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農薬の安全性はどのように確かめられているか(前編)―緊急セミナー「ラウンドアップ問題を考える」より【講演録】

食と農のウワサ

 

一般財団法人残留農薬研究所業務執行理事・毒性部長
青山博昭

農薬の安全性はどのように評価されているのか。
残留農薬研究所は、農薬が登録される前に農薬候補化合物のありとあらゆる有害作用(毒性)を見つけ出し、曝露評価と合わせてリスク評価を実施するためのデータを採取する。これらのデータは、試験委託者を通じて食品安全委員会に提供される。また、国からの委託試験等の結果は、必要に応じて論文として世間に公表する。
ここでは、ラウンドアップの風評被害について議論する前に、農薬の安全性はどのように確かめられているかについて、同研究所業務執行理事・毒性部長の青山博昭氏が解説する。

農薬の評価はどのように行われるか?

環境中に存在する様々な化合物はリスクで評価する

農薬に限らず、環境中に存在する様々な化合物の安全性は、リスクの大小で評価します。リスクというのは、言い換えれば、「毒性の強さ」と「曝露量」の掛け算から得られる値であり、ヒトに対するリスクはどれくらい摂取するかに比例して大きくなります。

ですから、非常に毒性が非常に強くても、摂取しなければリスクはゼロです。逆に、毒性は弱くても、毎日大量に摂取すればそれなりにリスクがある、という概念です。

農薬の毒性は、基本的には、我々が実施するような毒性試験によって、まずその性質や強さ、あるいは作用機序(Mode of Action)を評価します。その評価は「Hazard Identification」と「Hazard Characterization」のツーステップで実施します。

簡単に言うと、Identifyするというのは、Hazard(危険の要因)かどうかを見極めるだけですので、例えば、大量にマウスに注射するなり、飲ませるなりして、一定の量を超すと死亡動物が出ることがわかれば、これは大量に曝露すれば毒になるとIdentify(識別)できたと考えます。

次に、IdentifyしたHazardはどんな性質を持つのか、例えば、妊娠中のお母さんが摂取すると胎児に何らかの形態的異常が出ますといった性質を詳細に調べるとともに、その影響がどのぐらいの摂取量で起こるかを調べます。裏を返せば、どの程度以下であれば何も起こらないか、ということを正確に評価していくのが「Hazard Characterization」というステップです。

我々はこのように、Hazardの性格を丁寧に調べます。

農薬の暴露評価

毒性評価と同時に、曝露評価というものも実施します。この曝露評価というものは、すでに環境中に蔓延しているものであれば、例えば、河川水中の濃度を測定すれば飲料水の中にどれくらいの量があるかが推定でき、ヒトの飲水量から曝露量を計算することができます。

しかし、農薬のような場合はこれから環境に放出する化合物ですから、まだ現実には環境中には存在しません。そういう場合は、実際に試験圃場で散布していただいた後にその作物を採り、残留する農薬の量を測ることで評価します。

作物に残留する量が分かれば、「ヒトは一日に最大どれくらいその作物を食べるので、推定される摂取量はどれくらいになりますよ」ということを計算で求めることができるというわけです。

したがって、農薬のリスク評価とリスク管理は、毒性の強さや性質を総合的に評価した上で1日あたりここまでだったら摂取しても何も起こらないという量を決め、作物への残留量の総和が許容量を上回らないようにコントロールすることで達成されます。概念としてはこのような仕組みです。

農薬を知る

正常範囲を知る

まず、どれくらいの量を摂ったら害が出て、どれくらいまでは大丈夫か?

これは物によって考え方が違います。まず、栄養素やビタミンなど、我々が生きていくために必要なものを例にあげたいと思います。

例えばビタミンはどうでしょうか? 体にとって必要ですので、ある適切な量を我々が食事から摂取していれば、生体にとって悪いことは起こりません。

ところが不足すると欠乏症という病気になりますし、多すぎても過剰症になりますので、我々は体を正常に保つために常に必要な量を摂取する必要があります。

ビタミンAを例にしましょう。妊娠中のお母さんがビタミンA欠乏症になってしまうと、生まれてくる赤ちゃんの指が正しく形成されないなどの異常が出ます。しかし,とり過ぎたらとり過ぎたで、今度は指の本数が多くなってしまうことがあります。

こういった栄養成分やビタミンとかホルモンといったものは、多すぎても少なすぎてもいけない、という概念を持つことが必要です。

解析は詳細にわたる

では、農薬の場合です。日本の場合、カドミウムですとかヒ素などのリスクが話題になるように、我々にとって、食品ではないもの、言い換えれば、我々の生命維持に必要でないものは、通常、ごくごく微量の摂取であれば何の問題も起こりませんが、曝露量が大きくなると様々な悪影響が現れてきます。

農薬についても同様で、曝露量(摂取量)が僅かであれば何の問題もありませんが、その量がどんどん増えてくると、徐々にまずいことが起こるわけです。

そこで、我々の仕事は、あらゆる農薬について、基本的にはものすごく大量に動物に投与して、どの線を超えたらどのような悪影響が出るか、ということをきちんと解析します。同時に、どの量よりも少なければ何も起こらないか、ということも合わせてきちんと評価します。

青山博昭氏(一般財団法人残留農薬研究所業務執行理事・毒性部長)

世界共通のルール下での試験

ただし、例外もあります。発がん物質やがんを引き起こす物理的要因の中には、遺伝子に障害を与えることによってがんを引き起こすようなものもいくつかあります。例えば、我々は避けようがないのですが、電離放射線ですとか紫外線とかがそうですね。こういったものは、必ず我々は浴びてしまいますし、浴びれば必ず一定の割合で遺伝子にヒットして、突然変異が起こります。

運が良いと、ヒットしたDNAの領域には遺伝情報として意味を持たない塩基配列があるだけで、生体にとって何ら不利益はもたらさないという場合もあります。mRNAに翻訳されたり遺伝子の発現を調節したりするような情報が載っていないような領域なら、そこに突然変異が起こっても何も起こりません。しかし、運が悪いと、変異したらがんになるというような遺伝子にトラブルが起こることがあります。

我々哺乳類は、遺伝子にそういったトラブルが起こっても修復するメカニズムを持っていますので、多くの場合は、たちどころに修復されます。また、修復に失敗したとしても、アポトーシスと言いまして、そのような細胞が自殺するメカニズムも持っています。

しかし、極めて低い確率ですが、残念ながらあらゆるチェックポイントをかいくぐってしまってがんになるということが起こり得ます。

もしも、農薬の中に、正確に言うと、農薬の候補化合物の中に、そのような性質を持つようなものがあったら、これは曝露をゼロにしない限りリスクがゼロにできないと考えます。日本を含む先進諸国では、そのような物質が農薬として登録を認められることはありません。

これは、ほぼ世界共通のルールです。

医薬品との比較

医薬品も、農薬と同じように、副作用がないかどうかが調べられます。しかし、一般論として、お薬は医師や薬剤師など専門家の監督のもとに特定の患者だけに処方されるわけですし、その患者はすでに病気ですから、それを治す程度の効果がある量が投与されますし、命を救うためには少々の副作用があっても使用するお薬もあります。ご存知のように、ほとんどの抗がん剤には非常に激しい副作用があります。

一方、農薬の場合は、ちょっと体調が悪いからといってこれを飲む方はいらっしゃらないですよね。通常は、野菜やご飯、パンなどの食品を通じて、老若男女問わず無作為に曝露をする可能性があります。そのため、市民に健康被害は絶対に起こさないよう、国を挙げてリスクの管理をしております。

登録方法から見る農薬

農薬登録の仕組み

農薬登録の仕組みを簡単にお話しします。日本のシステムはちょっと複雑です。農薬を製造したり、あるいは輸入したり販売したりしたい方は、農林水産省に申請します。窓口は、FAMIC(独立行政法人農林水産消費安全技術センター)です。そうすると、農林水産省は、厚生労働省にこの化合物を農薬として使うために管理基準を作ってくださいということで、情報を提供します。

厚生労働省は、管理基準を作るためには1日あたりどこまで摂取しても大丈夫なのかの情報を得るために、食品安全委員会にその化合物のリスク評価を依頼します。

評価を依頼された食品安全委員会では、農薬専門調査会がデータを評価して、1日あたりの許容摂取量(ADI)を設定します。すなわち、ここまでだったら一生涯食べ続けても何も起こりませんよ、という量を決めて、厚生労働省にお返しする訳です。

厚生労働省は、その安全量に従って、ヒトが最大これくらい食べてもその量は超えませんねという値を計算をした上で作物ごとに基準(許容最大残留量)を設定して、農林水産省に、こういう使い方であれば申請された化合物を農薬として安全に使用することができますよという情報をお返しします。

さらに、環境省は、水質汚濁の程度や水産動植物に対する影響などについて評価して登録保留基準を設定しますし、消費者庁も意見を述べることができます。

これらのステップを経て、ようやく農薬としての登録が認められているわけです。ネット上のいわゆるブラックマーケットに出てくる農薬は別にして、少なくとも農薬として登録のあるものについては、ほぼ世界共通のルールで、同じような値が安全量として公表されています。

国や地域で生まれる差

しかし、国や地域によって若干の違いが生じます。例えば、「諸外国に比べて日本は甘い」というような意見がしばしば出ますが、これは、食生活の違いを反映したものです。

例えば、皆さんご存知かもしれませんが、ヨーロッパの国々はヒ素を非常に気にしており、海藻類をあまり食べないようにという政策を取っています。また、食品や飲料水に残留するヒ素の量には、非常に厳しい基準値が設定されています。

一方、我々日本人は海藻類を当たり前のものとして食べており、ヒ素の許容摂取量に関する議論についても、ヨーロッパの人々とは考え方がやや異なります。様々な農薬の基準値のうち,数字だけを見ると日本の規制が甘いように感じられるものもあるのは、食習慣の違いを反映したものであって、毒性を見落としているからではありません。

ただし、それらの基準値は、我々が食経験を通じて得られた情報を加味して設定された値です。ある国で基準値が0.1ppmだったのが、日本では、0.15ppm、0.2ppmだったから、1.5倍甘い2倍甘いという議論は、あまり意味がないものです。

農薬の試験

農薬の試験は大きく2つある

農薬の試験についてお話しします。

ヒトに対する安全性を担保するための試験は、大きく分けて2つあります。

ひとつは、農薬使用時の安全についてです。これは農業従事者には短期間に高濃度の曝露が起こりえるということを前提として実施される試験項目です。

一方で、消費者安全を担保するための試験も実施されます。いわゆる消費者は、食品を通じてごくごく微量の農薬に長期間にわたって曝露される可能性があります。そのため、微量な曝露が続いても健康に影響が出ないことを担保するために試験も実施します。例えば、発がん性試験、繁殖動物試験などです。こういったものは、消費者の安全を担保するための試験です。

実際に、ある農薬メーカーが農水省に提出した、農薬として登録したい化合物のデータセットです。

図1 農薬として登録したい化合物のデータセット例 2019年10月21日講演「農薬の安全性はどのように確かめらているか」(青山博昭氏)より(写真提供:早川泰弘氏)

薬効・薬害のデータは、例えば、水田用の除草剤だと、稲に対してどんな薬害が出るか、その他の雑草をどれくらい枯らすことができるか、という薬の本質的な情報はこれくらいです。

同時に、毒性の評価をしたときのデータセットは,下の図のような量です。

図2 毒性の評価をしたときのデータセット例 2019年10月21日講演「農薬の安全性はどのように確かめらているか」(青山博昭氏)より(写真提供:早川泰弘氏)

どちらが多いかおわかりいただけたでしょうか?

これくらいの量のデータを得て、我々は安全性の評価をしっかりやっているというイメージを掴んでもらえればと思います。この中には、野生生物への影響評価や、土壌や水環境への影響評価なども含まれています。

毒性試験と言うとイメージが悪いかもしれませんが、製薬会社は同じような試験を安全性試験とおっしゃっています。つまり、大量に与えるとどんな悪いことが起こるかと同時に、どの程度の量以下であれば安全に使用することができるかも確認するわけでして、安全性を担保するために毒性を調べるわけです。

後編に続く)

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