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「グリホサートは多くの病気の原因」というセネフ博士の主張は科学的に正しいのか?(1/4)

食と農のウワサ

ラウンドアップの主成分であるグリホサートが危険だと主張する科学者

除草剤ラウンドアップ(主成分グリホサート)は、世界の規制機関によってその安全性が証明されていますが、一部の研究者がその毒性を主張しています。なかでも米国のセネフ博士はサムセル博士と連名で5つの論文を発表し、特に過激な主張を展開しています。それは、グリホサートががん、糖尿病、末梢神経障害、肥満、喘息、感染症、骨粗しょう症、不妊、先天異常など多くの病気の原因だという意見です。

メスネイジ博士とアントニオ博士による反論

これらの主張に対して、英国のメスネイジ博士とアントニオ博士は論文を発表し 、以下のように反論しています。

グリホサートを含む除草剤(ラウンドアップなどの製品)の安全性について、さまざまな議論がされている。科学に基づいた研究、調査を行なっている世界の規制当局と、グリホサートを含む除草剤を販売している企業は、「規制で許容された基準値以下の量であれば、グリホサートは安全」だと結論を出している。一方で一部の科学者は、「規制で許容された基準値以下の量であっても、リスクがあるのではないか」と懸念している。

特にセネフ博士とサムセル博士が一連の論文で、グリホサートに長期間暴露すると、がん、糖尿病、末梢神経障害、肥満、喘息、感染症、骨粗しょう症、不妊、先天異常など多くの慢性疾患を引き起こすと主張している。しかしその主張の根拠は、誰もが正しいと思える事実を起点として、妥当な結論を導き出す「演繹的な三段論法」を不適切に適用して導いたものであり、科学的事実に基づくものではない。つまりこれらの主張は、裏付けのない理論と推測あるいは単なる間違いに過ぎない。

セネフ博士とサムセル博士の議論は、グリホサートの毒性について間違った情報を伝え、市民、科学界、規制当局をミスリードするものである。

解説『「グリホサートは多くの病気の原因」というセネフ博士の主張は科学的に正しいのか?』では、グリホサートを危険だと主張するセネフ博士とサムセル博士の主張の「どこが」「どのように」間違っているのかについて反論の論文を書いたメスネイジ博士とアントニオ博士の主張を、著者が解説や説明を加えてわかりやくすく紹介します。

グリホサートの安全性について科学界にある論争

グリホサートが植物を枯らす仕組み

グリホサートは雑草も農作物も区別なく枯らすのですが、最初にその仕組みを説明します。ラウンドアップの主成分であるグリホサート(N-ホスホノメチル-グリシン)は小さな分子で、これを農場などに散布すると植物の中に入ります。植物にはシキミ酸回路という仕組みがあり、その中で、5-エノールピルビルシキミ酸3-リン酸シンターゼという酵素が働いて、植物が生きるために必要なアミノ酸を合成します。グリホサートはこの酵素の働きを止めてしまいます。すると植物は、アミノ酸を作ることができず枯れてしまいます。この働きを活用して、グリホサートは雑草を枯らす除草剤として使われています。

世界中で1970年代から使用されているグリホサート

グリホサートは、1974年に一般発売されて以降、世界で最も多く使われる農薬になりました。さらに1996年に、遺伝子組換え技術によりグリホサートに耐性があるラウンドアップレディ作物(トウモロコシ、大豆、ナタネ、ワタ、砂糖大根、アルファルファ)が開発されました。農場にラウンドアップを散布すると、雑草は枯れてしまいますが、ラウンドアップレディ作物は生き残ります。こうして農作業の大きな部分を占める除草作業が簡単になり、グリホサートを含む除草剤の販売と使用は急激に増加しました。

人の尿から検出されるグリホサート

人の尿からグリホサートが検出されたとの情報を目にして、不安に感じる方もいらっしゃるでしょう。人の尿からグリホサートが検出される理由と、この事実をどのように捉えれば良いかについて説明します。

農場などに散布されたグリホサートは、急速に分解します。作物や水、空気中など環境中にはグリホサートは存在しますが、その量は極めて微量です。しかし存在はしているため、人の尿を検査すると通常1~10μg/ℓ(1μg=0.001mg)のグリホサートが検出されます。この量は危険なのでしょうか?

グリホサートに関する多くの研究の中に、ラットにグリホサートを体重1kgあたり1日に60mg (60mg/kg体重/日)を2年間投与すると、肝機能に障害があらわれ、それ以下では障害は出ないという結果があります。人の尿に存在するグリホサートの量(通常1~10μg/ ℓ、つまり0.001〜0.01mg/ℓ)は、ラットに与えられた量(体重1kgあたり1日に60mg)よはるかに少ないことは明らかです。この研究から、2002年にEUはグリホサートの一日摂取許容量(ADI)を、その200分の1の体重1kgあたり1日に0.3mg(0.3mg/kg体重/日)に設定しました。その後2015年に、EUは新しい研究結果が得られたためADIを100分の1の体重1kgあたり1日に0.5mg( 0.5 mg/kg体重/日)に変更しました。ちなみにこの100分の1という安全係数は、日本の食品安全委員会をはじめ、国際機関であるJMPR(FAO/WHO合同残留農薬専門家会議)、EFSA(欧州食品安全機関)、USEPA(米国環境保護庁)も採用しています。

このことから分かるように、人が環境から摂取するグリホサートの量は、一日摂取許容量(ADI)よりはるかに少ないです。グリホサートを含めた化学物質に関して「検出された」ので危険だとすぐに思うのではなく、「どのくらいの量が検出され、ADIと比較してどの程度か」という視点で考えることが大切です。

グリホサートに関する見解の不一致

ただし微量であっても健康に影響があるのではないかと懸念されることがあります。これは議論を続けるべき課題です。グリホサートの安全性については、科学的な事実だけでなく、ビジネスやイデオロギーにも影響されます。グリホサートを含む除草剤を発売している企業は、3つの総説論文(現行の理解の状態を要約した論文)を発表し、「グリホサートは規制値以下の量では安全である」と結論しています。一方で研究者の中には、「規制値以下の量のグリホサートについては、リスク評価が不足している」と指摘する人もいます。そしてセネフ博士とサムセル博士は、5つの総説論文を発表し、「グリホサートの長期的暴露(環境中からの摂取)は、多くの慢性疾患の原因である」と主張しています。

グリホサートの毒性に関しては、科学の世界に極端な見解の不一致があり、混乱が生じています。そのためこの不一致の原因を、明らかにする必要があります。

第2回に続く
(全文はこちら

筆者

高畑菜穂子(獣医師・サイエンスコミュニケーター)
鈴木勝士(日本獣医生命科学大学名誉教授)

編集担当

紀平真理子(maru communicate 代表)

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