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第10回 誰がなぜ陰謀論を拡散しているのか 前編【IARCに食の安全を委ねてはいけない】
世界中の規制機関が否定するグリホサートの発がんリスクを唯一肯定するIARC(国際がん研究機関)。IARCの「グループ2A=おそらくヒトに対して発がん性がある」分類は、科学的証拠の評価に関する欠陥に起因している。
被告側敗訴の社会的悪影響
2019年5月、除草剤ラウンドアップの長期使用が原因でがん(非ホジキンリンパ腫)を発症したとして米カリフォルニア州の夫婦が賠償を求めた訴訟の判決があり、陪審員はモンサント社(現バイエル社)に約20億ドル(約2200億円、のちに減額)の賠償金支払いを命じる評決を下した。
参考
この裁判では、バイエル側の弁護士が「除草剤ラウンドアップの有効成分グリホサートは発がん性がなく、製品ラベルの指示通りに使用すれば公衆衛生に危険はない」とするEPA(米国環境保護庁)の評価を陪審員に伝えるよう求めたのに対し、裁判官が拒否したことが判決を下す際に決定的な意味を持つことになった。裁判官は「何の関連性があるのか」と尋ねたと言われている。
一方で裁判官は、グリホサートが “probable carcinogen(グループ2A=おそらくヒトに対して発がん性がある) “であるというIARC(国際がん研究機関)の2015年の決定に基づき、原告側の弁護団が裁判することを認めた。被告側の反論証拠が却下され、陪審員は原告側を支持した。
ラウンドアップ裁判の問題はバイエルと訴訟関係者だけにとどまらない。農家や世界各国の農業部門、そして安価な食料に依存する世界中の消費者にも及んでいる。そして、最高レベルの科学的証拠・知見を信頼できる社会そのものが危機にさらされているのだ。
1970年に開発されたラウンドアップ製品は約半世紀使用されている。他製品よりも簡単で効果的に雑草を管理でき、耕起の必要性を減らして土壌保全を改善できることから、世界の農家から高く評価されている。またラウンドアップは、アトラジンやアラクロール(いずれも欧州で禁止されている)など、代替となる製品と比べて毒性が弱い。もしもラウンドアップ禁止キャンペーンが成功すれば、土壌の質が悪化し、農家は雑草をコントロールする重要な手段を失い、より毒性の強い除草剤の使用に戻るか、多くの作物の農業生産性を大きく低下させる選択を迫られることになる。
発がん可能性を過大評価するハザード評価
今回の訴訟でIARCが注目されたのは、グリホサートに発がん性リスクがあるとする結論の唯一の拠り所がIARCであることだ。EPAの評価は、グリホサートの安全性を支持する各国の規制機関や国際機関の相次ぐ報告書の中で最新のものであるにすぎない。カナダ保健省、欧州食品安全機関(EFSA)、欧州化学品庁、ドイツ連邦リスク評価研究所、国連食糧農業機関、フランス、オーストラリア、ニュージーランド、日本、ブラジルの保健・規制機関なども同様の評価を下している。
「世界中の規制当局が徹底的に審査し、繰り返し安全性が確認された化学物質が、なぜ訴訟の渦に巻き込まれることになってしまったのか」
この問いに答えるには、まずIARCが2015年3月に、グリホサートをグループ2Aに分類したことから説明しなくてはならない。他のほぼすべての規制機関と異なり、IARCはリスク評価ではなく「ハザード評価」を行っている。つまり、IARCは発がんの“可能性”を示す科学的証拠があれば、どんなに解釈が難しくても、どんなに人間の実際の曝露と関係がなくても、それを考慮する。結果的にIARCは “the dose makes the poison “(毒か薬かは量次第)という毒物学の基本を無視することになる。
IARCのアプローチは、現実の世界で起こるヒトへの曝露と、空想的でありえないシナリオを区別することに失敗し、その結果、発がん可能性のリスクを過大評価することになる。IARCが評価した約500の薬剤や化学物質のうち、「発がん性なし」とされたのは、合成繊維の製造に使われる化学物質のカプロラクタム1つだけである。しかし、IARCのグリホサート分類(=同定)の問題は、ハザードとリスク評価の区別だけでは説明できない。
疑惑の評価プロセス
第一に、IARCは「おそらく発がん性がある」という評価を、主にげっ歯類の研究結果に基づいて行った。ヒトでの証拠が「限られている」と考えたからだ。しかし、IARCが依拠したげっ歯類研究の第三者(米国立がん研究所のロバート・タロン博士)による分析では、被曝動物における腫瘍発生率の増加に関する一貫した、あるいは確固たる証拠は示されていない。評価を行ったIARCワーキンググループは、特定性別の少数の陽性結果を選択し、不適切な統計処理を行っていくつかの腫瘍発生率の増加を「有意」であるとした。腫瘍発生率が増加していないことを示す統計的に有意な分析は無視された。
第二に、IARCは米国立がん研究所が資金提供した大規模な農業健康調査(AHS)から、非ホジキンリンパ腫(NHL)に関する関連結果が得られることを承知していた。IARCワーキングループがグリホセートを評価するために会合した時点では、この研究からのグリホサートとNHLに関するごく初期の結果しか発表されていなかったが、AHSの上級研究員が部会長を務めていた。この科学者は、AHSの最新の結果がグリホサート曝露による非ホジキンリンパ腫の有意な増加を示していないことを知っていたはずである。
IARCは、未発表の知見を除外する規則により、これらの結果は2015年のグリホサートの評価に含まれなかったと主張している。しかし、グリホサートの有効な評価を作成することが目的であれば、この説明は不十分だ。AHSの特徴や手法は広く知られており、NHLの解析に用いた統計手法の詳細は2014年の論文に記載されていた。大規模で質の高い疫学研究結果の存在が、ワーキンググループの少なくとも1人のメンバーに知らされていたことを考えると、AHSの結果を無視して報告を進める決定はありえないことだ。
実際、2018年に公表されたAHSに関する論文では、NHLといくつかのNHL亜型を含む20以上の固形がんまたはリンパ球性悪性腫瘍について「有意な増加はない」と報告している。
第三に、過去2年間に、IARCのグリホサート評価における数々の不正行為が明らかになったことである。ロイターのケイト・ケランド記者が、モノグラフの動物実験に関する章の草稿(ドラフト)を入手して比較したところ、ドラフトの段階では発がん性の裏付けなしという評価になっていたものが、公表された内容を見ると発がん性の裏付けありになっていて、10箇所に変更が加えられていた。もともと腫瘍を起こさないという研究と、腫瘍を起こすという研究を差し替え、がんとの関連性の根拠を強める統計処理を採用していたことがわかった。
最後に、IARCのグリホサート評価に関してクリストファー・ポワティエ特別顧問が果たした役割が、モンサン社が関与するラウンドアップ訴訟の記録から明らかになった。ポワティエ氏は、連邦政府に勤務していたアメリカ人科学者で、グリホサートを評価すべき薬剤として優先順位をつけたIARC委員会の議長を務め、その後、グリホサートを評価するワーキンググループの外部招待専門家(特別顧問)として活躍した。IARCは産業界との利益相反には細心の注意を払っているが、反産業界的な偏見には無頓着なのだ。ポワティエ氏は、IARCの報告書が発表された直後、モンサント社に対してラウンドアップ訴訟を起こす法律事務所と訴訟コンサルタント契約を結んだ。
つまり、IARCのグリホサート分類は、世界中の規制機関の結論と乖離し、その乖離はIARCワーキンググループによる科学的証拠の評価に関する欠陥に起因していたのだ。
後編ではいよいよ世の中に拡散されるグリホサートに関連した陰謀論の内容と拡散のメカニズムに迫る。
*この記事はGeoffrey Kabat、2019年11月21日公開https://www.acsh.org/news/2019/11/21/whos-afraid-roundup-14420をAGRI FACT編集部が翻訳編集した。
筆者AGRIFACT編集部 |