜を置くスーパーなどの小売りは市況高騰の影響をもろに受けてしまいます。そのため小売はどうしても市況によって価格を大きく上げざるを得ないのですが、あまり高いと売れなくなります。そのため高い金額で仕入れたのに販売できずにロスが増えることになるので、販売価格が高いからといって小売りが儲かるわけでもないのです。
高騰・酷暑対策の取り組みが進んでいる
野菜の高騰はこのまま続くのでしょうか? まず世界的な潮流としてインフレ傾向であり日本もその影響を受けています。農業生産に必要な肥料や燃料、各種資材価格なども上昇しています。価格上昇の長期トレンドを踏まえた上で今回のような異常高騰が続くかと言われればそんなことはありません。
というのも農家は何もしていないわけではないからです。今回の猛暑を受けて新しい品種の試験、新しい技術の試験など課題解決に向けた研究を進めていますし、次作へ向け種を蒔いたり、苗を定植したりと収穫に向けた作業をしています。
種苗メーカーも今以上に耐暑性品種の開発、化学メーカーではバイオスティミュラントという植物生理を利用することで乾燥耐性を上げさせたり病気に強くする資材を開発するなど多くの企業で異常気象に対抗しようとしています。こういった努力が実を結んで産地リレーが強化され、加工メーカーなどの契約栽培への出荷数が契約農家だけでキープでき、市場へ荷が安定的に集まることが分かるようになれば市場も落ち着いた値動きになっていきます。なので異常高騰がずっと続くことはないですし、農家としては国民の食を守るために安定供給する役割をきちんと果たしたいと思います。
下の画像はうちの畑で行われた子どもの収穫体験ですが、収穫体験では今回のような野菜のお話しもよくします。農家の事情、市場の事情、卸の事情、小売の事情などをきちんと知ることで野菜の高騰を紐解いて考えてもらえると良いなと思います。ある野菜の価格が高騰していても、この野菜を食べなければ死ぬなどということはありません。別の野菜、普段は買わない野菜を食べて家庭での食材の幅を広げる楽しさ、新しいレシピを楽しむ好機ととらえる心の余裕を持ちましょう!
筆者うちの子も夢中です(野菜農家) |